すれ知が異

 おいしい。

 楕円形の弁当箱に入った、おにぎり、玉子焼き、肉団子、きんぴら、ほうれん草とベーコンをバターで炒めたヤツ、などなど、どれもハズレがない。

 こんなにおいしいものを、教室で一人で食べている。

 クラスメイトがグループをつくって楽しくお昼ごはんを食べている中、ぼくだけが一人。


(まー、べつに〈ぼっち〉はつらくないけど……)


 幼なじみの遠藤さんは女子の友だちといっしょで、親友ポジションの男子は食堂に行っている。

 彼のほかにも、ぼくの友だちはいるのかもしれないけど、それは向こうから話しかけてくれないとわからない。こっちから「友だちですか?」と質問するわけにもいかないし。


(……頭が痛くなるな)


 人間関係が不明っていうのが、そもそもおかしい。

 スマホは一応あるものの、どうして誰のデータも入っていないんだ?

 もちろん幼なじみの女の子……遠藤えんどうさんの情報もなくて、この世界の〈ぼく〉が彼女の名前をどう呼んでいたかということさえ知るよしもない。


(ごちそうさまでした)


 ふーっ、小さめの弁当箱のわりに、意外とボリュームがあったなー……

 じゃない!

 なにをしれっと食べてるんだ、ぼくは!

 リア充限定のイベントだぞ、女子から手作りの弁当って。

 いや待てよ……。

 そこでイヤな予感がした。

 もっとも考えたくない可能性。

 午後の授業を、おそるおそるごすも、


(おなかは――――痛くなってない)


 セーフ。

 どうやら、食事に何かを盛られたってセンじゃ無さそうだ。


(我ながら疑いぶかい……でも昨日と今日の態度から、いきなり弁当をつくって渡すっていうのはへんだよ)


 たとえツンデレだとしてもだ。

 警戒はしておこう。

 女帝じょていっていう不穏ふおんなあだ名の持ち主でもあるしな。


 放課後。


 校舎の階段を上がって三年の教室があるフロアにきた。

 弁当箱の包みを手に持って。

 彼女に、これを返さなければいけない。

 本来、家まで持って帰って洗剤で洗って返すのがマナーかもしれないけど、彼女のほうで明日これが必要かもしれないからな。


(えっと……どの教室だ?)


 あの人の名前はもう知ってる。桐野きりの麻利須まりすだ。

 適当な誰かに声をかけて――



「おーい、セッちゃーーーん‼」



 廊下の奥で、誰よりも背の高い男子が手をふっている。

 広仲ひろなかだ。

 この世界の〈ぼく〉の親友だが、このぼくとは浅いつきあいで、正直、タメ語をつかうのも彼の名前を呼び捨てるのにも抵抗がある。

 しかし彼はぼくを「親友」という。

 なら、こっちもそれにふさわしくふるまうべきだろう。


「こんなとこで何してんだよ。今日予選じゃんか」

「え?」

「とにかくよぉ、遅刻だから体育館までダッシュダッシュ!」


 予選?

 体育館?

 もしかしてこの世界の〈ぼく〉は、運動部所属なのか?

 さまざまな疑問が浮かぶが、あまりにも広仲がかすので教室に戻って弁当箱を置き、かけ足で急行きゅうこうする。

 いっしょに来るのかと思ったが、ふとふりかえると広仲の姿はなかった。


「……あ」


 校舎と体育館をつなぐ通路に、遠藤さんがいた。

 体育館が少しはなれた位置にあるためストロークが長めで、やや横にカーブしている。

 うしろで手を組んで無表情で立っていたが、ぼくを見つけるとわかりやすい〈フキゲン〉の顔をつくった。


「おそい。どこ行ってたの?」

「ごめん」

「運営の人には最後の組に回してもらったからね」


 また新しいワードが出てきたぞ。運営?


「もー、シャンとしてよシャンと! ワタルがさそったんでしょ?」


 ぼくがさそった……?

 遠藤さんは無言でじーっと見つめてくる。

 また「ごめん」と言って彼女と横にならび、いっしょに体育館に入ると、



『ベストカップルコンテスト』



 と、デカデカとステージの上に表示されていた。

 ここでやっと事態が飲み込めたものの、ぜんぶは理解できていない。

 な……なんだよ、このコンテストは。


「今日は予選だから大したことないよ。私とワタルなら、ま、楽勝かな」

「そうだな」と、ひとまず調子を合わせる。

「ところで朝のアレって、このコンテストの打ち合わせじゃなかったんだ?」

「朝の?」

「食堂のテラスでしゃべってたじゃない」


 笹木ささきさんと話してたヤツか。


「あの女の子と、何をしゃべってたの?」

「ああ、えっと……」適当なウソが思いつかない。「あれはその」

「それに、三年の先輩にお弁当もらっちゃうとか……」


 そこで一人の女子が呼びにきて、ぼくたちはステージの奥につれて行かれた。

 中途半端なところで会話がブツ切りにされ、つづきが気になってしょうがない。

 遠藤さんはぼくと逆サイドで待機している。

 ステージの向かって右の奥にぼく、向かって左の奥に彼女が、それぞれ控えている。

 ステージには机が左右に三つずつ配置されていて、その真ん中は看板みたいなもので仕切られていた。


(…………『おたがいのことをどれだけ知ってるのかクイズ』みたいなヤツか?)


 まるで文化祭の――あ、それだ。昨日が10月31日で今日が11月1日だから、近いうち、おそらくは明後日の祝日に文化祭があるんだ。

 なるほどな。

 そのイベントに、親しい存在の彼女を〈ぼく〉がさそったとしても、まあ不自然ではないか。

 ともかく、たんなるお遊びみたいなイベントだ。気楽にやろう。



 ―― 一時間後。



 遠藤さんが、泣いた。

 泣かせたのは、ぼくだ。


「……どういうつもりなの……?」


 体育館の裏の、まわりからは死角になるスペースで、片目から一筋の涙を流す彼女と向かい合う。

 ショートボブが、夕焼けに染まってほのかに赤い。


「ねぇっ‼」

「いや、なんていうか」

「私のことが嫌いだから、わざとまちがえたんだっ‼」


 コンテストの予選は、おたがいのことをどれだけ知っているか、をチェックするいくつかの質問。

 どれも簡単なものだった。

 たとえば――誕生日――すきな食べ物――カラオケの十八番おはこ――得意な教科――パートナーの名前の呼び方――など。

 でもぼくは、全問不正解だった。

 彼女に関することを、なにも答えられなかったんだ。


「……去年の私の誕生日、ワタルはお祝いしてくれたじゃない。なのに……どうして、あんなデタラメな日付を書いたの?」

「それは……、ちょっと緊張してて――」

「もっとマシな言いわけしてよ!」


 両目をギュッとつむって、しぼり出すような大声で言う。

 こんな彼女の姿を見るのはつらい。

 どうしたら、いいんだ……。


「ほんとの理由わけを教えてよ! じゃないと、帰さないんだから!」


 ぐっ、とぼくの学ランのそでをつかむ。


「冷静になって下さい。遠藤さん」

「また敬語なんかつかって!」


 言うべきか迷ったが、こうなってしまったら言うしかない。

 これ以上、彼女を悲しませるわけにはいかないから。

 真実を伝えよう。


「きいて下さい。じつは、ぼくは〈ぼく〉じゃないんです。ぼくは、ちがう世界から来たんです」

「…………え?」

「ぼくにとって、ここはべつの世界、パラレルワールドなんです。だから、あなたのこともわからないし、さっきの質問にも答えられなかったんです」

「なにそれ……。バカみたい。おかしな冗談はやめて。ちゃんと理由わけを教えて、って言ってるでしょ?」

「本当です。とにかく、わざと正解しなかったとか、そんなんじゃなくて……」

「ウソ! 私とベストカップルになりたくなかったから……きっと、ほかに私より…………」


 言葉にまった。

 そして一瞬、校舎のほうを見るそぶりをした。

 もしかしたら彼女の頭の中には、笹木さんや桐野さんのことがあるのかもしれない。


「遠藤さん」

「その呼び方もやめて!」

「信じて下さい。ぼくは、少し前までの〈ぼく〉じゃないんです」

「……そのとおり、だよね」

「えっ」


 うつむき気味だった顔が上がり、強い、視線だけで押されるようなまなざしがぼくに向けられた。 


「今のワタルは、私の知ってるワタルじゃないっっっ!――――」

「――――きいてる?」


 ざわざわした朝の教室。

 あ、あれっ⁉

 この、見覚えのある景色とセリフは、まぎれもなく昨日の……


「き・い・て・る?」


 遠藤さんが顔を寄せてくる。

 当然、もう泣いていない。顔つきもおだやかで、声もふつう。

 ショートボブをサッと耳にかきあげて、


「ま、いっか。あのマンガ、はやく返してよね?」


 そう言うと、女子のグループのほうへ歩いていって、おしゃべりをはじめる。

 このあと、たしか広仲が背後から話しかけてくるんだ。

 と、待ちかまえていたら、



「セ、セナミくん……」



 肩をとんとんと指先でタップされた。

 笹木さん。

 黒髪ロングのメカクレの女の子。

 彼女も時間を戻されたのか。


「どーしてリトライしちゃったんですかっ‼」


 人気ひとけのないところまで移動すると、彼女はいきなり怒鳴どなった。

 リトライしちゃった――?

 したつもりはないけど……えっと、どういうことだ?

 ボーッとして、考えがまとまらない。

「リトライ!」ってとなえていないのに、どうして初日にいるんだ?

 笹木さんが再び言う。腕をぶんぶんと、マラカスのようにふって。


「だーかーらぁーっ、どーしてやり直しなんかしちゃったんですーっ⁉」


 その理由わけは、おれも知らない。

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