第21話 恵子 大海高校にて(1)

教室の扉を開けると喧騒が飛び込んできた。

昨日の梅学女子とはだいぶ雰囲気が違うわ、と恵子は思った。

「健二、おはよ~」

茶髪の元気な生徒が背後から明るく挨拶をしてきた。小池である。

「あ、あなた小池くんね、おはよう」

「小池くんて。」

小池は苦笑いを浮かべ着席した。

そして、敢えて軽い口調で聞いてきた。


「なあ~噂になってるけど昨日吉田ともめたんだって?」

「うーん。もめたと言うかねぇ」

一音は怒ると言い過ぎるところがあるのが難点だ、と昔から思っていた。

小さい頃からもっと厳しく注意しておくべきだったかもしれない。

吉田くんも一晩寝たら忘れててくれないかしら?


「あんま、関わるなよ。面倒な事になるぞ」

心配してくれている。持つべきものは友人だ。

「小池くん。ありがとう」

「その呼び方やめろって」


さて、本日の授業は家庭科からである。

家庭科室は班毎のテーブルに分かれている。

小池も同じ班だったので、安心した。

家庭科ねぇ~。普段家事をしているから、別に授業でまで受けたくないのだけれど。

「今日は、前回の続き。クッションカバーを作ります」

恵子と同じ位コロコロとした体型の家庭科教師が声を張り上げる。

「次回までに提出ですからねー」

前回の続き、と言うが健二は布の大きさを測る所で挫折していたらしい。

「全くもう」


結婚前の恵子は裁縫が苦手だった。

しかし子どもたちが入園した幼稚園は

『親の手作り』を推奨しており、手提げバック、小物入れ、発表会の衣装……様々な物を作らされたことにより次第に上達していった。


恵子は布の大きさを測り直しサクサクと縫い始めた。生地はグレーの無地だ。

地味ねぇ、もう少し賑やかなのを選べば良かったのに。

小池は先ほどから「あ、痛」を連発している。針が指先に何度も刺さりプクっと血が浮かぶ。

危なっかしくて見ていられない。

「ちょっと貸して」小池の手から布を奪い取ると恵子はチクチク縫い始めた。

クラス中の生徒の目が点になる。

「あらまあ、上島くん、あんまり手伝ったら駄目よ~」

恵子はオホホと笑いながら頭を下げた。

「すみません~つい、うっかり」

「上島くん昨日から変……」

同じ班の女子が呟いたが恵子の耳には届かなかった。


その後の授業は、数学、現代文だった。

昨日の一音の学校での授業とは違い、易しい内容だったが、久しぶりに勉強をする恵子にとっては、この位の内容の方が有り難かった。


さて、4時間目が始まってすぐに教室後ろの扉から2人の生徒がコソコソと入室してきた。

「今村、渡辺、遅刻な」

教師が淡々と言う。

イマムラ!ワタナベ!2人とも健二の友人だ。

恵子は後方に顔を向けブンブン手を振った。

2人は一瞬、何事だ、という表情をしたがヘラヘラ笑って手を振り返した。

今村はガタイのいい坊主頭、渡辺は茶髪パーマに眼鏡をかけている。

健二が前に向き直ると

「お前は何をやっとんじゃ」教師から出席簿で頭をペシッと叩かれた。


昼休みになり、今村、渡辺が寄って来る。「健二さっきどうしたんだよ?」

「いやぁ、本物だと思って」

2人が怪訝な顔をしていると

「こいつ昨日から変だから気にしなくて良いよ」と小池が肩をすくめた。


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