第5話 変われるキッカケ

 みどりくんと連絡先を交換して、一週間が経過した。

 あれから一度も顔を見ていないけど、毎日数回はメッセージのやり取りをしてるから、着実に距離は近付いている気がする。ううん、そう思いたいだけかもしれないけれど、私の日々は明らかに充実していた。

 この短期間に引きこもり生活から脱却したりはしなくても、漫画以外にも楽しめる時間が増えて、モチベーションが下がったりしない。


 四ヶ月くらい連絡だけで繋いでいた妹との関係も、ようやく家に招く決心がつき、もうそろそろやって来る予定。妹に対しては隠し事もしていないし、ずっと会いたいとも思っていたけど、これ以上自信を失うのが怖かったから。

 昔から可愛くて愛想の良い人気者で、しかも姉想いという完璧な私の妹。専門学生になる前、誕生日という事もあって実家で会ったのを最後に、自分が情けなくなって避けてしまっていた。

 でも今なら大丈夫。些細な状況の変化でも、気持ちの変化はとても大きい。

 

『ピーンポーン』


「はーい、今出るー」

 

 インターホンの音が室内に響き、小さなモニターで来客の顔を確認してから、玄関へと向かった。

 扉の先にいる女の子は、相変わらずオシャレで華がある。とても同じ両親から生まれたとは思えないほど、姉である私にとっても眩しすぎる妹だ。

 

「いらっしゃい桃花ももか。また少し髪の色変えたんだね」

「久しぶりーお姉ちゃん! 夏だからちょっとトーン上げたんだ♪ 変じゃないかな?」

「全然変じゃないよー。そんなに明るい茶髪なのに、上品な雰囲気になってるからすごい」

「ありがとー♪ お姉ちゃんもだいぶ雰囲気変わった? ヨレヨレのTシャツ姿じゃないし、髪も肌も調子良さそう! なんか嬉しいことでもあったでしょ?」

「んー? 久々に可愛い妹に会えたのが、一番嬉しいよー」

 

 玄関から廊下を歩いている間に、色々と見抜かれてる。さすが美容師志望の我が妹。

 一週間前のあの日から、部屋着にもなんとなく気を使うようになった。またみどりくんがその辺歩いてないかなとか、おかしな期待をしているんだと思う。焦って出ていく時に、せめてマシな服装で会いたいから。

 滅多に外出しないせいでサボっていた肌や髪のケアも、入浴時や就寝前にしっかりこなすようになった。

 これじゃ恋する乙女みたいで、なんか恥ずかしいな。

 

「どう? 少しは大学行けそうになった?」

「そこまではまだ……。でも一応、新しい友達はできたよ」

「あー、やっぱり! 男の人でしょ? あたしの為に綺麗になる理由がないもんねー」

「うん、男の人だけど、好きとか全然そんなんじゃないよ。同じ趣味を持つ仲間と言うか……」

「ふーん。趣味の合ういい人を見付けるなんて、お姉ちゃんも隅に置けないねぇ」

「もう! ニヤニヤしながらからかわないでよ!」

 

 確かにいい人だし、話すだけですごく楽しいけど、今はまだそんな風に見てないのに。


 その後桃花からは両親の事や、専門学校での出来事について色々聞いた。

 妹はどんどん前に進んでいるのに、私の近況報告なんて、みどりくんと知り合った事ぐらいしかない。

 それでも一番心を許せる子だから、会話は何時間も弾んでいた。

 気が付けばお昼をとっくに過ぎていて、昼食の準備でもしようかと思っていた矢先に、私のスマホの着信音が鳴る。

 

「あ、みどりくんからのメッセだ」

「えー、なになに!? デートのお誘い?」

「いや、そーいうんじゃないと思う」

 

 その内容を簡潔にまとめると『もし明後日の午後に時間があれば、お茶でもしながら話しませんか?』というものだった。

 丁寧に書かれた文章に胸が高鳴りつつも、周囲に他人がいる環境だというところに、少なからず不安も感じる。そもそも私、みかどくん姿の彼にしか会ってないし。

 固まったまま返信に悩む私を、妹は冷やかし混じりの表情で後押ししてくれた。

 

「お姉ちゃん、これがデートの誘いじゃなくてなんなのかな?」

「え、共通の話題がある友達だからってことじゃないの?」

「んー、まぁ仮にそうだとしても、興味の無い異性と二人きりで会ったりしないよね」

「さっきネットの写真見せたでしょ? あの超絶美しいみどりくんだよ? 私なんかじゃどう考えても釣り合わないし、探さなくても女の子から寄ってくるでしょ」

「見たけどコスプレ姿じゃん。最近は男子もメイク上手いし、正直あれじゃわかんないよ。とにかくさ、毎日メッセしてるくらい仲良いなら、直接話せばもっと楽しいって♪」

 

 桃花の言う通り、素顔に関しては想像もできない。更に言えば、文章でしか彼の本来の性格を見ていないから、ほとんど初対面の人と会うみたいな感覚なんだよね。

 だけど断りたくない。良いか悪いかも判断しかねる現状で、せっかくできた友人との繋がりを失うのは、落胆するよりも嫌だから。

 これまでと違うみどりくんに会って、ずっと避けてきた人の集まるお店に入って、今の私はどう感じるのだろう。

 さっきまで不安な気持ちが大きかったのに、画面を見つめながら空想する私は、ちょっとだけ頬が緩んでいるのがわかった。

 

「いい顔になってるね、お姉ちゃん♪」

「え、うそ! 自分のニヤけ面とか想像したくない!」

「悪い意味じゃないよ。余裕が無い時のピリピリとか、ネガティブ思考でズーンって感じになってない、めっちゃ穏やかな表情だったよ」

「それもそれで想像できないかも。だらしない顔で漫画読んでる方がまだわかる」

「なにそれウケる! 鏡の前で漫画読んでんの?」

「ち、違うよ! 自分のイメージの話しね!」

 

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