第2話 上島家(2)

昼寝と言うのは少しのつもりでもあっという間に時間が経ってしまうものだ。

「ちょっと!邪魔だからどきなさいよ!」突然の怒鳴り声に三哉は慌てて飛び起きた。


姉、一音のイライラした顔が目に飛び込んできた。いつの間にやら時計は5時30分を過ぎている。塾が終わり帰宅して来たのである。

「日曜だってのに家から出ないでゴロゴロして。友達いなくても少しは外に出たらどーなのよ」

「友達いるよ……」一応反論したがキッと睨まれるともう何も言えなくなってしまった。


「おー!三哉~起きたのか」背後からの大声に振り返ると着古したジャージ姿の父、将太が立っていた。風呂上がりである。

三哉が寝ている間に帰ってきてさっさと風呂も済ませたらしい。顔が赤いのは湯船に浸かったからだけでなく飲み会の名残が大きい。

「昼間から酔っぱらって嫌になる」一音の文句に「酔ってないよ~」とヘラヘラ笑う将太だったが一音にキッと一睨みされると、シュンと黙ってしまった。

親子だなあ、とどうでもいい所で実感する三哉であった。


サザエさんが始まる時間近くになり恵子が帰って来た。パートは、もっと早い時間に終わってるはずなので、お喋りに花が咲いていたんだろうな、と三哉は思った。

よくそんなに話すことがあるものだと羨ましくもある。


三哉はサザエさんの始まる時間になると憂鬱さが増すが、昔からの習慣で見てしまう。

僕もカツオみたいな性格なら学校楽しかっただろうに、とどうしようもないことを考えながらテレビを見ていることを家族は知らない。


夕食の用意が済んだ頃、晃太郎が笑顔を浮かべながら食卓へ現れた。

「発明上手く出来たの?」三哉が小声で訊くと晃太郎は満足そうに頷いた。


小声にしたのは、三哉以外の家族は晃太郎の発明、実験に対して良い顔をしていないからだ。

「近所迷惑にだけはならないで下さいよ」と普段は細かいことを気にしない恵子も渋い顔をしている。

「友人のいない年寄りの寂しい道楽」と一音はもっと冷たい。

三哉は反論したいが援護できる言葉がいつも見つからないでいた。


夕食の席に健二の姿は無かったが、よくあることなので、いつもは誰も気にしていない。

しかし、今日は晃太郎がやけにそわそわしていた。

「健二はいつ帰るかな」

「何か用事あるの?」

「いや、用事と言うか何と言うか。揃わんとだめだから」ハッキリしない答えである。


健二が帰宅したのは9時過ぎであった。

ただいま、も言わずドスドスと台所へ入ってきて蛇口をひねり水を飲もうとしたところ、

晃太郎の「待った!」と言う絶叫が響き渡った。

「何だよ!」晃太郎は目を爛々と輝かせ「美味しいジュースがあるから!」と言った。


冷蔵庫から何やらビンを取り出す。

薄いオレンジ色をしているジュースだ。

晃太郎はコップ5つに注ぎ分け家族に配った。

「美味しいから。皆揃って飲んで欲しくて。」

健二は怪訝な顔をしていたが喉が渇いていた為、少し口にしてみる。


「お、美味い。」健二の言葉に安心した4人もジュースを飲みほした。

柑橘系のサッパリした味がし、でもほんのり甘くて中々美味しい、と皆思った。

そんな家族を晃太郎はニコニコと見守っている。

「おじいちゃんは飲まないの?」

三哉が訊くと晃太郎はビンを逆さにしてみせ笑った。「5人分しかない」



三哉は明日の授業の用意を済ませるとベッドに潜り込んだ。

結局、今日は寝ただけで1日が終わってしまった。全く有意義ではなかったが特別悪い1日でもなかった。

あーあ、学校面白くないから行きたくないな。行かないでよくならないかな。

そんなことを考えながら憂鬱な気持ちのまま眠りについた。


◇◇◇◇◇

ジリリリリー!!

突然目覚ましの音が家中に鳴り響いた。

慌てて止める。目覚ましかけたっけ?というか僕の部屋に目覚ましなんてあったかな?三哉がぼんやり考えていると、

の「あ?」と言う声がした。


ギョッとして目を凝らすと恵子の姿が目に入った。

「何でお母さんが僕の部屋に?」

よく見えないが外もまだ暗いみたいだし何か変だ。おかしい。


頭がグルグル回る中「集合~!」と晃太郎の大声が聞こえてきた。

何だ何だ!緊急事態?慌てて部屋を出るが何だか勝手が違う。棚に足をぶつけてしまった。

僕こんな所に棚は置いていない。

僕の家だけど僕の部屋じゃない?

それに何だか体が重たい。

体調が悪いのか?だから何か変だと感じるのか?

違和感がいくつも襲ってくる。


恵子と1階に降りると満面の笑みの晃太郎と対照的な表情の一音、健二がぼんやりと立っていた。

三哉と恵子を見ると一音が「キャッ」と悲鳴を上げた。

三哉は「何?どうしたの?」と訊いてみてハッと気づいた。


突然恵子が三哉の襟首を掴んできた。「お、お前もしかして」

あれ?お母さん背が縮んだ?しかも

『お前』なんて普段は言わないのに。


三哉が困惑していると2階から誰かがバタバタと転げ落ちて来た。

「おい!何だよこれ!どーなってんだ!」声の主を見た三哉はペタリと床に座り込んでしまった。


2階から降りてきたのは自分ーだった。

そうして、座り込んだ自分がヨレヨレのジャージを着ていることに、お腹がだいぶ出ていることに気づいた。

「僕、お父さんになってる……?」

そして恐らく他の4人も……


晃太郎がガッツポーズをする。

「大成功!」

事態が飲み込めずポカンとする5人を前にして「4日間順番に入れ替りだ!家族ローテーションするぞ!」

と全く意味不明の宣言をしたのであった。

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