ボーイズ美ィ
はげしく動揺している。
ぼくの顔は真っ赤で、心は真っ白。
おちつけ。
恋愛に〈カンちがい〉はつきものだ。「好き」って言われたからって、実際、そうじゃないことだってあるだろう。
すなわち、
・たんなる言いまちがい、もしくは人ちがい
・ぼくの聞きまちがい
・スミコのちょっとしたイタズラ
上記の可能性が考えられる。
しかも重要なことは、これが寝言(たぶん)だということ。
念のために、
「何? いま何か言った?」
と、スヤスヤ顔の彼女に声をかけてみた。しかし無反応。やっぱり、眠っているのは確実みたいだ。
生まれてはじめて女の子から言われた「好き」。
だが、寝言だというのならノーカウントにすべきだろう。
(……)
すぅ、という小さな寝息をたてている。
ぼくのおなかを枕がわりにしてるので、体が動かせない。
時計をみた。
声がでた。
「あーっ‼」
がばっ、と彼女が起き上がる。
「ふぁっ⁉ ど……どうしたんですか、セナミ
ささっ、と前髪でシールドをつくって、彼女はもとのメカクレ女子にもどる。
大声で起こしてしまったのは申し訳なかったけど、そんな場合じゃない。
行かないと。昼の12時をすぎてる。あと10分で昼休みが終わる。
昨日せっかく立てたフラグが、水の泡に……
「あーーーっ‼」
これは、ぼくの声じゃない。スミコのでもない。
「さすがです、師匠ッ‼ もう女の子を招き入れてるなんて!」
不安そうにぼくを見るスミコ。
(だれですか?)
と彼女の口がうごいた。
そんなことを聞かれたって、ぼくにも誰だかわからない。
師匠って言ったか?
保健室の入り口ちかくにいて、キラキラした
「ぼく?」
と自分に指をさして、いちおう確認をとる。
「もちろんです! 師匠以外に誰がいるんですか!」近づいてくる。うおっ。この男子、すごく顔が……「おケガのほうは大丈夫ですか?」……美少年だ! 女装させたらそのまま美少女になる、圧倒的な天使タイプ。サラサラの黒髪のキューティクルが、まるで天使のわっか。
ベッドの横までくると、おもむろにスミコをじろじろチェックしはじめた。
遠慮がない。
彼女の体のまわりを360度、顔の高さと角度も小刻みにかえて、ずいぶん念入りに眺めている。
「あ……あのぅ……私に何か……?」
「キミ」胸ポケットから手帳をとりだし、なにかをメモる。「髪の毛で目がかくれてて顔の採点はできないけど、うん、スタイルがいいね。意外とバストもあるし。70点あげていいよ」
「はい? な、ななじゅう……?」
「名前は?」
妙な迫力におされ、すなおに自分の名前を口にするスミコ。
「一年?」
「はい……」
「同じ学年だね。よろしく、
とりこ?
「師匠はカッコいいからな~」
「ちょっと待った」彼に手のひらを向け、言う。「なにを言ってるんです? そもそも、ぼくはキミの名前さえ――」
瞬間。
髪の毛ごしにスミコの視線を感じた。きらーん、と光ったような。
「彼をこのまま泳がせるべし」と、ふしぎと超能力者のように彼女の心が読めた。
「それよりも‼」
いきなり彼はぼくの手をとった。
至近距離でみても、やっぱりきれいな顔だ。6:4ぐらいでサラッとナチュラルに分けた、丸みのあるシルエットの髪。二重まぶたの大きな目に長いまつ毛。ツルツルの肌。
「おれ……感動しましたよ。とうとう大物に挑戦するんですねっ!」
「お、おお……」ぱちん、とぼくは指を鳴らしてみた。「
「そーっす! すべての男子が告白することさえできなかった、難攻不落のターゲットですよ!」
「ま、まあ、ぼくにかかればな」一瞬、スミコが手持ちのスマホをこっちに見せた。『強気で!』とある。「ぜんぜん楽勝だよ。落ちるのも時間の問題かな」
ぴゅう、と彼が口笛をふく。
「さっすが師匠! あーあ、おれも師匠みたいにモテるようになりたいなぁ……」
モテる、だと?
このぼくが?
信じれない。
しかもその言い方だと、まるでキミが〈モテない〉みたいじゃないか。
「おれも師匠みたいにイケメンだったらよかったのに」
と、ため息をついて自分のほっぺをつねる。
いやいや。
その顔で、言う?
顔面偏差値でいえば、キミのほうが圧倒的に高いだろって。
「ところで師匠、今日、時間ありますか?」
「えっ」
「文化祭が終わったら、ある女の子に告白しよーと思ってるんです。ぜひ、ご意見をいただきたくて」
「あー……」たしか放課後に、イベントがあったはずだ。ベストカップルコンテストの予選。ちゃんと行かないと、幼なじみの
「あ。カプコンすね。わかります」と、彼の納得ははやい。「幼なじみと出るんでしたよね」
「そうそう」
「じゃ、そのあとで! ほんのちょっとだけ! 待ってますから!」両手を合わせて、ぼくに頭を下げる。
まいったな。
「わかった。いいよ」
「ありがとうございます!」
気をつけなくてはならないのは〈コンテストの予選で不正解を連発しないこと〉と〈終わったあとの教室で
彼と会うぐらいなら、問題はないだろう。
「じゃ、屋上にきてください。おれ、ずっとそこにいますから」
聞くと、文化祭の準備期間ということで
「連絡……スマホは?」
「おれ持ってません」にこっ、と美少年のスマイル。「どうせ持ってたって、女の子とやりとりできませんからね」
失礼します、と手をふって彼は風のように去った。
そのあと、スミコに彼の容姿についてたずねると、
「あまりその……人サマの見た目をどうこう言うのもおこがましいのですが……」
「っていうか、カッコいいって思わなかった? 男のぼくでも見とれるぐらい、ダントツの美形だったんだけど」
ふるふると首をふり、意外な回答をくれた。
「べつにフツウですよ?」
◆
午後の授業中、先生の目を盗みスマホで調べた。
パラレルワールドのことを。
なんとなく知っていた言葉で、映画やマンガとかでたまに見る設定だ。並行世界っていうらしい。
(むずかしいことはわからないけど……)
もしかして、ここは〈ぼくがモテる世界〉なのかもしれないな。
保健室で会った彼に、ウソっぽいそぶりはなかった。
それと、いきなり女子がお弁当をつくってきてくれた、というデータを合わせれば、そういう結論になる。
つまり――――この世界、最高かよ。
元の世界に帰る必要なくない?
って、考えるのはワナだ。
うまい話にはウラがある。
しかも、ますますメリバの色が
メリーバッドエンド。自分だけが幸せだと思って、人からみれば可哀そうに見えるエンディング。
それは絶対に回避しないとな。ブレちゃダメなんだ。
「キスしたいんだよ」
「は、はい⁉」
屋上は、さわやかな秋の風がふいている。
そつなくコンテストの予選を終わらせて、ここに来た。
第一声で、ぼくは彼に願望をぶちまけた。
「いや、師匠。いやいや……キスだなんて」
ぼくより数センチひくい位置から、上目づかいしてくる中性的な美少年。
彼の顔が半分、赤い夕焼けに照らされている。
「キミが信じるかどうかは、わからない。でもこんなぼくを『師匠』と
ぼくはこの世界の人間じゃない。
180秒のキスで元の世界に帰還できる、そう説明した。
ずっと考えこんでいるふうでリアクションがないが、彼ならきっと理解してくれるだろう。
ときどき「キス、キス」と小声でつぶやいている。
「だから」と、ぼくは彼の肩にふれた。「ぼくは師匠でもなんでもなくて……」
「はい。これは一番弟子として、ほっておけない大問題です!」キラキラの目がぼくに向く。「なるほど! おれをキスの練習台にしたい――って、ことでしたかっっっ‼」
「え」
「望むところです。おれも……きたるべき本番の前に、ちゃんとデキるようになりたいですから」
「いや、ぼくの話、ちゃんときいた?」
「待っててくださいね!」
走って、行ってしまった。
そして彼のいた位置に、何か落ちてる。
生徒手帳だ。
名前をたしかめると、
そのまま屋上で待っていたら、彼が元気よく戻ってきた。
「お待たせしました!」
「う、うん。これ生徒手帳」
「あ。落としてましたか、すいません」
すぅーーっ、と彼が大きく息をすいこんだ。
「では、いつでもいいですよ」
「何が?」
「キスです」
ばちっ、と頭の中に電気が走った。
思いがけない抜け道の発見。
なにをどう誤解したのかわからないが、彼はぼくとキスする心構えになっているらしい。
ちがうよ、と否定することはカンタンだ。
しかし、この状況を利用すれば―――
(できる。180秒のキスが。向こうは、全面的に協力してくれるわけだし)
女の子が相手じゃないといけないとは、たぶん言ってなかった。
ミッションはロングキス。きっと彼とでも大丈夫なはずだ。問題はメンタル面……いや! 元の世界に帰れるならば……
「師匠」
「あ、ああ……」
ぼくたちは屋上の入り口、まるい給水タンクが上にある四角い部分の壁際にいる。
「師匠、やさしくされると逆に恥ずかしいんで、いっそケモノのようにガバーッとやってください」
「ほんとにいいの?」
「こんなおれが……お役に立てるなら」
彼の口にズームする。ほんのりピンク色で、ここだけをみたら女子のとそんなに変わらない。
思わぬ展開からの、意外なゴール。
ただ……スミコにおわかれを言えなかったことは、残念だな。
ぼくをバディだと言って、おしみなく協力してくれた彼女には迷惑をかけ続けだった。せめて一目、最後に会えればよかったけど。
さらば。パラレルワールド。
ぼくが女子にめっちゃモテるという、ありえない世界に、さよなら。
(ケモノのように――)
がばっ、とぼくは、彼のくちびるをうばった。
よし。やわらかいっ。
これは……歯磨き粉のにおい? そうか、さっきのは歯を磨きにいったのか。ぼくも、そのへん気をつかうべきだったな。
とにかくキスをした。
この感触を、180秒キープだ。舌とかは変に動かさなくていい。浅く接触させた、このままでいいんだ。このままで。
「こら。BL禁止」
「えっ」
耳の近くで声が。
だが、180秒くっつけてないと……
「この声はね、あなたにだけ届いてる。なかなか考えたよね。たしかに男同士はいけないなんてルールはなかった。でも、やっぱり、見過ごせないなぁ~~~」
これは、コンビニでぼくにキスをしたスーツ姿の女の人だ。
キスをしたまま、横目でうかがうが、誰もいない。彼女の存在感だけがある。
「というわけで、ルール改正。こんどはキスの相手は〈両想いの女の子〉に限るのだ」
「そんな」
「『そんな』じゃないヨ。反則あつかいにしてもよかったんだぞ? 今回だけ許してあ・げ・る。さすがに二回も記憶をリセットされるのは……」
二回?
「いっけない。口がスリップ。じゃ、そういうことで」
ふっ、と存在感が消えた。
かわりに、口元に全神経が集中される。
ぶっ⁉
し、舌を入れてきてるぞ……、も、もういいって。
「……あ、師匠」
目がトロンとしている。
「わるい。ありがとう。助かったよ」と、早口にお礼を言って、ぼくは屋上をでた。
行かないと。
はやく頭を切りかえて、アタックに専念するんだ。
裏技にたよらず、もう正攻法でやるしかない。
ヤンキーギャルの
「あっ、てめー」
「桐野さん」
校舎の裏のうす暗いエリア。昨日と同じ場所に、彼女は一人でいた。
ジャージの赤色と、髪の毛のカフェオレ色。
ぼくを見るやいなや、腕を組んで、急に目つきがキツくなった。
おそらく、ぼくにアレをわたせなかったことで、イラついているんだと思う。
「ちょっとおなかがすいて……もしかして、お弁当とか持ってたりしません?」
「べ、弁当だとぉ⁉」
「持ってないですよね?」
ちっ、と舌打ち。
ダルそうな足どりで、視界から消える。
そして、しばらくして――
「……ほらよ」
「えっ」
「今日、昼は食堂ですませたから、て、てめーにやるよ」
「ありがとうございます」
石のブロックの上にすわって、ぼくはそのお弁当を食べた。
おいしい。
ぼくは素直に感想を伝えた。
「っ、ざっけんなてめー! タダ食いしやがってよぉ……」
さっ、と髪を耳にかきあげる。
「で、でも」
目線を、ぼくから
「よかったら、明日も……つくってやっても、いいけど……」
逸らした彼女から、ぼくも目を逸らす。
つまり、ぼくと桐野さんは今、逆方向に顔を向けている。
顔がカッと燃えるような感覚。
照れでも恥ずかしいでもない感情。
女の子っぽい表現だと〈キュン〉というのが近いと思う。
(この感じは。ぼくも、桐野さんのことを……)
そこで、ふと気づいた。
何気なく口にされた〈両想いの女の子〉に限るという新ルール。
それは、つまり……どんなに好きになったって、キスのあとには、その相手とお別れしないといけない決まりだということに。
好きになればなるほど、キスしたくなくなるということに。
180秒のキスで、パラレルワールドから帰還できますか? 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki
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