第20話 健二 ツバサ観光にて(3)

健二はいつまでも出発しない車を降り空を仰いだ。朝と変わらない曇り空。いや、朝よりどんよりして見える。

宮田は運転席でうなだれている。

「なあ、お前顔色悪いけど飯食ってる?」

ドアを開け声をかけると宮田は首を振る。

「よし、何か食いに行くぞ」

「いや、戻らないとまずくないですか?」

「宮田、会社に1本電話入れといて。ミーティングしますとか何とか言ってさ」

「でも……」

「別にいいんだよ!どうせ松田も昼過ぎまでいねーし」健二の圧に負け、宮田は電話をかけ始めた。


「何食いたいんだ。何でも奢ってやる」将太の財布なので、適当なことを言っている。

宮田の眉がピクリと動いた「何でもいいんですか?」

お、何だ?寿司か、ステーキか?


30分後、健二と宮田はケーキバイキングの会場にいた。

スーツ姿の男2人。浮いている。

しかも1人は中年男

何この人たち、という視線もヒシヒシと感じる。

こいつ、結構メンタル強いんじゃないのか?

宮田は周囲の視線を気にせず黙々とショートケーキ、ガトーショコラ、フルーツタルトを口に運んでいる。

健二はあまり甘い物は得意でない。

その為、甘さ控えめ杏仁豆腐ばかりを何皿も食べることになった。


「なあ、とにかく松田に報告するだろ。松田が出てって何とかなんねーの?」

「上司が出ていけば収まるかと思ったんですけど今日の様子じゃ無理みたいですね」

フォークにさしたイチゴを口に入れながら宮田が言う。

「でも、職場の人間関係がいいのがまだ救いですよ。これで、上司からも厳しく叱責されたりしたら、絶対に引きこもって仕事に行きませんもん。

ありがとうございます」

「あ、おう」

家ではごろごろしているか、草野球、飲み会と好きなことばかりしている将太だが、意外と良い上司のようだ。


制限時間の60分が経ち、宮田は紅茶を飲み干すと「ごちそうさまです」と頭を下げた。

「おお。にしても食いすぎじゃね?」宮田は結局12個のケーキを平らげた。

「最近糖分足りてなくて」取りすぎだろ、と思ったが黙っておいた。


会計を済まし、さあ帰ろうと思っていた所いきなり腕を掴まれた。

ギョッとして振り向くとやたら派手なおばちゃんである。

「やっぱり~上島さんのご主人!」

あ!家の近所のおばさんだ!

健二がいくら無視をしようが見かけるとにこにこと挨拶をしてくる。母親と仲がよくて、名前は松沢。

「奥様、体調大丈夫?」

「はあ、まあ」

「お仕事は?休憩中?ケーキお好きなの?奥様とも来るの?」グイグイ来る迫力に負けてしまう。

健二は、思わず後ずさりをし走って逃げた。

健二は重い体を必死に動かした。

宮田が「課長ー!」と叫んでいるが振り返りはしなかった。


駐車場につき、ぜーぜー息を吐いていると宮田が困惑した表情でやって来た。

「どうしたんですか?」

「いや、気にするな。とにかく職場に戻るぞ」

宮田は、納得いってないようだったが頷き車を走らせた。

四つ葉スーパーに向かっていた時よりはだいぶ顔色がいい。

糖分とは健二が思う以上に大事なのかもしれない。


ツバサ観光に戻ると、松田が既に帰社していた。

「どうだった?」

「どうもこうもないです。話を聞いてもらえません」

「あのさーあんなの無視して、旅行の手配なんかしなくていいだろ。よその旅行会社行ってもらえよ。

あんな奴らその内どこからも相手してもらえなくだろ」

「そうしたいのは山々なんだけどな。

別にそこまでして、収入が欲しいわけじゃない。一方的に断ると何を言われるか」

そう言えば豊も「ツバサ観光は客の話を聞かないって触れ回れるんだ!」と言っていた。

「でもさ、こいつ恫喝されてんだぞ。録画でもしてネットに流せば」

「そんなことしたら、客とのやり取りを勝手に録音、録画する会社ってなりますよ」

「でも、こっちの身を守るためにはいいじゃん、な?」

松田と宮田は渋い顔をしている。


「なんか、向こうの弱味とか悪い評判とかさ、沢山あるだろ。それを理由に断るとかさ」健二の提案に2人は、うーん、と唸っている。

何か、相手が困ることはないだろうか

健二は、学校に行っている時よりもずっとずっと頭を使って考え続けた。



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