第6話 それぞれの想い、思惑

 一昨日、久しぶりに会ったお姉ちゃんは、ここ二、三年の間で見た事ない顔をしていた。そう、唯一の理解者だと自負していた妹のあたしでさえ、あんな風にお姉ちゃんを変えられていない。だから相手の男に俄然興味が湧いた。


 二人がデートの約束をするやり取りを見ていて、場所と日時は把握している。

 幸い今日の午後の授業は重要度が低かったから、昼休みに入った直後、慌てて電車に乗り込んだ。もちろん変装道具はバッグに忍ばせて。

 

「あ、お姉ちゃん、アドバイス通りの服装で来てる」

 

 近所に住んでいるらしい当事者達は、待ち合わせ場所に共通の最寄駅を選んだ。そこから徒歩数分程度のカフェに行くらしいけど、もっと近場で落ち合えばいいのに。

 ハットを被ってサングラスを掛けるという、怪しい風貌で待つこと十分。約束の時間まではまだ三十分近くあるけど、その場に現れたお姉ちゃんは素敵な大人の女性だ。ソワソワさえしていなければ。


 本人は容姿を悲観しているけど、華奢な体にスラっと細い手足は、すごく魅力的だと思う。控えめな性格も相まって、守ってあげたくなってしまうのだ。だからあたしはお姉ちゃんが大好き。

 

「変な顔してスマホ確認してる。もう着いたって連絡でもきたかな?」

 

 しかしそんなお姉ちゃんを元気付けたのは、ほとんど見ず知らずの男。

 見た目も中身もキャラになりきってた相手だから、あたしからすればまだ信用出来ない。

 コスプレをしたまま住宅街を歩いていたのもそうだけど、初対面からキャラとして接してたって、一体どんな変わり者だよ。割と有名なコスプレイヤーとはいえ、何か裏がある気がしてならない。


 良からぬ妄想まで働かせながら周辺を見渡していると、姉の方へと歩み寄る人影に気付いた。

 

「もしかして、あれが素顔のみどり……さん? 絵に描いた様な爽やか好青年じゃん」

 

 柱に身を潜めながら近付いて見ても、ルックスから悪い印象は全く受けない。

 黒の短髪で、雑に感じない程度の無造作ヘア。

 高身長で程良く胸板に厚みがあり、清潔感のあるカジュアル過ぎないファッション。

 ひとつひとつのパーツは薄味だが、綺麗に形の整った塩顔男子。


 噂の彼と共通点は多く、恐らくこの人で間違い無いけれど、お姉ちゃんは全く気付く気配が無いな。

 二人に尾行を悟られず、声が聞こえそうなギリギリの距離まで忍び寄った。

 

「お待たせ、安栗あぐりさん」

「………えぇ!? も、もしかしてみど……若苗わかなえさん!?」

「そうだよ。そんなに警戒しなくても、普通に接してくれて大丈夫だよ?」

「で、でも、コスプレしてないのにみどりくんって呼ぶのも変だし、見た目も雰囲気も全然違うから頭の中で一致してこないし、想像以上に色々凄かったし、それに……」

 

 あらー、お姉ちゃん緊張し過ぎて、すごい早口になっちゃってる。どうやって息継ぎしてるんだろう。そんなテンパリ易いところも、たまらなく可愛らしいんだけど。

 

「それに……? 他にもなんかあった?」

「あの……どこかでお会いしたことありますか?」

「覚えててくれたんだ。何度も顔合わせてるよ。安栗さん家の近所のコンビニで」

「……ああぁーー!!! あのコンビニの店員さんだ!!」

「そうそう。時々夜遅くに買い物に来てたよね。お菓子とかジュース目当てで」

「そ、そうなんですけど、あの……恥ずかしいので、できれば忘れてください……」

 

 やっぱり裏があったんだ。

 お姉ちゃんにとっては見覚え無いコスプレイヤーでも、向こうは一方的にお姉ちゃんを知っていた。

 それだけでも、尾行を継続する理由にはなる。



 ♦︎ ♢ ♦︎ ♢



 とりあえずここまでは順調ってところか。いよいよ明後日は安栗さんに会って、俺の素顔を晒す。

 連絡のやり取りだけでも真面目ないい子だって伝わってくるし、詳しい事情は知らないけど、あいつが気に掛けてる理由も分かる気がする。先に報告入れておくか。

 メッセの送信相手を選び、途中まで文章を打っていたが、面倒になって通話ボタンを押した。

 

「もしもし? わざわざ電話掛けてくるとか、あいつに関する用件か?」

「あぁ。安栗さんとは無事に友達になれたし、明後日コスプレ無しで会ってみるわ」

「そうか。顔見知りだとわかったところで、それまで通り漫画の話しとかしてれば、すぐ打ち解けると思うよ。お前も退屈しないだろ?」

「俺は楽しんでるよ。それより天藍てんらんはいつ行動に移すつもりだ?」

「もう少し待ってくれ。せっかく柚葉ゆずはのおかげであいつも気分良くしてるのに、いきなり壊すような事はしたくない。頃合いを見て、必ず俺もまたそっちに行くよ」

「頃合いってもなぁ。繋がりを作っとくのも、喜ばせるのも構わないんだけどさ、お前の事情に巻き込まれてやってるのを忘れるなよ?」

「わかってるって。お前にしか頼めない、深ーい理由があるって言ったろ?」



 ♦︎ ♢ ♦︎ ♢



 遊びに行く予定を立てた直後、あのお調子者とはそんな会話をしていた。

 中学時代からの親友の頼みで安栗さんに接触したけれど、今日の彼女を前にすると、むしろ感謝しても良いかと思えてくる。


 それにしても、さっきから物陰で食い入る様に見てくる女性は誰なんだ? 

 完全に顔隠しててストーカーチックだし、俺のファンとかじゃないよな? 

 時々つけてくる人とかいるけど、なんか雰囲気違うし。

 安栗さんの知り合いの可能性もあるから、もう少し様子を見ておくか。

 妙な動きをしたら、すぐに通報して退散してもらおう。

 

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