第7話 一音 大海高校にて (2)

2時間目が終わると小池は「なあ3限から抜けね?」と話しかけてきた。良い奴かと思ったがそうでもないらしい。

「抜けない」冷たく言うと「やっぱ今日変だな」と顔をしかめている。

周りを見るとチラホラと人が減っていたが、反対に、この時間から登校してくる生徒も数名いた。

学校なら、黙って座って授業を受けていれば何とかなるのが幸いだ、と一音は思った。


入れ替わりが分かった時はパニックになった。中でも一番心配したのは悲しいかなトイレのことだった。


お風呂は、入れ替わりが終わる午後11時から入ればいい。でもトイレは!?

晃太郎に詰め寄るとフッフッと笑い

「以前、山登りの時に作った薬がある」と錠剤を取り出した。


「これを飲むとその日、トイレに行かなくても大丈夫なのだ。しかし、飲み続けると身体に悪いからな、入れ替わり中だけ飲むように」

わあ~流石おじいちゃん、ありがとう!とでも言うと思ったのか。

そもそも入れ替わりの薬なんか作らなかったら、トイレの心配もしなくて良かったのだ。

花の女子高生が何故、こんな目に合わなきゃならないのよ、しかも数日後にはお父さんになるなんて……。


「おじさんなんて嫌!」

「上島、どうした!?」

ヤバイ、絶望の気持ちが口から出ていた。

教師は呆れた顔をし、周りの生徒は笑ったり目を丸くしたりしている。

「何でもないです。どうぞ授業進めてください」

「……まあ、何か悩んでるなら相談するんだぞ」

「はい。どうもありがとうございます」

上島、やばくね?と言うひそひそ声があちこちから聞こえてくる。


ああ、だめだめ目立たないようにしとかないと。

一音は気を引き締めて、真面目に授業を聞き出したが、その姿こそ教室内で浮いていることに気づいていない。



一音と対照的に小池は授業中すやすや寝て過ごしていた。そうして昼休みのチャイムが鳴ると満足気に目を覚ました。

「飯だ!今日買ってきた?購買か学食行くか?」

一音の昼食は普段、恵子の作る弁当だが今日は流石に作っている時間が無く何も持ってきていない。

「うーん、せっかくだし学食にしようかな」

「何がせっかくなんだ」


学食に行くと陽キャ、ヤンキーっぽいのやらギャルやら、体育科と思しきやたら体格のいい生徒が大勢いた。

メニューはうどん、ラーメン、唐揚げ、日替わり定食などなど豊富だ。

さて、何にしようかな~と財布を覗くと

何と200円しか入っていない。

「嘘でしょ……」

「どうした?」

「お、お金がない」

「いつものことだろ」

どうやら健二は常に金欠らしい。困った弟だ。


200円で食べられるのはうどんか蕎麦しかなかった。

仕方なく蕎麦をズルズル啜る一音の前で、小池はカツカレーを食べている。

「食う?」と皿を差し出されたが

「え、やだ」

初対面の男の食べかけなんか食べたくない。


小池は、ドン引きの表情で答えた一音に気を悪くすることなく携帯を見ながら「知也と渡辺今日は来ねーって」と笑った。

トモヤとワタナベ 健二から聞いていた友人の名前だ。健二から見せられた写真の顔を思い起こす。

同じクラスのはずだが確かに姿を見ていない。


「何か2人揃って合コン失敗したから、今日は来たくないって。」

「何よそれ!理由が酷い!!」一音はテーブルをバンッと大きく叩いた。

突然のことに小池は目を丸くしている。「ビックリするだろ!怒るなよ。お前本当に訳分からんな。機嫌悪いのか?」

全く近頃の若いヤツは。2歳しか違わないが一音は憤慨した。


「健二だって亜沙美あさみと別れた時はサボっただろーが。あんな仲良かったから仕方ないかもしれんけど」

「アサミ?」誰よ?伝達事項で聞いてない。

「え?別れただろ?ヨリ戻ったのか?」

実際どうだか知らないがブンブン首を振る。


かっこよくないし、性格も悪い健二なんかに彼女がいたとは。

一音が腕組みをして考えこんでいると小池は「そんな落ち込むなよ~。俺だって振られてばっかだろ」と笑った。

小池は知らない情報を色々教えてくれる良い奴だ、と一音は思った。


一音が蕎麦を食べ終え物珍しそうに周囲をキョロキョロ見回していると「なあ、お前の姉ちゃん美人なんだって?」と突然声をかけられた。

アッシュグレーの短髪で背が高い男だ。


健二の姉ちゃん、つまり私か。

「え、ああ、まあ」誰か知らんが、美人と言われれば悪い気はしない。

アッシュグレーの男は笑いながら「否定しねーとかシスコンかよ。バカじゃねーの。お前の姉ちゃんならどうせブスだろ」と吐き捨てると何処かへ行ってしまった。



「はあー?!な、何あれ!むかつく!」

小池が呆れた表情を浮かべ「お前、吉田なんか相手にするなよ」と言う。

「吉田!?吉田って言うのね!許すまじ、覚えてなさいよ。」

「健二、本当に今日変だな」


小池はカレーをかきこむと「でも、お前姉ちゃんのこと美人って認めたのも初じゃないか?」と笑った。

「え?」

「俺、見たことないけどさ、健二と同じ中学のやつ、健二の姉ちゃんめっちゃ美人って言うもんな」

「いやあ」照れるじゃないの

「でも、健二は毎回、アイツはブタゴリラだって言うのに今日は珍しいのな」

「誰がブタゴリラよ!健二殺す!!」

鬼の形相でテーブルに拳を叩きつける一音に、小池は今日何度目となるか分からない「お前、本当に変だぞ」と呟いた。




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