第3話 上島家(3)

「ローテーションする……」

三哉は口に出してみたが晃太郎の言ってる意味が分からない。

そもそも今の状況が全く飲み込めていない。


「ちょっと、どういう事か説明してよね!」

健二が仁王立ちをしながら凄んだ。

「おい!その喋り方やめろよ!鳥肌が立つ」三哉が喚くー。

正確には健二の中に入った一音、三哉の中に入った健二である。


晃太郎は何やら紙を広げた。

びっしりと数式やら元素記号やらが書き込まれている。

「この方程式を使い複雑に計算された薬を飲むと人格が入れ替わるのだ」

「薬?」

「あの美味しいジュースだ。あれはワシが調合した薬だ。」


三哉は頭がクラクラしてきた。

プレハブ小屋で煮詰めていた謎の液体を口にしてしまったのか。

「あの薬を同じ空間、時間で飲めば人格入れ替りが開始される」

晃太郎は、健二が帰宅したタイミングで皆に飲ませた。確かに同じ空間、時間だ。


「何よそれ!何が方程式よ!黒魔術じゃないの!

百歩譲って人格入れ替りの薬を飲んだせいでこんな事になってるとして、ローテーションって何よ!」

「その喋り方やめろって」


晃太郎は再び紙を広げてみせた。

1日目

将太(三哉)

恵子(将太)

一音(恵子)

健二(一音)

三哉(健二)


2日目

将太(健二)

恵子(三哉)

一音(将太)

健二(恵子)

三哉(一音)


3日目

将太(一音)

恵子(健二)

一音(三哉)

健二(将太)

三哉(恵子)


4日目

将太(恵子)

恵子(一音)

一音(健二)

健二(三哉)

三哉(将太)


5日目

元通り!


「( )の中が中身だ。

つまり将太(三哉)なら見た目は将太だが中身は三哉だ。

これを順に繰り返し5日目には元通りになる。それ以降は元の体のままだから安心しなさい。

あ、それに入れ替りは午前4時から午後11時時まで。5時間は自分の時間があるぞ。凄い発明だろう。安心だろ」


「安心じゃないわよ!何でこんな目に合わなきゃなんないの!」

一音が詰め寄るが晃太郎はキョトンとしている。

「え?凄い発明だから見せてやろうと思って」

そこからはいくつもの文句というか暴言の応酬が続いた。



パンッと手を叩き場を鎮めたのは恵子だ。

「皆、静かにして。こうなってしまったからには仕方ないでしょ。腹を括る!

今午前4時30分!

それぞれの情報を共有しないとダメでしょ?とりあえず1日目の情報、学校の友人関係とか仕事の中身とか教えあわなきゃ。」

「何でそんな冷静なんだ……」将太がポツリと呟く。


三哉は恵子の言葉を反芻して、しばらくぼんやりしていたのだが事の重大さに気付き叫んでしまった。

「え!?僕会社に行かなきゃなんないの!?」

将太は頭をかきむしりつつ「行ってもらわんと困る」と言った。

「無理無理!無理!僕まだ中2だよ?何も分かんないよ!」

「大丈夫……今は立派なおじさんだ」


そんな……。本当に夢であって欲しいと頬をつねったが痛いし無精髭の感触がした為より深く落ち込むこととなってしまった。

「私も受験生よ。そんな休んでらんない」

「俺だって進級危ういし」

「何でこの時期に進級が危ういんだ!馬鹿たれ!」

「静かにして!」恵子が再び場をしきる。


「とにかく時間がないから情報共有するわよ。円になって」

と言うわけで家族は円になりメモや写真を手に情報を叩きこみ始めた。


三哉は将太から勤務先の旅行会社の情報や仕事仲間を教えられた。


「いいか?窓口対応は部下がしてくれてるから大丈夫だと思う。

頼まれたら書類が立て込んでる、とでも言っておけ。

何か相談されたら、トイレでも行くふりして俺にメールしろ。

あと、三哉にできそうなのは、うーん、パンフレット整理でもしとけ。

困ったらこの七三分けの松田っていう奴に仕事をふれ。松田は同期で良い奴だから」


三哉は目を丸くした。「大したことしなくていいの?なら大丈夫だね」

「馬鹿野郎、普段はちゃんと働いとる!お前がしない分は元に戻ったら残業すると言ってるんだ!親心だろうが!」

三哉はその後、社員名や取引先の名前など細かいことを沢山教えられ頭がパンクしそうになった。

晃太郎おじいちゃんの事は好きだが今回ばかりは嫌いになりそうだ、と思った。


いろいろ詰め込まれた後は、教える番である。

よりにもよって健二お兄ちゃんかぁ……。

うつ向く三哉を「さっさとしろよ!」と健二が睨み付ける。

こんなに恐い表情をした三哉自分を見るのは初めてだ


「校舎の中は分かるから問題ない。お前、担任誰だ?」

「川上先生」「ああ~あのうるさい親父な。まあ、大人しくしといてやるから川上も怒鳴りはせんだろ。」

「当たり前だよ!問題起こさないでよ」

「ハイハイ。で、休み時間は誰と遊んでんだ?話の内容は?」三哉は深く項垂れた。


「……お前友達いないのか。」

「他のクラスにいる」

「同じクラスにはいないんだな」

小さく頷くと健二は呆れた表情を浮かべたがすぐに憐れみの表情に変わった。

「お前、そんななのにちゃんと学校行って頑張ってんだな。」

自分の姿に慰められるのは不思議な気分だったが『頑張ってんだな』という一言にうっかり泣きそうになってしまった。


窓の外を見ると朝の光が射し込んできている。晴天だ。

三哉は大きく息を吸い「頑張ろう」と自分に言い聞かせた。


覚悟を決めた上島家の面々は眠い目を擦りながら出かける準備をした。

晃太郎はというと呑気にラジオ体操をしている。


初めて着たスーツは何だか首もとがゴワゴワして変な感じだ、と三哉は思った。

大きく大きく深呼吸をして玄関のドアを開ける。「行ってきます」

さあ、1日目が始まる。

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