悩バディ

 びっくりしている。

 ふぇっ⁉ という表情で彼女はフリーズしてしまった。

 その約3秒後、ぶるぶるぶると首をふって気を取り直し、つぶやくように言う。


「リトライしてない……ですと?」

「してない。なんにもしてないんだ」


 校舎の外壁の、けっこう老朽化がすすんだ非常階段にいる。ぼくは壁に背をつけて立って、彼女は階段のステップに座って。


「では、なぜ?」

「わからないよ」

「私たち、さっきまで〈明日〉にいましたよね?」


 ときどき、さわやかな風がビューッと吹くが、その程度の風ではビクともしない、彼女の両目をかくす黒髪。

 ぼくのリトライに巻き込まれた女子、笹木ささきさん。

 彼女も時間が戻される理由はさっぱりわからないが、こうやって記憶を共有できるのは心強い。


「デタラメ……というか、神様の気まぐれとかでしょうか?」


 そう言って、人差し指の先をこめかみにあてて首をかしげる。

 かわいらしい仕草だ。

 もし黒髪のカーテンの向こうの両目が見えている状態でこれをやったら、たいていの男子はキュンにするだろう。


「セナミくんは、なにか心当たりはありますか?」


 ぼくは初日にもどされる直前のことを、なるべく事細ことこまかにしゃべった。

 ギャルヤンキーの桐野きりのさんのことも、ぼくがエントリーしたというベストカップルコンテストのことも。


「ふむ……なるほど。もしかしてのもしかして、ですけど」

「何?」

「その幼なじみちゃんがカギな気がしますね。セナミ君もそう思いません?」

「でも、記憶が消去されてないから……」

「記憶?」


 ついでに、ぼくがコンビニで遭遇そうぐうした女の人と、ペナルティのことを話す。


「反則みたいなことをしたら、記憶全消去でスタート地点に?」

「そうなんだ」

「反則っていうのは、その」笹木さんが急にモジモジする。「時間を巻き戻せることを悪用して、かわいい女の子にあんなことやこんなことを……」

「ちょっ! ぼくは、そんなことは」

「わーかってますってー。たとえばの話ですよ。それに、記憶全消去ならエッチなことしても意味がないし、本人もやったことを忘れるゆえ、永久ループにはまりこむでしょうぞ。こうして、セナミ君がここにいるのが、そのまま無実を証明しているのです。おわかりになりますか?」


 んー……。

 よからぬことをしようと思う→実行→ペナルティで記憶消去→また、よからぬことをしようと思う(以下無限にループする)――ということか?

 そう考えたら、ちょっとこわいな。

 ぼくの何気ない行動のどこかにも、ひょっとしたら永久ループのタネがひそんでいるかもしれない。

 今さら不安になってきた。

 もしまた、なんの前ぶれもなくフリダシにもどされたら……


 ばん


 と、肩をたたかれた。

 いつのまにか笹木さんが立ち上がっている。

 にこっ、と口角も上がっている。


「元気だしていきましょー。ね? 落ちこんでてもいいことはありません!」

「ああ……うん」

「私は何度だってリトライにつきあいます。その……すこし……恥ずかしいですけど」


(恥ずかしい?)


 どういうことかと思っていたら、彼女が自分で説明してくれた。


「リトライのあと、朝の教室にもどりますよね。私、セナミ君のとなりのクラスなんですけど……」

「3組?」

「そうです」


 知らなかった――といっても、パラレルワールドで〈学校にいる生徒〉は総とっかえになってるから、知らなくたってしょうがない。


「ちなみにセナミ君のほうは、リトライ直後ってどういう感じですか?」

「ぼくは……」


 遠藤えんどうさんの顔が思い浮かぶ。


「幼なじみの子に話しかけられてるトコなんだ。『きいてる?』って」

「なるほど」

「笹木さんは?」

「私は、教室でオナ、オナ、オナっ」


 オナ?

 その二文字ではじまる言葉って。

 しかも朝の教室で?

 信じれない。

 うそだろ、こんな大人しそうな子が……。


「オナラをですね……した瞬間なんです。だから、絶対に、もうリトライはしてほしくありません」

「そっちですか」

「そっち? セナミ君、いったい何とカンちがいしたんです?」

「いや……そこはスルーで」口がすべった。顔から火が出そうだ。「ぼくも、もうリトライはごめんです」


 ばっ、と手をにぎられた。

 右手を左手で、左手を右手で。


「リトライはイヤだということで一致しましたね! 同じなやみの解決に向かう、私たちはパートナー……というより、バディです!」

「バディ……」

「〈さん〉づけで呼ぶのはバディらしくないです。これから私のことは『スミコ』って呼んでください」


 彼女のフルネームは、笹木寿美すみというそうだ。

 だからスミコ。

 いつも一人で教室のすみっこにいるからという意味もかけてます、と彼女は明るい声で言う。


「もーこうなったら、一日一回会うとかじゃとても間に合いません。スマホはあります?」


 こうして彼女とラインを交換した。

 登録名はスミコ。

 その日の昼休み、一発目のメッセージがきた。


「幼なじみちゃんと、キスすることを目標にしましょう‼」


 ◆


「ぼくとキスしてくれないか?」


 放課後。

 ぼくは一回目と同じルートに進んだ。

 このセリフからの大爆笑、からのほっぺにキス。

 不満な感じは一ミリも出さず、さわやかに、


「ありがとう」


 と彼女にお礼をべる。

 

「な、なに? ヘンなお願いしてきたと思ったら『ありがとう』って……こっちが照れるじゃない」

「じつは、もう一つお願いがあるんだ」

「えっ」

「ぼくとつきあって……くれないか?」

 

 ちらっ、と遠藤さんのうしろの建物のかげにかくれるスミコを見た。

 ガッツポーズしている。

 よくやった、ということだろうか。

 ぼくも、自分で自分をほめたいほど、よくやったと思っている。

 人生初の告白。


「……」


 遠藤さんが、ぼくから目をそらして、だまりこんだ。

 そのまま沈黙の長い

 即答せずに、よく考えてくれているのはいい傾向だ。


「……おかしいよ、私に告白なんて」

「いや、ぼくはキミが――――」

「ワタル、好きな人いるじゃん」


 え?

 好きな人? えっ?


「だからさ、今のは聞かなかったことにするから」

「あ。待って」

「また明日。学校、サボっちゃダメだよ?」


 バイバイ、と手をふって走り去った。

 交代するように、陰から現れるスミコ。


「予想外でしたね……」


 ほんとだよ。

 これならいっそ、スッパリとフラれたほうがましだ。

 ぼくに好きな人がいる?

 そのせいで、ぼくは遠藤さんとはつきあえない=180秒のキスができない?


(ならどうして、幼なじみとベストカップルコンテストとか出るんだよ)


 矛盾とは言わないまでも、首尾一貫してない。

 じくがブレてるんだ。

 くそっ。

 ぼくがぼくの邪魔をしてどうする。


「あの言い方からして、セナミ君と恋人関係ではなさそうですけど」 

「うん。でも手がかりがないから……」

「スマホにありません?」

「誰かの連絡先とかは、友だちのヤツすらないよ」

「ぼっち」とつぶやき、彼女が口元だけで笑った。仲間発見、という感じだろうか。「えーと、ではメモはどうです。スマホのメモは」


 その発想はなかった。

 生徒手帳とかルーズリーフとかは一応しらべたけど、そこはノーチェックだ。

 ぼくのスマホを、スミコが肩を押しつけてのそきこんでくる。


「おや。あるじゃないですか」


 ほんとだ。あった。

 何か書かれている。



 10月31日 17:00 校門前で彼女を待つ



「日付は今日で……時間もまだ間に合います! 行きましょう‼」

「あの、心の準備が――」

「はやくはやく!」


 背中を押されるようにしてそこに移動すると、


(誰かいる)


 クールな雰囲気のメガネ女子が、あきらかに人を待っている様子で立っていた。


(あの女子が、そうなのか?)


 ゆっくり近づいていく。ぼくの数メートルうしろを、スミコもついてきてるはずだ。

 夕方5時のメロディが流れはじめた。曲は〈夕焼け小焼け〉。


「コーくん!」


 ぼくに走り寄ってくる。

 運動とともに大きくれる胸。その真ん中に、セーラー服の赤いスカーフが窮屈きゅうくつそうにはさまっている。 

 さりげなく確認すると、制服につけている組章くみしょうは二年生の色だった。

 すこし毛先がカールした長い髪を耳にかきあげ、ぼくと目を合わせる。

 と、


「ぎゅう~~~~~っ」


 ハグされた。

 彼女が効果音を自分で口ずさみながら。

 かなり熱烈なヤツ。

 このハグを、うしろのスミコはどんな気分で見ているだろう。

 そしてぼくの胸にあたる、彼女のやわらかい胸。

 体の下部かぶのやわらかかったはずの部分が、自然にかたくなった。

 やばい、と思い、あわててこっちから抱きつきをく。


「どうしたの? もっと長くしたかったのに~」

「いや……」

「さっ、お姉ちゃんといっしょに帰ろ?」

「お姉ちゃん……?」


 彼女の姿を見る。

 だいたい163~165くらいの身長で、たぶん平均的な体重の体つき。

 だが胸は平均どころではない。

 E、またはFのなやましい……とか言いつつ、サイズにくわしいわけでもないんだけど。


「今日はお姉ちゃんの家に寄るでしょ?」

「は、はい?」


 ぱちっ、とウィンクされた。

 あれ?

 なんだこの親密な空気は。

 しかも家に、だって?

 っていうことは……もしかして……この人とキスもしくはそれ以上の行為も……。


(ぜ、前言撤回。軸がブレてるとか言ってわるかった。この世界の〈ぼく〉は、最高だっ)


 ふと、うしろにいるはずのスミコをさがした。

 いた。

 校門入ってすぐの、植え込みにかくれるようにして身をかがめている。

 目は髪にかくれてるけど、ぼくと目が合っていることは確信できる。


(……ん?)


 メカクレの彼女の表情は一見、ただの無表情。

 なのになぜか一瞬、ぼくには、とてもさみしそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る