第23話 一音 緑野中学校にて (1)

「おはようー」

正門に立つ教師が登校してくる生徒に大声で挨拶をしている。

立ち止まり「おはようございます」と丁寧に返す者もいれば無視をして通りすぎて行く者もいる。

一音は「おはよーございます」と軽く挨拶をして校舎へと向かった。


校舎内をぐるりと見回すが、卒業したのは3年前なのであまり代わり映えがしない。

一音が在校していた頃の教師の姿も見える。勝手知ったる我が母校、昨日の健二の高校よりよっぽどマシだ。


それに、話しかけ構ってくる生徒もいないので気が楽でもある。

まあ、ずっと一人ってのは大変かもしれないけどねぇ。

アレ?前の席の生徒、椅子を前に引き、やけに窮屈そうだ。

「ねえ、狭くない?下がれば?」と声をかけた。

振り返った生徒は「え?いいの?」と何故か困惑した表情だ。

一音は頷き、椅子を下げるギーッという音を頬杖をつきながらぼんやり聞いていた。


一音には中学校の授業内容は退屈だったが、周りと喋らなくていいし、今日は余裕だわ、と思っていた。

しかし、それも2時間目までのこと。

3、4時間目は美術の授業だ。

一音は眉間に皺を寄せ、保健室でサボろうか、と真剣に考えた。

大抵のことはソツなくこなせる一音であったが、美術はとにかく下手くそだった。

絵を描くのも、色を塗るのも、彫刻刀で彫るのも、何もかも下手くそなのである。

真面目に授業を受けていたにも関わらず通知表は常に2だった。

高校に入ってからは芸術科目は選択制となり、書道を選んだので美術の授業はは実に3年ぶり。

一音はしばし思案した後、「なんか、逃げたと思われるのも癪だわ」と嫌々ながら美術室へと向かった。


「ハイ、では今日は前回の続きです。隣の席の人の顔を描きますよ~。今日提出ですからねー」

美術教師の言葉に一音は『やっぱりサボれば良かった』と心の中で呟いた。

男女ペアで向き合い互いの顔を描く、何だってこんな授業をやるんだか。嫌がらせとしか思えないわ。

一音のペアの相手はポニーテールでタレ目の生徒であった。名札には「宇野」とある。

スケッチブックをめくると、まだ輪郭と肩までの部分しか書かれていない。

何だってそんな順番で書いたんだか。

「三哉のやつ、肝心の顔の中身と髪を書いておきなさいよね」

宇野は、一音がぶつぶつ呟くのを不思議そうにみている。


「ねぇ、どっちから描く?」一音はため息をつきながら聞いた。

「え?あ、上島くんの好きな方でいいよ」

ふふふ、と微笑んでいる。

「じゃあ先に描いて。4時間目は描くから」

宇野は何やら笑みをうかべながらスケッチブックに描きこんでいく。

何笑ってんのよ、昨日健二が喧嘩したせいで唇の端が腫れてるのが面白いのか?中学生は、凄くどうでもいいことでも笑っちゃうような集団だものね。箸が転んでもおかしい年頃とはよく言ったものだわ。

一音は、そんな事を考えながらもピシッとモデルを務めた。


休憩時間になると宇野はキャッキャ言いながら友人の元へ駆けて行った。

一音を見ながら何やらヒソヒソ話している。

と思ったら友人の「え~っ!良いな~」との大声。

ははあ、なるほど。一音は納得した。

三哉は、暗いけれど目鼻立ちがはっきりしていて顔だけはいい。しかも三哉は普段自分から話しかけたりはしないんだろう。三哉と違い一音は相手の目を見て話すので顔をじっくり見ることが出来たし、話せたし……。

若いと色んな事が楽しいのね。

一音は大して年齢が変わらないにも関わらず、大きくため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る