第9話 恵子 梅学高校にて (1)

県立梅学うめがく女子高校の制服は伝統あるセーラー服だ。

偏差値は県内トップクラスだが、生徒の自主性を重んじる校風。校則もあまり厳しくなく、校舎も5年前に改装されて綺麗になっているので人気がある。

梅学女子を略して「梅子」と呼ばれることもある。


バスは通勤、通学の生徒で混んでおり座ることができなかった。

一音は毎朝大変なのねぇ、バスに揺られながら恵子はぼんやり思った。

15分ほど乗っていると、高校前を告げるアナウンスが流れ恵子はバスを降りた。

「凄い!体が軽い!一音ったらご飯食べてるのかしら」思わず声に出してしまった。


普段はバスを利用する際は転ばないよう、ゆっくり降りるのだが今日はトントンと軽やかに降りられた。

若いって良いわ、と思ったが恵子自身は小さな頃からぽっちゃりしていたことを思い出し「若さだけの問題じゃないわね」と呟いた。



三者面談で訪れているので教室までは迷わず着くことが出来た。

自身が高校生だったのは、もう30年も前のことだ。

上手くやれるかしら?

心臓のドキドキを抑えるため深呼吸をしてドアを開けると

「一音おはよ~」「一音ちゃん、おはよっ」何人もの生徒が声をかけてくれた。


まあ、一音ったら友だち多いのね。

恵子は嬉しくなった。「おはよう~」にっこり笑顔で応える。


席は窓側の一番後ろ、と分かりやすくて助かった。その他の一音からの伝達事項は覚えられなかったのでメモにしてもらった。席に着いたら読み返そう。

「おはようっ」隣の席で本を読んでいる生徒に笑顔で挨拶すると、途端に教室がシーンとなった。


あら、あらあら?恵子は周りを見回した。

隣の席の生徒は困惑した表情を浮かべ再び本に視線を戻し、挨拶を返すことはなかった。

先ほど、おはよ~と可愛らしい顔で挨拶してくれた生徒は「やだ、一音ったら」と声だけ笑いながらも、冷たい表情を浮かべている。

ど、どういうこと?

恵子は一音からの伝達事項メモをこっそり広げてみた。


1 授業のノートはきちんと取ること

2 おばさんっぽい行動はしないこと

美理みりしおりちゃん、 早奈子さなこ真菜まなと行動 すること

4 隣の席の子とはあまり仲良くないので話

さなくていい

5 不機嫌にしないこと


3には写真が添えられ、名前をペンで書き込んでもらっていた。

「まあ」4を早速破ってしまった。

それにしてもこの不穏な空気。隣の席の女の子は一音と仲良くないというよりクラスで浮いているみたいだわ。目が綺麗で可愛らしい子なのに。


「一音、ちょっと」写真に写っていた美理が恵子の腕を引き廊下に連れて行く。

廊下には写真の他の3人もいた。

「どうしたのよ。何で急に羽山はやまに話しかけんの」

「羽山が悪いんだから」

恵子は「え~とゴメンね。寝ぼけてて」とだけ答えておいた。

何が何だか分からないけれど。悪いことはしていないはずだけど謝らざるを得ない雰囲気だった。一音の友人たちはにっこり笑い「なら良いけど」と言った。


チャイムが鳴り教室に戻るとクラスの空気はまだ少しピリピリしていた。


ああ怖かった。一音ったらこういう事には我関せずで冷めてる子だと思ったのに。残念だわ。思わず大きなため息が出てしまった。

窓の外を見てぼんやりしていると「上島さん」と呼びかけられた。「はい何でしょう」慌てて前を向くと声の主は教師である。

「ため息ついてますけど、もう授業始まってますよ。教科書は?忘れたの?」

「あります、あります!」机に何も出していなかった。

伝達事項1まで破るところだったわ。危ない、危ない。


黒板に目をやると文字がくっきり見えたので「まあ!よく見える!」と大声が出てしまった。生徒たちが振り返る。

「上島さん何か?」

「何でもないです。ほほほ。すみませーん。お気になさらず」

冷や汗が出る。


「へへへ、恥ずかしい」バレなければ大丈夫だろうと、隣の席の羽山に小声で話しかけたが全くこっちを見てはくれなかったので寂しくなった。

おまけに授業内容が全く理解できず余計に悲しくなった。

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