未知づれ

 オロオロしている。

「はわわ」という感じで口元に手をあて、体を右に向け左に向け、そのくり返し。

 女子だ。

 同学年か先輩かは、ちょっとわからない。

 校門前でトラブっているぼくと〈女帝じょてい〉を取り囲むギャラリーの、最前列にいる。

 赤いスカーフのセーラー服はふつうの着こなしで、スカートはやや長め。ツヤのある黒髪ロングのストレートで、前髪もかなり長くして両目がかくれている。いわゆる〈メカクレ〉さんだ。


「おい」


 ぐいっ、と胸ぐらをつかんだまま、顔を寄せてくる。

 もうあと数センチで、キスの間合いだ。


「あれ、おまえの女か?」

「……ちがいます」

「じゃ同級生か?」

「いいえ」

「ならっ!」あきらかに、女帝はイラついていた。「なんなんだよ! 通りすがりの他人だっていうのか? ったく、ムカつく野郎だ」


 やっと、手をはなしてくれた。

 が、そのままツカツカと声をかけてきた女子のほうへ歩いていく。

 よくない流れだ。

 磁石が反発するように、その女子だけを残してまわりの人たちはサーッと距離をとった。


「てめー……見ねー顔だな。一年か?」

「は、はい……」おずおずと女の子はこたえる。

「名前は」

「サ、ササキです」

「どういうつもりで、私の邪魔をしたんだ? あん?」

「え、え、えーと……それには海よりもふかい理由が……」


 ここで、こらー、とジャージ姿の男の先生が走ってきて、女帝はじめギャラリーも全員、あっという間に四方八方に散った。


「こ、こっちっ! セナミくん!」


 校舎に入る直前で手をひかれた。


(どうしてぼくの名前を――)


 いや、ここはパラレルワールドだから、ぼくの知らない人間関係があるのはとくに不自然じゃない。

 それより……


(いい香りがする。香水ほどキツくなく、どこかなつかしいソフトなにおいだ。これ、いつどこでいだんだっけ?)


 と、彼女のうしろ姿をみながら考えた。

 先生が追ってきてるわけでもないのに、なおもぼくの手をひき、はなしてくれる気配がない。

 少し手のひらが手汗でれている。


「はぁ、はぁ……このあたりでいいですね」


 食堂の外のテラス席まできて、ぼくの手をはなした。

 白いテーブルや椅子の上に、パラパラと枯れ葉が落ちている。

 ちなみに、この食堂はメニューも味も、元の世界とまったく同じだった。


「どうぞ」


 と、指先をそろえた手で椅子を指す。


「はあ……」


 とりあえずそこに腰を下ろす。

 彼女は立ったままでしゃべりはじめた。 


「セナミ君がヤバい状況だったから、とっさに声をかけちゃいました。えへへ……」


 こつん、と自分の頭をたたくフリ。


「あの……念のためにお聞きしますけど、私のこと、ご存じですか?」


 おかしな質問をする。

 ぼくの名前を知っていて、ピンチを助けようと思って声をかけてくれたのなら、ただの他人のはずがない。

 なにか、ぼくをためしているのだろうか?


「知りません」

「ですよね」


 おい、納得したぞ。

 なんだ、この子は?

 ちょっとドキドキしてきた。

 両目の前を漆黒しっこくのカーテンでとざしたメカクレの彼女は、さらに話す。


「あなたは『リトライ!』ととなえて時間をさかのることができ…………ますね?」

「まあ、はい」あっさり認めるぼく。「どうしてそれを?」 

「私もつれていかれるからです」

「えっ?」

「だーかーらっ、あなたがリトライしたら、私もいっしょに時間が戻っちゃうんですーーーぅ‼」


 両手をグーにして、マラカスのようにふっている。口をちょっとトガらせて。

 目はかくれてて見えないけど、たぶん「もー!」という苦情の顔なのだろう。


「いやその、ぼくに言われても……ぼくだって、望んでやってるわけじゃないし……」


 突然、雰囲気がかわった。

 おびえた感じ……か?

 あごをひいて、胸の前で腕を〈エックス〉にして、めっちゃガードをかためてる。


「もっ、もしや、あなたはときをあやつる系の能力者ですか? はっ! まさか、このまま時間をとめて私にエッチなことをするとかっ! で、さんざん楽しんだあとに、生まれたままの姿の私を放置して時間解除しちゃうとかっ!」

「おちついて下さい」


 ぼくは説明した。

 30秒で終わる簡単な内容だ。

 180秒のキスを女の子としたら、元の世界に戻れる。リミットは一週間と半日。そのあいだは、任意でスタート地点(初日)に戻ることが可能。


「……ウソにしては、アドリブがぎますね……実際にリトライを味わってないと、とても信じられない話なのです」

「信じてくれるのか?」


 こくっ、と彼女はうなずいた。

 そして、自分の鼻の頭に指をあてて、


「私、ササキです。笹の葉サラサラの笹に、材木ざいもくのモクです」


 笹木ささきか……。

 ?

 いまヘンな感覚があった。

 名前を耳にするコンマ何秒か前に、そういう名前だってあらかじめ知っていたような……。あ。校門のところで言ってたからか。


「とにかくっ」また、マラカスみたくぶんぶんと腕をふる。「もう私はリトライされたくないのです!」 

「ぼくもできれば、したくないよ」

「共闘といきませんか?」

「キョートー?」

ともに、力を合わせて闘うのです。その理不尽なルールとっ! いわんや世界のことわりとっ‼」


 笹木さんは、目がマジだ。見えないけど。


「で、さしあたり、あなたは今どういうプランで動いているのですか?」

「プランも何も……まだ全然」

「仲のいい女の子とかはいません?」


 そこでタイミングよく「おーい」と声がかかる。


「ウワサをすれば、だな。あの女の子がそうだよ」

「ほう」


 笹木さんが顔をそっちに向ける。

 校舎の二階の窓から手をふってる、ぼくの幼なじみの遠藤えんどう寄子よりこに。

 と、〈Good!〉とばかりに親指を立て、遠藤さんは窓からフレームアウトして消えた。


「かわいい。かわいすぎる。うらやま案件ですな」


 しゅっ、と指先でくちびるをさわる、よだれをぬぐうみたいなアクション。

 個性的なヘアスタイルのみならず、性格も変わった子だ。


「彼女と180秒のキスはできそうですか?」

「お願いはしてみたけど、ダメだった。キスさせてくれなかったよ」

「でしょうでしょう」


 腕を組んで何回もうなずく笹木さん。「でしょう、ってどういうことだよ!」と大声でツッコミたいが、まだそこまでの関係性はできていない。


「させてくれそうでさせてくれない、それこそ幼なじみっ子の真骨頂です。おそらく彼女はムリとみた」

「ムリって?」

「キスです。せいぜい、ほっぺにチュッが限界ですぞ」

「それじゃ困るんだよ」


 笹木さんが腕時計をみた。

 あっ。そろそろ教室に行かないとな。

 つむじ風で、木の葉が何枚か地面でクルクル回っている。


「毎朝、この時間にここで情報交換をしましょう。オッケーですか?」

「わかった」

「ではでは――――――あっ⁉」


 強い風がふいた。

 ぼくはそのとき、二つのものを同時に目撃した。

 白とピンクの横縞よこじまのパンツと、笹木さんの目と。


(し……信じれない)


 なんてベタな事実だ。

 メカクレさんが、じつは美人というヤツ。

 そしてなんと、彼女はスカートをおさえるより先に、前髪のほうを先におさえつけた。

 すなわち、そっちを見られるのが、彼女にとってはパンツを見られるよりも恥ずかしいってことだ。


 ◆


 一時間目の休み時間。

 大柄なソフトモヒカンの男が、ぼくの席の横に立つ。


「セッちゃ~ん、大丈夫だったか~? 女帝にカラまれたんだって~?」


 心配そうに、眉が〈八〉の字になった表情。

 彼は広仲ひろなかという。

 この世界では、ぼくの親友……のようだ。


「平気だよ。べつに何もされてないし」

「そんでもキリノさんはやべーって。セッちゃん、いったい何したん?」

「キリノって誰のこと?」


 彼に聞くと、女帝の名前は桐野きりの麻利須まりすという名前だとわかった。

 三年。

 ぼくより二年も年が上だ。


「あだ名のとおり、おにいかつい人だからなー。逃げるが勝ちよ、セッちゃん」


 ――そして四時間目のあとの昼食の休み時間。

 外で待っていたかのようなタイミングで、チャイムも鳴りやまぬうちに教室の引き戸がガラッとあいた。


世並せなみはいるか」


 堂々たる立ち姿の女帝。

 昨日と同じだ。

 ヘビのようにうねるカフェオレ色の髪。白いシャツから数ミリだけのぞく紫のブラ。みじかいスカートと、腰に巻いた赤いジャージ。

 まさか、ぼくの教室まで来るとは。


(昨日のアレが、よっぽど気に入らなかったんだな……)


 あやうい状況だが、リトライするまでもない。

 なんなら土下座とかしたっていいんだ。

 んー、でも幼なじみも見てるしな……と思いつつ、彼女の前まで歩み出た。


「なんですか?」

「……」


 無言でこぶしを突き出してきた。

 正拳突きだ。

 しかし、その手に何か持っている。


「お、おまえ、昼は食堂かよ……」

「そうです」

「そっか。よかった……じゃなくてっ‼ こ、これっ!」


 ほら、とこぶしを小さく動かす。


「それは……」

「弁当!」 


 シーンとする教室。

 パタパタと走り去った桐野さん。

 とり残された自分。


(これ、ぼくに?)


 お弁当の包みを持って席にもどるとき、遠藤さんと目が合った。

 また〈Good!〉の親指を立ててくれるかと思ったけど、立たなかった。

 彼女は無言で、ぼくから目をそらしたんだ。

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