第34話 一音 ツバサ観光にて(1)

「はあー」

一音はデスクにつき大きなため息をついた。

四つ葉スーパーの弱味を探す、四つ葉スーパーの部長の娘は美理、美理のせいで久木野先生は学校を辞め、羽山もハブられ……

色々なことが頭を巡る。

肩を叩かれ振り返ると部下の塩村が心配そうに

「お疲れですか?大丈夫ですか?」

と声をかけてくる。

「もうね、ここ数日で環境が変わりすぎて」

一音の答えに塩村は首を傾げた。


朝礼が終わり、松田のデスクに宮田とともに呼ばれた。

松田は苦笑いを浮かべている。

「あのな、さっき四つ葉スーパーから電話があって、今日は担当者の部長が休みだから旅行の件で連絡してくるなって」

「はあ!?何それ?勝手すぎじゃない?」

「まあまあ、考える時間が出来たってことで」

「親子そろって何なのよ」

一音が憤慨している中、客が来店して来たので宮田はカウンターへ向かった。



一音は、ぷりぷり怒ったままデスクへ戻った。

書類が整理されていないので、ファイル毎に分類をしていく。

全く、お父さん社会人何年目よ?これくらい片付けておいてよね


引き出しの中も覗くと筆記用具などが散らばってるのでまとめておく。

奥の方から1枚の写真立てが出てきた。

もしや、女の写真か?と思ったが、三哉が小学校に入学する時に撮った家族写真である。

この頃はまだ可愛げのあった健二はピースをし、一音は澄ましている。

三哉は緊張しているのか強張った顔、両親は微笑んでおり、晃太郎は、とぼけた表情で写っている。

将太がこんな写真を会社に持ってきていることが何だか、気恥ずかしく引き出しを閉めてしまった。


そう言えば、あれ以来家族写真はとっていない。

一音もめんどくさくなったし、健二は「家族で写真なんて撮るわけないだろ」という感想しか出てこない。

一音は大きく伸びをし、高校卒業する時には家族写真撮っても良いかな、とぼんやり思った。


デスク周辺の片付けをやめた一音は表に出てパンフレット整理をすることにした。

といっても2日前に三哉がパンフレット整理をしているので、あまり片付ける部分がない。

さて、どうしようか、と考えていると

「あの、すみません」と声をかけられた。

「先日パンフレットを送って頂いて、申し込みをしたいのですが担当の上島さんいらっしゃいますか?」


声をかけてきた相手を見て一音は目を丸くし、思わず叫んでしまった。

「久木野先生!」

「え?」

退職した一音の昨年の担任、久木野だった。

将太が「久木野って名前をどこかで聞いたが思い出せない」と言っていたが職場に客として来ていたのだ。

娘の担任の名前くらい覚えときなさいよ、と心の中で思っていると久木野が

「あの……?」と心配そうな表情を浮かべている。

「あ、すみません。私、昨年お世話になりました上島一音の父です」

「上島さんの?」久木野は深々と頭を下げ

「そうだったんですね。お母様としかお会いしたことなかったのですみません」

「ああ、いえいえ。とにかく中へどうぞ」


久木野は少し痩せたように見えるが、顔色は良く元気そうだった。

豊親子のストレスから解放されたからだろうか?

色々と話したいことがある。この後、時間とれるかな?


中へ案内したのはいいものの旅行の手続きなんか出来ない。

近くにいた塩村に「ごめんなさい。手続きお願いしてもいいですか?」と声をかけると「良いですよー」と気持ち良く返してくれる。

朝から体調を心配してくれていたし、塩村は良い人だと思った。

することもないので「後ろで見てても良い?」と聞くと塩村は若干イラッとしつつ「ハイ」と頷いた。

内心では、暇なら自分でやれ、と思っているがここ数日様子がおかしい上司のことを心配もしているのだ。


久木野は持参したパンフレットを広げ

「このバスツアーなんですけど、来月の日曜日ってまだ空いてますか?」と水族館、おしゃれなレストランでのランチ、旅館での日帰り入浴後に旅館での夕食というコースを指差した。

「ああ、こちらお昼も夜もご飯美味しくておすすめですよ。人数も揃ってるので催行も決定してます。」

一音は後ろからパンフレットを覗き込み写真を見て、昼は洋食、夜は和食懐石で美味しそうだし温泉は気持ち良さそう、水族館も久しく行っていないので、なかなか良さそうだと思った。

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