第2話 コスプレの王子様

「おい、いい加減に起きろ」

「………ふぁ? なにごと?」

「いつまで寝ぼけてんだ。俺様に手間かけさせるんじゃねぇよ」

「わ、わっ!! みかどくんがいる! さっきのは夢じゃなかったの!!?」

「夢だと思いたいなら、覚めるまでそこで寝てろ。俺はもう行くからな」

「ごめんなさい! もう少し、もう少しだけお話聞かせて!」

 

 気が付くと、近所の公園のベンチの上で俯いていた。正面には、立ったままだるそうにこちらを見ている、大好きな漫画の中のあの人。幻覚にしては再現度が高過ぎるし、周囲も見覚えのある景色だから、ここは物語の世界ではない。

 状況が把握出来ずに落ち着かない私の視線は、ゴツゴツした手から差し出された、一本のペットボトルに狙いが定まった。

 

「……ん」

「え、この緑茶、もらってもいいの?」

「暑さにやられてぶっ倒れたのかもしれないからな。水分摂っとけ」

 

 受け取ったお茶はまだ冷たくて、恐らく私が目を覚ます直前に、自販機で買ってきてくれたのだろう。

 表情が一切ブレず、面倒臭そうな雰囲気のまま気遣ってくれるところも、物語に出てくるぶっきらぼうな彼に間違いない。


 あれ? そう言えばさっきぶっ倒れてたって……

 

「あーっ!! 私さっきの道端で気絶しちゃってたの!?」

「もう忘れてんのかよ。一歩も歩いてないのに忘れてりゃ、ニワトリ以下の脳みそだな」

「もしかして、ここまで運んでくれたとか?」

「勘違いすんなよ。転がしといたら人様の迷惑になるから、引きずってきただけだ」

「私の服全然汚れてないけど……?」

「……」

「えっと、色々迷惑かけちゃってごめんなさい。お茶もありがとう」

 

 横を向いて耳の後ろを掻く仕草も、外プリを読んでて何回も見た。なんだかこうしていると、私がヒロインの『白石ほたる』ちゃんになったみたい。さすがに自惚れ過ぎかな。

 

「とりあえず、ここが現実世界なのはわかるんだけど、どうして帝くんがいるの?」

「あんた、まだ本気で言ってるのか?」

「ん? どういうこと?」

「いやこれコスプレな」

「………っ!!!」

 

 なんでその答えに辿り着かなかったのだろう。現実世界から逃げる事ばかり考え過ぎて、夢見がちな思考回路が骨の髄まで染み付いちゃったのかな。それにしても、フィクションとリアルの跨ぎ方として、コスプレという結論は割とすんなり導けそうなのに。

 呆れた顔をする彼を見ていると、些細な表情ひとつ取っても黒大河くろおおかわみかどくんそのもので、本物ではないと知った今でも頭が混乱している。そもそも本物とか考えてる時点でナンセンスだけど。

 綺麗な明るい茶髪から、つり気味の切れ長の目。シュッとした高い鼻筋や、特徴的な制服。手足が長くて百八十センチ以上ある体格に至るまで、端から端を見渡しても完成度が完璧過ぎる。

 

「まるで帝くんになる為に生まれてきたみたい……」

「あ? ついに暑さで頭沸いたか?」

 

 思わず心の声が口から漏れ出してしまった。

 だけどそういう強気な反応までも、帝くんとして全く違和感が無くて、麻薬のように私から正常な判断能力を奪っていく。

 

「ご、ごめんなさい! コスプレだと聞かされても、まだ理解が追い付かなくて」

「……あんたの思い描く外プリの王子様と、今の俺はイメージ違ったか?」

「違くない! ホントにご本人登場と言われた方がしっくりくるくらい!」

「ならそれでいいんじゃねーか? 帝が存在する外プリの世界はこことは違う。ここではあくまでも再現だが、あんたにとっての本人に見えんなら、レイヤー冥利に尽きるしな」

 

 漫画の彼が絶対に言わないセリフなのに、それさえ不自然だと思えないのだから、すごく不思議だ。


 こんなに誰かと会話をするなんて久しぶりだけど、ちっとも苦痛を感じないし、それどころか心地良い。大好きな作品について、遠慮無く自分の気持ちを曝け出せる。こんなの中学生以来だし、やっぱり楽しいな。

 隣に腰を下ろした彼は、私にくれたのと同じお茶を、ゆっくりと口まで運ぶ。その姿まで絵になる美しさで、同じ人間とは思えない。

 

「なにジーッと見てんだよ」

「コスプレってすごいなぁと思って。まるで作り物みたいだよ」

「例え趣味だとしても、中途半端にやってたらつまんねぇだろ。俺は帝になる為の準備から、全部本気でやってきたんだよ。もちろん外プリは好きだしな」

 

 大好きな趣味だからこそ本気になる。私もそんな風に考えていた時期があった。でもいつからか、趣味は嫌な現実を忘れる手段に変わり、好き嫌いで測れる思いが薄れた気がする。好きなのはもちろんなんだけど、『痛い』とか『キモい』とか、そういう視線にばかり敏感になっていって、隠さなきゃ上手くやっていけないと思うようになった。隠しても上手くいってないんだけど。

 彼に顔向けしづらくなり、下を向いて考え込んでいる私は、気付けば逆に視線を浴びていた。なぜか帝くんの鋭い目つきが、少しだけ悲しげに見える。

 

「ご、ごめん、急に変な雰囲気出しちゃって」

「いや。俺この後バイトあるから、そろそろ行くわ」

「あ、そうなんだ。色々とありがとう。すんごく楽しかった!」

 

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