第36話 健二 スーパーひまわりにて

健二は朝食のご飯と味噌汁をゆっくりと食べながらテレビのリモコンをカチャカチャいじり大きなあくびをした。

普段はギリギリまで寝ているので時間がなくて朝食を食べられない。学校に着いてからパンを食べることがほとんどだ。


今日はパートも行かなくていいし、のんびり過ごそう、と思っていたところ朝食を食べ終えた晃太郎からメモを突然渡された。


「何だよ?」

「買い物メモ。恵子さんから預かった」「いや……行けば?」

「わしゃ忙しい」

何が忙しいんだよ。ワイドショー見てるだけじゃねーか。

健二は舌打ちしながらもメモを受け取った。

「合挽き肉・玉ねぎ・しめじ……」

「今日の夕飯はハンバーグと言ってたな」晃太郎が呟くと健二の眉がピクリと動いた。

「仕方ないな。行ってやるか」

健二はハンバーグやナポリタン、オムライス、エビフライなどお子さまランチメニューが好きなのである。


晃太郎としばらくワイドショーを見た後、自転車に乗り近所の『スーパーひまわり』へ向かう。

「にしても体が重いな」

健二は腹の肉をつまんだ。自転車を漕ぎ出した時もバランスを取れずヨロヨロしてしまった。

「少しは痩せた方がいいぞ」と呟き、店内へ入る。


健二はメモを片手にスーパーをうろうろした。

普段、お菓子、飲み物、冷食コーナーしか見ないので、探すのに時間がかかってしまい数回往復して目的の物を揃えることができた。

メモには無かったがアイスとジュース、ポテトチップスもカゴに入れる。

レジを済ませ、晃太郎に持たされたペンギン柄のエコバッグにガチャガチャと詰めていると「ふざけるなよ!」と怒鳴り声が聞こえてきた。


声のした方を見ると派手なシャツにサングラスをかけた中年男がレジで店員の女の子を怒鳴り付けている。

「……申し訳ありません」

「ちゃんと謝れよ!」

かわいそうに女の子は涙目である。

どうしたのだろうか?

客のおばちゃんたちがひそひそ話しているので「なあ、何があったんだ?」と聞いてみると

「なんかあの男がね、レジの後カゴへの入れ方が下手くそだ、惣菜も斜めになりかたよってる、こんなになるなら中身もスカスカじゃないか、とかいちゃもんつけてるのよ」と教えてくれた。



他のレジの店員は心配そうに見ているが、自分の仕事もあるのでなかなか近寄ることが出来ない。

周囲の客は関り合いを避けるようにうつ向いている。

男の怒鳴り声が店内に響く。


「うるっせーな」

一斉に視線が健二に向いた。

うるっせーな、確かに思ったが口に出すつもりは無かった。

母親の口とは、自分が思っている以上にペラペラ動くものらしい。


男が「何だと!ババア!」と喚いた。

小学生並みである。

他人に言われると腹が立つ。良かった、自分にも息子としての思いやりがまだ残っていたみたいだ。

健二は男にドスドスと近寄り

「いい加減にしろよ。だいたいお前も年変わんねーだろ!おっさん警察行きてーのか」と怒鳴り返した。

レジの女の子は涙目でオロオロしている。


……にしても、この親父どこかで見た気がする。この声聞いたことがある気がする。

健二じっと目を凝らした。

「あ?だいたい関係ないのに出てくるなよ」男の左手で派手な宝石がついた結婚指輪が光った。

あ!健二は男の襟首を掴み、相手の耳もとに口を近づけ小声で囁いた

「四つ葉スーパーがご苦労なことで。よその店で迷惑かけてんじゃねーよ」

男がギョッとしたので健二はガッツポーズをした。

よっしゃー!当たったー!違ったらどうしようかと思ったー!


昨日の四つ葉スーパーのムカつくパワハラ豊部長である。

今殴ってやってもよかったが、流石に恵子の姿で警察沙汰はマズイと考え直し囁き作戦に変えたのだ。

健二は続けて「自分のとこで買えばいいだろ?営業妨害、嫌がらせするためにわざわざ来てんのかよ」と呟いた。


豊部長の口元はワナワナと震えて、立ち去ろうとしている。

「おい、何とか言えよ」健二が腕を掴み睨み付けるとドンッと両手で押してきた。

体重を支えられず健二はしりもちをついてしまった。

その隙に豊部長は小走りで店を出ていった。

「コラ!ふざけんじゃねーぞ!!」健二の怒鳴り声が店内に響く。

レジの女の子が「すいません、すいません」と謝りながら健二が立ち上がるのを助けてくれる。


「お客さま~」と中年の男性が駆けてきた。

名札には店長とある。ちょっとばかし出てくるのが遅い。

健二は片手をヒラヒラさせた「大丈夫、もう済んだから」

「あの、お怪我は?」

「ケツがちょっと痛いだけ……」

健二は、ふと考え

「なあ、ここって防犯カメラついてる?」と店長に聞いた。

「ありますよ!警察を呼びますか?」

「いや、今はいい。借りにくるかもしんねーから、そん時は宜しくな」

「あの、事務所で少し休まれては」

「嫌だよ。さっさと帰りたいんだよ」

健二はレジの女の子に

「あんなの来たら出禁にしとけよ。じゃあな」と声をかけ頭を下げる店員たちを見向きもせず店を後にした。



さてアイスもあることだしさっさと帰ろう、と思い自転車に跨がろうとした時

「上島さーん」と絶叫が聞こえたので危うく転けそうになってしまった。

「上島さーん。見たわよ!凄いわ~。度胸あるわね~。私ビクビクしてレジから離れちゃったのに!上島さん、偉いわー」

健二は口をあんぐり開けた。昨日ケーキバイキングで会ったおばちゃんー上島家の3軒隣に住む松沢である。

昨日会った奴らは、もう出てこなくて良いんだよ!

と叫びたいのを我慢しハハハと愛想笑いを浮かべる。

「上島さん、ねえ、何で相手帰ったの?ねえ、ねえ、上島さん」

これ以上、耐えられない。額に汗がにじんで来た。


その時、携帯の着信音が鳴り響いた。

天の恵み!

着信相手は『大海高校』である。

何だか嫌な予感ー「……ハイ、もしもし」健二は天を仰ぎながら電話を取った。

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