第24話 一音 緑野中学校にて (2)
さて、4時間目である。一音は難しい顔をしながらスケッチブックに向き合った。
何だかおかしい。でも、どこを修正すれば良いのか全く分からない。
首をかしげるとポニーテール女子も、えへへと笑いながら首をかしげてくる。
「悪いけど動かないで」ピシャリと言うが「ごめんね。分かった」と嬉しそうだ。
舌打ちしたくなるのを堪え、描き進めていった。
しかし描けば描くほど実物とかけ離れていく。
おかしい、宇野は可愛らしいタレ目のはずだが、何だかガチャピンの目みたいになってしまった。
しかも正面からのポニーテールなんて高度なもの描けないので、髪が描けず男の子にしか見えない。
これはまずい。しかし、手を加えれば加えるほど悲惨な絵が出来ていく。
三哉が先に顔の部分を描かないからよ、一音は眉間に皺を寄せた。
「はい、では集めますよ~」教師の朗らかな声が響き渡る。
「上島くん見せて」無理矢理スケッチブックを覗き込んだ宇野の目がみるみる沈んでいく。
泣かれては困る。
「ち、違う!」一音は慌てて椅子から立ち上がった。
「全然悪気はないんだよ?下手でごめんね。実物は可愛いよ!」肩をポンポン叩くと、宇野は真っ赤になってしまった。
冷血な一音にしては精一杯のフォローであった。
「上島くん……どうしちゃったの」という呟きが聞こえてくる。
一音が中学生の時、同じように似顔絵を描く授業があり、教室に絵を貼り出されたことがあった。
絵を見たペアの男子生徒に「上島さん、俺に恨みでもあるの?」と涙目で言われたトラウマがあることを、勿論誰も知らない。
ああ、地獄のような時間だった、と美術室をあとにすると一音の前を派手めな女子グループが歩いていた。
後ろを歩く一音には気づいていない。
「宇野、むかつくよね」
「可愛いとか言われて調子のるよ」
しまった、と一音は心の中で呟いた。
女子のどうでも良いことによる、いざこざなんて今までいくらでも見てきたのに。
迂闊な発言をしてしまった。
「ほんとウザい。もともと友だちじゃないけどさ、無視しよ」うんうん、と他の女子が頷いている。
一音は思わず舌打ちをした。
ひとりの生徒が振り向き「やばっ」と顔をしかめる。
一音は、スタスタと女子グループを追い越し、くるりと向き直った。
「あのさ、そういうの下らないからやめたがいいよ」
女子グループは皆、唖然としている。
下らないこと、そんなの自分が一番よくわかっている。
美理の意見に、反論しなくて羽山を無視している。
揉める時間がめんどくさいと思い、美理の言うことに、頷いていた。
それにしても、と思う。
昨日、何で無視しているのかを聞かれ
「美理が羽山トロくてうざいって。
話してもノリが違うしイライラするって」と答えたが、本当にそれだけだろうか?
羽山は確かに大人しいが、クラスには羽山以上にのんびりした子もいる。
しかも、クラス替えがあったばかりの4月の時点で美理は無視することを決めていた。
一音は美理とも羽山とも3年で初めて同じクラスになった。
何か、気にくわないことがあったんだろう。
早奈子は美理と中学から一緒だから、何か他の理由を知っているかもしれない。
聞いたところで、どうすれば良いのか分からないけれどー
いや、本当はわかっている。羽山に謝って、自分もハブられればいい。
ただそれだけのこと。
掃除時間になり、黙々と掃除をしていると「三哉く~ん」と間延びした声がした。
三哉の数少ない友人、丸助である。
小学生の頃、健二と「丸助、丸助」呼んでいたら「そんな呼び方やめてよぉ」と三哉が弱々しく抗議していた。
だいたい三哉は声は小さいし口下手なのだ。三哉と話す度にもっとはっきりせんかい、と思ってしまう。
「何?」
「昨日はありがとうね。僕、三哉くんと友だちで良かった」とニコニコしている。
困って人に頼るのは良いのよ、しかし頼りっぱなしってのもどうなの?
一音は「あのねぇ、あんた達もう少ししっかりしたら」と丸助を睨み付けた。
「達?」
「三哉とあんた」
きょとんとする丸助をよそに一音は黙々と母校の掃除を続けつつ「私もしっかりしなきゃね」と呟いた。
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