第31話 恵子 緑野中学校にて(2)


後は大人しくしておこう。

そう思ったのだが、その誓いは4時間目に破られた。

社会の授業だったのだが、社会教師、今日はあまり機嫌が良くないらしい。


「天保の改革、どういった内容だったか。鈴木」

指名された鈴木は立ち上がったものの答えが出ず「分かりません」とうつ向いた。「誰が改革を行った?」

「……田沼……」

教師が勢いよく教卓を叩きバンッという音が教室に響いた。

「違うだろうが。授業聞いてんのか」

鈴木は返事を出来ずにいる。

「大体お前この間のテストも平均取れなかっただろ。ちっとは予習復習しろよ。そのまま立っとけ」


教室がシーンとなる中、恵子は思わず立ち上がってしまった。

「ちょっと、酷いじゃないですか」

『上島がおかしくなった!』

皆が口をあんぐり開けた。

「何だ、上島。文句あるのか」

「だって……ちょっと分からなかっただけで、ずっと立たせたりテストのことまで蒸し返して」

「バカなんだから仕方ないだろ」

「バカって……アンタねえ」

三哉が鈴木みたいな扱いをされたら親として黙っていられない。


教師がツカツカと近付いて来た。

「お前、やっぱり上島健二の弟だな。今まで大人しい振りしてご苦労なことだな」

「まー!!健二の悪口言わないでよ!大して知しもしないくせに」

「何だと!お前誰に向かって口をきいてるんだ!」

「教師だったら何言っても良いわけ?謝ってよ!」


「上島いいぞ~!」

「上島くん喋りかた変じゃない?」

もう騒然である。騒ぎを聞き付け、隣のクラスで授業をしていた担任の川上が飛んで来た。

「コラ!どうしたんだ」川上の声は喧噪の中でもよく通る。

「ああ、川上先生。上島がですね」

「そっちが悪いんでしょうが!」

川上は、恵子の腕を掴み

「ちょっと上島と2人で話したいんで借りますよ。どうぞ授業進めて下さい」と外に連れ出して行った。


連れて行かれた先は保健室である。

養護教諭はニコニコしてお茶を出してくれた。川上もお茶をすすりながら

「上島、どうしたんだ。お前の怒鳴り声初めて聞いたな」と首を傾げた。

恵子はうつ向きながら事情を説明した。

ああ、三哉余計なことしてゴメンね。でも我慢できなかったんだもの。


川上は真っ直ぐ恵子を見ながら、うんうん、と頷いていた。

「そうだなあ。答えられないからって、それじゃイカンよな。鈴木だって傷つくよ。俺からもフォローしとくから。お前は謝りに行かなくて良い」

そしてハハハと笑い出した。

「それにしても、ここ数日の上島は強くなった感じだなあ」

「先生、ありがとうございます。」恵子は深々と頭をさげた。


チャイムが鳴ると川上は「給食だ」と立ち上がった。

養護教諭が「ここで食べる?」と聞くが「病人でもないのに、とんでもない。教室に戻りますよ」

と川上に引っ張られて教室に戻った。

教室に入ると、多くの生徒があからさまに視線を逸らした。元々話す訳でもないのに、何と声をかければいいのか。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。


黙々と給食を口に運んでいると、ポンポンと肩を叩かれた。鈴木である。

鈴木は若干気まずそうな照れ笑いを浮かべながら「ありがとな」と言った。

「上島、いい奴だな」

恵子は真っ赤になり頷きながら、残りの給食を掻きこんだのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る