ラ武勇

 ホクホクしている。

 ホッペに手をあてながら、もう片方の手に持ったスプーンを口にはこんだ。


「んー!」


 美味おいしい、と言わんばかりのハミング。

 スミコは満足そうだ。目は前髪でかくれていて見えないが、声や口元や雰囲気などの少ない情報から、ぼくは彼女の表情がわかるようになってきている。


「このお店のパフェは、絶品ですな~」


 彼女の名前は、笹木ささき寿美すみ。ぼくがこの世界で180秒のキスができるかどうかのカギをにぎる、大切な存在だ。私を相棒バディだと思ってください、ということで「スミコ」と親しく呼んでいるものの、まだちょっと抵抗があったりする。そこまで気心きごころが知れていないからだ。


「あ。す、すみません、私ばっかり楽しんじゃって……」


 学校帰りに、ぼくはスミコをカフェにさそった。

 おわびがしたかったからだ。

 理由はどうあれ、ぼくの「リトライ」は彼女に迷惑をかけているわけだし。

 カフェでパフェをおごっている。一番上に生クリームとバニラアイスと半月形に切られたメロンとチェリーがのっていて、とてもおいしそうだ。


「大丈夫。ゆっくり食べて下さい」

「ではお言葉に甘えて……じゃなくっ!」びっ、とスプーンの先をぼくに向ける。「敬語はいただけませんな~。何度も言いますが、私たちはバディなのですぞ」

「そ、そうだね……」


 ぽとっ、とスプーンの先から、生クリームのしずくが落ちた。

 とっさに、お手ふきでテーブルをふこうとすると、


「あ」


 ぼくの手の上に、彼女の手がのった。

 ふこうとするタイミングが重なったらしい。

 こんな〈同じ本をとろうとして手がふれる〉みたいなこと、現実にあるんだな。

 リア充だよ、まったく……。ここがパラレルワールドじゃなきゃ、もっと素直によろこべるんだけど。

 まだ「あ」の形で、半開きのスミコのくちびる。

 しかし、そそっかしいバディだ。

 生クリームを手で直接ふこうとするなんて。


「…………これは失敬」


 と申し訳なさそうに手をひっこめる。

 ここから急に無言になった。気持ち、彼女のほほのあたりが少し赤い。


「ふう~~~、は満足じゃあ~~~」


 パフェを完食したところで、ようやくスミコが口をひらいた。

 やっとぼくも、本題を切り出せる。


「ぼくが強制リトライになったのって、どうしてだと思う?」

「まず……どういう状況だったんです? そうなる直前は」


 ぼくは説明した。

〈近所のお姉さん〉的存在の城之崎きのさき水鈴みすずと出会って彼女の家まで行ったことと、放課後の教室での一部始終を。


「ん~」

「ちょうど城之崎さんに向かって、遠藤えんどうさんが大声をあげたあとだったんだけど」

「ならば、それが答えでしょう」

「え?」

「トリガーは、その幼なじみちゃんと見るべきです。キュートな幼なじみちゃんが爆弾をもってて、それがバイツァダストしたわけですよ」


 ちょっと何いってるかわからない。

 バ、バイ……?


「まだ確証こそないですが、そう見ていいでしょう」


 うんうん、とスミコは腕を組んで納得したように首を縦にふっている。 


「どういうこと?」

「ようするに、彼女を感情的に刺激してはダメってことですよ。くわしい理由はわかりません。それがジェラシーゆえなのかブチギレゆえなのか、とにもかくにも、さわらぬ神にタタリはないでしょう」

「どういうこと?」と、もっかい言う。いまいち、スミコの言っていることがわからない。

「むずかしく考えなくていーんですっ‼」久しぶりに、両手をマラカスみたくふるポーズ。「いいです? ここはセナミくんにとってギャルゲの世界なんです。誰か女の子を一人攻略して、その子にキスをしてもらうだけなんですよっ!」


 クスクス、と近くのテーブル席にすわる大人の女の人が、こっちをみて笑っている。

 ちょっと声のボリュームが大きすぎるかもしれない。内容も、恥ずかしいし。


「スミコ。ちょっとおさえて」

「おさえいでか!」


 いかん。

 なんか、おかしなテンションになってる。パフェでハイになったのだろうか。


「ほら」と、スミコは窓のほうを指さした。つられて、そっちを見るぼく。ガラスにぼくたちの姿が反射している。「どうですか、この無個性な顔! 味気ない造形! かっこわるくもなく、かっこよくもなく、平均的で無色。まさに恋愛シミュの男主人公の条件を満たしているといえましょう」

「それ、ほめてるの?」

「はい!」


 いや、はっきり「かっこよくもなく」って言ってたぞ……。

 まあいいか。事実だしな。


「私たちはバディ。同じ方向を向かなければ」


 テーブルに両手をつき、スミコがぐーっと身をのりだしてくる。


「攻略対象を決定しておきましょう。そのほうが、私も動きやすいのです」 

「え? いま?」


 今ですぅ、と、むかし流行ったあの言葉みたいに言うスミコ。

 ちょっと待ってくれよ。

 急にそう言われても――――


「はよはよ」

「いや……」

「一番イケそうだと思った子で、いいんですってばぁ~」


 瞬間、脳裡のうりにある映像が浮かんだ。

 そして、その味も思い出した。


 ◆


「あ、あのっ!」


 やっと見つけた。

 カフェから学校に舞い戻り、さがすこと一時間。

 日は、とっくに暮れている。だが、文化祭前だからか、校内に残っている生徒はけっこう多い。


「あーん?」


 校舎裏の、あまり人目のないエリア。

 彼女が座っている状態から立つと、同じように「あーん?」と言ってまわりの女子も立ち上がった。

 そろいもそろって、全員ギャルだ。黒髪はゼロ。中には鼻ピをあけている子もいる。こわい。


「えっと……」


 ぼくは彼女の名前を口にする。

 桐野きりの麻利須まりすさん、とフルネームで。

 女帝、とあだ名されている彼女。

 上下赤いジャージ着用で、ありがたいぐらい下に下げられたジッパーと、白いTシャツに透けている紫のブラジャー。胸元でクネクネとうねっているカフェオレ色のロングヘア―。何もかもはじめて見たときといっしょだ。


「えっと、じゃねーよ」


 何をされているわけでもないのに、すでにあつがすごい。

 とくに目。

 射抜かれてしまいそうに鋭い。


「すみません」


 気圧けおされて、あやまってしまった。

 まいったな……。

 ?

 ぼくの頭になにかぶつかった。

 紙だ。くしゃくしゃに丸められている。

 ひらくと、



 フラグですよ フ・ラ・グ☠



 と女の子らしい文字で書かれている。

 木の茂みの向こうで、ひらひらとふられる手。

 なんでドクロマーク? ……いやそれよりも、あそこにいるスミコの言うとおりだ。

 明日、ぼくにお弁当をつくってきてくれるフラグを立てておかないとな。

 さもなければ、女帝は攻略できない。


「あの」

「しつっけーな」

「キスしていいですか」

「は、はあーーーっ⁉」


 よし。

 がんばったぞ自分。

 あとは余計なことを言わずに、ダッシュで逃げた。


 ――翌日。


 校門の前が、ザワついている。


女帝じょていが待ち伏せしてるぞ」


 そんな声がきこえてきた。

 これだよこれこれ。ばっちりフラグが立っている。

 いいルートに進んでいる。

 ぼくだって、そんなに恋愛にウトいわけじゃない。女子がわざわざお弁当をつくるなんて、よっぽど好きな男子が相手じゃないとしないことだ。

 ぼくは、それを彼女にされた。

 理由こそわからないが、かなり好かれているとみていい。

 女帝って呼ばれて敬遠されてるだけに、逆に〈押しによわい〉みたいなことなんだろうか。


「おはようございます」と、ぼくから声をかける。

「あ……」セーラー服姿の彼女が気づいた。赤いスカーフはけていなくてスカートのたけは長め。「おはよう……じゃなくて! ふざけやがって! なんだよ、昨日のアレは!」

「あれ?」

「キスだよキス!」


 おおっ、と周囲がどよめいた。

 が、彼女の鋭い目が向けられた途端とたん、すぐピタッと静まる。


「…………おまえ、名前は?」

世並せなみです。世界の世に――」前と同じことを言い、前と同じように笑ってもらう。この人、笑うとかわいいんだよな。あまりツンツンしないほうが、いいと思うんだけど。

「わ、笑ってねーし」


 雰囲気がなごんだ。

 いい感じだ。

 さて、えーと次の手は……


(どうしたらいいんだ?)


 スミコは「攻略」と言っていたが、そもそも、それってできるのか?

 彼女なんかいないし、告白したこともないのに。

 どうやって女子と仲良くなればいいんだ?

 なやんでいたら、また、昨日のように頭に何かがぶつかった。

 きっとスミコだ。

 タイミングよく桐野さんは、ぼくから視線を外して横を向いている。

 このスキに地面からひろって……



 ほめてーーー!



 と紙に書かれていた。

 なるほど。

 さすがはバディ。たよりになるよ。


「桐野さん」

「なんだよ」と、だるそうに耳に髪をかきあげる。

「きれいですね」

「えっ……」

「こんなにきれいな人、ぼく見たことありません」

「ばっ⁉ ばかやろー! っざけんじゃねーよ!」


 悪態あくたいをつき、背中を向けていってしまった。

 ぼくたちを囲んでいた人ごみも消え、スミコがそばにくる。


「うまくいった……かな」

「ええ。上々ですとも、セナミ君」

「上々じゃねーよ」


 え、とぼくとスミコが同時にうしろ――声がしたほうにふりかえった。

 ずらっ、と横にならぶワルそうな男子。5人。

 問答無用。

 そのうちの一人に、思いっきり肩を押された。

 足がもつれて、地面にころぶ。


「ちょっと! なにするんですかっ!」


 ダメだ、逃げてくれスミコ――と思ったが、


「きゃっ‼」


 彼女も体を押されて、転倒してしまった。

 あぶない倒れ方じゃなかったのが幸いだ。ぺたっと座り込むような感じだった。

 けど、ぼくはキレた。

 自分がやられたときより、数倍、数十倍もハラが立ったんだ。ゆるせなかった。

 無我夢中。

 と言っても、ケンカにすらならない。ただ、こっちが一方的にやられるだけだ。

 すぐに先生が止めにきて、ぼくは保健室にはこばれた。

 先生に治療してもらい、ベッドで横になっているうちにうとうとしたみたいだ。

 目がさめて、ゆっくりと意識が起き上がる。

 ん?

 ふとんの上に重みがある。この重みのせいで、目がさめたのかもしれない。


「セナミ君」


 スミコがいるが、なにやら様子がおかしい。

 目をつむっている。寝てるのか? ベッドのわきのイスに座っていて、ぼくのおなかのあたりまで体をのばして枕にして、こっちに顔を向けている。

 あれ? 目?

 目が、髪でかくれていない。ふだんメカクレの彼女にしては、これはレアなことだろう。


「私……私……」


 閉じたままの目からつーっと涙が流れた。手にとれる位置にティッシュがあったので、それで涙をふいてあげる。


「忘れないで……ください」


 これ寝言――だよな?

 忘れないで……ってどんな夢だ……、いってっ! 背中に激痛が。たっぷり殴られたからな。口の中も少し切れてるし。


「お願い」


 ほかに物音のない空間で、ぼくはだまってスミコの声をきいていた。

 次の一言は、ある意味殴られるよりも激しい衝撃を、ぼくに与えた。



「ずっと……私……セナミ君が好きだから」


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