第21話:シコリ
【羽月の視点】
「久しぶりだな、羽月。ちょっと時間をもらえないか?」
私の目の前に優李がいた。
そして、優李の方から私に話し掛けて来る。
しかも苗字ではなく、『羽月』と名前で呼んでくれた。
これは優李から拒絶されて初めてのことだった。
「大丈夫そうなら、花咲公園までついて来てくれ」
そう言って歩き始める優李の後ろをついていく。
公園に到着すると、ベンチに奏が座っているのが見えた。
益々混乱をする私は促されるままベンチに座らされた。
「羽月ちゃん久しぶりだね」
「え、えぇ」
奏とちゃんと話すのは、この公園で幼馴染みの関係を断絶されて依頼だったので、正直目を合わせることができなかった。
「急に悪かったな。そんなに驚かれるとは思わなかったが、別にお前のことを詰めようとかそういうつもりはないから安心して欲しい」
「ど、どうしたのかしら」
「実は昨日のお前と光輝の話を聞いていたんだ」
私はさっきまで以上に動揺した。
あの話を聞かれていた? どうして?
「悪い。順を追って説明するな」
そう言うと優李は、ママから相談を受けていたこと、一週間だけ私の行動を見張っていたことや、昨日光輝と話しているところを聞かれたこと、そしてそのやり取りを録音していたことを説明してくれた。
「そう、だったんだ……」
だけど、私はさらに混乱してしまう。
だって、昨日の話をママに伝えたら、優李はお願いに応えたことになるんだから。優李が何をしたいのかが全然分からない。
「ぶっちゃけ聞くんだけどさ。羽月は本当に光輝と結婚して、赤ちゃんを産みたいって思ってるのか?」
「……えぇ、そう思っているわ」
「お前は光輝のことを愛しているのか?」
「……」
「どうなんだ?」
「あ、愛しているわ」
「……そうか。学生結婚なんて厳しい未来が待っている可能性が高いだろう。その覚悟があった上で光輝と結婚したいって言ってるのか?」
「分かってる。厳しいのは分かってるわ。だけど産みたいの。産んで光輝と結婚したいって思ってるの」
私がそう言うと、優李は「なるほど」と呟いたまま黙ってしまう。
長い沈黙のあと、優李は再び口を開いた。
「分かった。じゃあ、俺がお前と光輝を結婚できるようアドバイスしてやる」
「え?」
「だが、100%結婚できるっていうわけではない。あくまでも確率を上げるという程度だ。それでもやるか?」
「えぇ、結婚できる可能性があるなら、私は優李の言う通りに行動するわ」
私がそう言うと、優李はこれから私がどういう行動を取るべきなのか順を追って説明をしてくれた。私はその話を聞いて驚いてしまった。確かにその流れだったら結婚できるかもしれない。隣にいる奏のことを見ると、私と同様に驚きながらも、「確かにそれなら……」と言っている。
「だけど、優李。なんで貴方のことを裏切った私のことを助けてくれようと思ったの?」
「正直お前たちのことなんて、全然許せないし、これからも許せる気がしない」
「そ、うよね……」
私は優李からの厳しい言葉に顔を下げてしまう。
「だけど、もうお前のことを恨んでいるわけではないんだ。確かにあの直後はお前たちのことを恨んだよ。復讐したいとも思った。だけど、そんな病んだ俺の心を癒してくれたのは、ここにいる奏だ。奏以外にも俺には救ってくれるたくさんの人がいた。だから俺は前を向くことができたんだ」
まだ恨まれていると思っていた私は、驚いて優李の顔を再び見つめた。
「俺はお前のことを恨んでいない。だけど一生許せる気もしない。お前の妊娠に気付かず、お前の本心を知らなかったら特に何もする気もなかった。だけど知ってしまったし、光輝の対応にムカついたっていうのもあるしな。それに……」
そういうと優李は一拍開けて「俺たちは幼馴染みなんだから」と、まるで付き合っていた頃のように優しい目をして言ってくれた。
私はその言葉と目を見て泣き崩れてしまった。
「うぅ……ごめんなさい。あなたのことを裏切ってしまいごめんさい。許されないことをしたって思っています。そして、一生許されないのも覚悟しています。だけど、だけど……」
羽月は涙を零し謝罪の言葉を口にし始める。
「ほ、本当はもっと早く謝りたかった……。だけどきょ、拒絶されるのがこわ……怖くて……あなたの目を、見るのが怖くて……。勇気を出せなかった……。本当にごめんなさい。流されて、逃げ続けて……あなたを傷付けて、本当にごめんなさい」
「勘違いされないように言っておくが、助けるのはこれが最後だ。多分俺の方からお前に話しかけるのもこれが最後だと思う。だから、今日でさよならだよ、羽月」
「ありがとう。本当にありがとう、優李。こんな私のことをまた幼馴染みと言ってくれて本当に嬉しかった。……そして最後に別れの言葉を言わせてくれてありがとう。……優李、今まで本当にありがとう。さようなら」
「あぁ、さようなら」
-
【優李の視点】
俺と奏は、羽月が公園から出たのを見送ってから、ベンチに座り直した。
「どう思う? 甘かったかな」
「うーん。私はゆーくんっぽい選択でとても良かったと思うな。だって、ゆーくんだって、あんな別れ方してたら心の隅っこでずっとシコリを残してたんじゃないかなって思うし」
「やっぱり奏には敵わないな。なんでもお見通しなんだもんな」
「そうだよ。私はゆーくん以上にゆーくんのことを知ってるんだから」
真正面から奏の好意を伝えられて、俺は顔が赤くなったことを自覚した。
その照れを悟られないように俺は話を続ける。
「あいつらは結婚できるかな?」
「多分ゆーくんの言うように、順序さえ間違えなかったら成功しそうな気がするよ。あの2人の録音データも渡したしなんとかなるかなって」
「そうだな。あとは羽月がどれだけ本気なのかを示すだけだし。結婚するにしても、堕すことになったとしても、あの2人と親の問題だから俺たちが関わるのは本当にこれでもう終わりだな」
「ところでゆーくんは、羽月ちゃんのママになんて説明するの?」
「羽月の方からそろそろ説明されると思うから、それまで待ってあげてくださいって言うよ」
「そっか。それがいいよね」
俺は隣にいる奏のことを見つめて、今までのことを振り返った。
羽月と別れたてから今まで、奏にどれだけ支えられて来たか分からない。多分奏がいなかったら、あいつにまた幼馴染みなんてことを言う日は来なかっただろう。奏には、感謝しても仕切れないくらいに恩を感じている。そして、それ以上に奏に対する想いが溢れていた。
それに、さっき奏が言ったように、恐らく羽月と向き合って別れを言えていなかったら、ずっと小さなシコリを抱えていたかもしれない。そして、今そのシコリは完全に取り除かれたと思った。
「ん? どうしたのゆーくん。私の顔に何かついてるかな?」
「奏、ちょっと話したいことがある」
「うん。改まってなんだろ?」
俺は一瞬目を閉じると、今までの奏との思い出を振り返った。
そして、また目を開いて奏の綺麗な瞳を見つめる。
「俺は奏のことが好きです」
「え?」
奏は呆然とした表情で俺のことを見ていた。
「俺が苦しかったとき、心を閉ざしていたとき、奏がずっといてくれて俺は本当に救われたんだ。今度は俺が奏のことを救えるようになりたい。奏の隣にずっと居続けたい。……奏のことを俺が幸せにしたい。奏さえ良ければ、俺と付き合って欲しい。愛してるよ、奏」
奏の目から大きな涙がいくつも零れ落ちた。
「ゆーくん。私もゆーくんが好き。ゆーくんのことを愛しています。私のことをゆーくんの恋人にしてください」
俺は奏のことを抱きしめた。
奏も俺の背中に手を回して、強く抱きしめてくれる。
俺たちはお互いの温もりを感じるように、ずっとずっとその場で抱き合っていた。
***後書き***
これで第二章は完結します。
次は幕間を挟んでからの、第三章(最終章)になります。優李と奏、羽月と光輝がどんな結末になるのか、ぜひ最後まで読んでもらえたら嬉しいです。
第三章からはまた1日1話に戻させて頂きます。
ご了承くださいませ。
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