第25話 三哉 森のお弁当にて(1)

2日目の朝、三哉は家族を見送ると大きなため息をつきソファに腰掛けた。

朝はいつも慌ただしいが、入れ替りが始まってからは更に時間に押されている感じだ。


三哉は、恵子のパート先の弁当屋へ行かねばならない。

時間は10時から15時時まで。

しかも、よりにもよって今週のシフトは火・金・土・日

金曜の朝には入れ替りは終わっている。

つまり、入れ替り中にパートに出ねばならないのは、火曜の三哉だけなのである。


昨日「何で僕ばっかり……。弁当作りなんて無理」と項垂れたが

「注文を受けて厨房に伝えればいいのよ。レジの操作は……電話の取り方はね……」と教えられ、何とかなるから、大丈夫よ、と微笑まれた。

大丈夫なわけない。

しかし、行かねばならない。

1日くらい休めば良いのに、と思ったが

「常連のおばあちゃんでね、私とのおしゃべりを楽しみにしてくれてる人がいるのよ」と恵子は言っていた。

三哉は、7年前に亡くなった祖母のことが大好きだった。おばあちゃんを出されると行かないわけにはいかない。

ただ、コミュニケーションが壊滅的な自分におしゃべりが出来るか不安である。



「行ってきます」と晃太郎に声をかけると、お茶をすすりながら

「三哉、落ち着いてな」と笑っている。

三哉は力なく手を振りながら、パート先へ向かった。

自宅から自転車で10分の『森のお弁当』というお店が恵子の勤める弁当屋だ。

小さい店だが安くてボリュームのあるおかずで好評だ。


店の裏口からこっそり中を覗いていると「上島さんおはよう!」と明るく声をかけられた。

声の主は、70過ぎの元気なお婆さん、店主の森川である。

「おはようございます……」目を伏せながら返事をする。

「どうしたの?早く入ったら?」

三哉は小さく頷き中に入った。

今日は恵子以外に2人のパートがいて、恵子はレジ担当になっていた。


エプロンを着け、カウンター前に立っていると、森川に勢いよく背中を叩かれた。

「痛いっ」

「上島さんどうしたの?すごい猫背!シャキッとする!」

三哉は小さい頃から超のつく猫背だ。

背筋を伸ばして前をしっかり見る、なんて苦手で仕方がない。

反対に森川は全く腰が曲がってなく、覇気があり若々しい。


また叩かれたら嫌だなぁ、三哉は気持ちを奮い立たせ精一杯背筋をピンと伸ばした。慣れないのでムズムズして変な感じだ。

三哉が猫背と格闘している中、最初の客がやって来た。


「いらっしゃいませ」

頑張ったつもりだが小さな声、固い表情になってしまう。

「鮭弁当」

「はい……えっと400円です」

三哉は恵子から聞いた内容をカンペにしてきた。カンペを見ながらモタモタとレジを操作する。

レジが無事チャンッと音を立てて開いてくれたのでホッと息を吐く。


「鮭弁当1つです」

カウンターから厨房に声をかけるが返事がない。

「あの、鮭弁当1つ……」

また返事がないので、客に「すいません、すいません」と謝り、カウンターを抜け厨房へ向かう。

森川は味噌汁の味見をしているところだった。


「あ、あの~、注文いいですか?」

「あら、上島さん。カウンターから言えば良いのにどうしたの?」

「言ったんですけど……」

「そうなの?聞こえなかったわ」

森川の言葉にパート2名も頷く。

声が小さすぎたらしい。次からは気を付けねば、と三哉は反省し

「ごめんなさい。鮭弁当お願いします」と頭を下げた。

森川から大きめの鮭が載った弁当を受け取り

「遅くなってすみません。ありがとうございます」と緊張しながら客に渡すが、どうも、の一言もなく会釈もされなかったため一々落ち込みやい三哉は、しょんぼりしてしまった。

すかさず森川が厨房からとんできて背中を叩く「猫背!」

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