虹結び、開いて惨事、モノローグ
創つむじ
第1話 出逢いはもちろん突然に
少女漫画にありがちな設定。
どこにでもいるごく普通の少女が、後光が指す様な眩しい王子様と、煌めく恋に落ちる。
出逢い方は様々でも、必ずお互いに特別な存在として認識していく。
私は今もそんな物語のページを捲りながら、グッと締め付けられる胸を
もちろんあったかい気持ちもある。ハラハラさせる展開を乗り越え、やがて心が繋がっていく恋愛模様は、フィクションだと解っていても感動してしまう。
だけどそんな満たされた気持ちと同時に、私は嫉妬してしまうのだ。だってどのヒロインも、全然ありきたりな存在じゃない。
まずルックスひとつ取っても、その世界観では平凡とされているこの主人公、どう考えても他のモブ子達よりカワイイし。あとは複雑な過去を乗り越えようとしていたり、ものすごい特技を持っていたりと、なんだかんだ好感持たれる要素があるんだよみんな。そりゃ主人公でヒロインなんだから当たり前だけどさ。
だから私はひたすら物語を読み漁る。
本棚を埋め尽くす漫画達はだいたいセリフまで暗記しているし、机に積み重なる本の山から気まぐれに手に取るのが日常。
もうお察しだけど、私はこんなヒロイン達に憧れるだけで、絶対にそうなれないごく一般的なひとりの女だ。一般的と言うには語弊があるかもしれない。高校卒業後に一人暮らしを始め、一ヶ月後には大学に馴染めないと気付いた。そのまま仕送り頼りの引きこもりと化してしまい、まさに見た目もスキルも取り柄ゼロのド底辺女だ。
窮屈なのは狭い部屋ではなく、罪悪感がドロドロと渦巻く心の中。意気揚々と自立を謳っておいて、結局学校もバイトも通わずに塞ぎ込んでいる。
親からの定期的な連絡や、SNSの投稿が空爆みたいに感じられて、さながら防空壕で耐え忍んでいる気分。別に責められてるわけじゃないけど、優しい言葉や他人の幸せが、全て凶器みたいに思えてしまう。
現実逃避をするのに、現実に似通ったものは要らない。自分としてではなく、微笑ましいキャラクター達のやり取りを、傍観者として眺めるくらいがちょうどいい。
最初は私のニーズにしっかり応えてくれていた少女漫画の数々も、だんだんと虚しさを感じるようになってしまい、現在は冷静に分析すら始めてしまう始末。
「なれるわけないじゃん、こんな私が。成人間近だってのに、まだ夢見てるんだ……」
不意に溢れ出す声は、ただただ自分の胸に突き刺さる。口に出せば都合良く消化されていくわけでもなく、拾って優しい意味に変換してくれる人もない。耐え切れずに私が発したモノが、私自身に追い討ちをかける結果になるのだ。
もううんざりだ。またフィクションの続きに頭を切り替えて、少しでも楽になろう。
手は血の気が引いたみたいにひんやりしていて、冷房の設定温度を少し上げる。
そう言えば乾燥させ過ぎて喉が渇いてきた。
「あー、もうお茶が無いんだった。スーパーまで行くしかないか」
冷蔵庫の中に冷えた飲み物は牛乳しかなく、喉を潤すには少々粘り気が強い。
コップ一杯のぬるい水道水でとりあえず我慢し、ヨレヨレの部屋着を外出用の服に着替えて、一応髪をとかした。自分がヒロインになれないと諦めていても、女であるという自尊心くらいは残っている。例え近所だとしても、見るからに堕落した姿を晒すのは気が引けてしまう。
十五分程で用意を済ませ、玄関の扉を開いた途端、猛暑と直射日光の強さに目が眩んでしまった。
フラフラと階段を降りるだけで帰りたくなるけれど、ここで引き返せば絶対に後悔する。だって家には冷たい飲み物が無いんだもの。それだけはなんとしても確保せねば。
「うぅ〜……。梅雨明け後ってこんなに暑いんだっけ……?」
日中の蒸し暑い住宅街となれば、私以外の人もあまり外に出たがらないのだろう。セミの声ばかりがうるさく騒ぎ、人とはほとんどすれ違わない。
もう少し駅の方に近付けば、うちから一番近くのスーパーが見えてくる。早くエアコンの効いた屋内に入りたい。
下を向きながらゆっくり歩を進めていくと、反対側から誰か歩いてくるのに気が付いた。いや、誰かではなくて、私はその人をよく知っている。決して出逢うはずのないその人を。
「え……なんで? なんで
「……あ? 俺を呼んだのか? てか誰だよあんた」
「ちょ、本物の帝くん!? 『ご主人様は
「俺のことを詳しく知ってるみたいだな」
すれ違う前に目が合い、思わず話し掛けてしまった。
数ある作品の中でも私の胸を一番ときめかせた、とても深い愛着のある漫画。その中の彼氏キャラである人が、今私の目の前にいる。暑さに頭がやられて、幻でも見ているのかな。でも興奮が収まりそうにない。
「知ってるよ! 私はあの漫画が大好きだもん! 帝くんは漫画の中から出てきたの?」
「なに言ってるんだあんたは? そんなこと出来るわけないだろ?」
「じゃあどうしてこんなところに……?」
「さぁ? あんたが俺の世界に入ってきたんじゃないか?」
「なにそれ夢みたいな胸熱展開じゃん」
「はっ! 勝手に夢にすんなよ。俺はちゃんとここにいるだろうが」
眉を寄せて挑戦的な表情をしたイケメンが、惜しげもなく美顔を近付けてくる。気温と気恥ずかしさで沸騰寸前となった自分の顔面は、次の瞬間私の意識まで奪い去っていった。
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