第28話 将太 梅学高校にて(2)


意気揚々と教室に戻る。

「やあやあ、美理さん。さっきは悪かったね」と話しかけると

「ホントだよ~。どうしたの?」と腕を組んできたので慌てて払いのける。

「腕なんか組んじゃいかん!」

何せ自分は、おじさんである。

美理は白けた目をして「最近の一音変よ」と冷たく言った。



最後の授業は古文で源氏物語だった。

「えー、では現代語訳を上島さん、羽山さん書いて」と指名をされる。

何ということだ。


『いづれの御時にか、女御、更衣あまた~給ふありけり』分からないぞ。

『昔々、女御、更衣がたくさんいました。その中にやんごとなき人がいて優秀だったので、ときめいてしまいました』と書くと「上島さん、間違ってるから消して。羽山さん代わりにお願いね」と教師に言われる。

一音、どうしたの?と教室はざわざわしている。


参ったなあ、と席に戻り黒板を見てみると羽山の現代語訳は完璧であり、何より字がとにかく上手かった。

黒板に書くのは難しいはずなのに、真っ直ぐで一画一画丁寧に書かれているのが分かる。


終業のチャイムが鳴り、羽山に「字が上手だね」とつい声をかけてしまった。

羽山は一瞬驚いた顔をして、目を伏せたまま教室をあとにした。

話しかけるな、と言われていたが我慢できなかった。

美理が睨んでいるのに気付いたが、時すでに遅しだ。

将太は大きなため息をついた。


放課後、テストのやり直しを職員室へ提出し教室に戻り荷物の片付けをしていると「一音」と声をかけられた。

一音のグループの早奈子だ。他の3人の姿は見えない。

「ねえ、話したいことがあるんだけど」

「ん?」

早く帰りたいが早奈子は真剣な表情だ。

仕方ない。


「何だ?」

早奈子は一音の前の席に座り

「美理怒ってるよ」と呟く。

「何で、羽山に話しかけたの。よりにもよって字のことで」

「字?」そんなに悪いことだったのか?

「久木野先生が辞めた理由知らないっけ?」

「久木野先生?くきの……どこかで聞いたことあるな」

「何言ってんの。去年の担任なんだから当たり前じゃん」

「そうなのか、いや、ここでは無いどこかで聞いたんだがどこだったか?」

将太が首をひねっているのを無視して早奈子が小声で続ける。


「美理のお父さんがぶちギレて久木野先生辞めたんだよ」

「ん?どういうことだ?」

「うちのお母さんが美理のお母さん話したらしいんだけどね、美理と羽山、書道部で顧問が久木野先生だったでしょ。

それで書道パフォーマンスの九州大会に、2年で羽山だけが選ばれて」

大きな紙に音楽にあわせて歌詞などを書くやつか、将太は頭の中で書道パフォーマンスを思い浮かべた。

「学校を通さずに、久木野先生に直接文句言ったり、携帯に電話かけたりして……。先生、追い込まれて辞めちゃったんだよ」

「ちょ、ちょっと待った!駄目だろ!

そんなことあったのに何で羽山さんと美理さん同じクラスなんだ!?」

「久木野先生がさ、美理の為を思って学校に報告しなかったんだよ」

早奈子がため息をつく。


「そんなのー!」

良かれと思って報告しなかったんだろうが、久木野先生それは駄目だよ!と将太は憤った。

美理の為にもならないし、久木野先生が責任を負う必要もない。

「結局、羽山は3年になってから幽霊部員になっちゃうし」

「なあ、それが原因で羽山さんを無視してるのか?」

早奈子は小さく頷いた。

「書道で負けたから、って言いたくなくてトロくてうざいって理由にしたんでしょ。」

「何でそんな理由を知ってて美理さんの味方をするんだ!」

思わず怒鳴ってしまった。他のクラスメイトから視線がとんでくる。

「私だって、別に美理と仲良くしたいわけじゃないよ。中学の頃から、美理がいるとピリピリして。でもハブられるのも嫌だし仕方ないじゃん」

早奈子はうんざりした口調で言う。

諦めのようなものがあるのだろう。

「ねえ、とにかく美理が怒るようなことしないで。私、一音のこと守りきれないかもしれないから」

早奈子が立ち上がり教室を出ようとするので慌ててついていく。


暫く無言で歩いていると書道室、と書かれた部屋から美理が出てきた。どうやら部活中のようだ。

「あ、早奈子~」わざとらしく一音の名前を呼ばない。

美理は学校ジャージ姿だった。

「今日、練習着忘れて。早奈子帰るの?」

「うん」

2人の会話を聞きながら将太の目は美理のジャージにくぎ付けになっていた。


「帰る!」叫び、走り出した将太の背を「一音!」と早奈子の呼ぶ声が追いかけてくるが、振り返りはしなかった。

まさか、まさか!

心臓がバクバクいっている。

美理のジャージに書かれていた名字が『豊』だったからー。


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