第20話:驚愕

 咲夜さんからお願いをされた翌日の放課後。

 俺と奏は、下校する羽月の後ろを気付かれないように後を追う。



「あぁ〜あ、これがデートとかだと良かったんだけどなぁ」


「まぁ、仕方ないだろ。その代わり、受験が終わったら思いっきりデートしまくろうぜ!」


「え? いいの? うわぁ、テンション上がってきたぁ! 受験頑張れそうだよ!」


「おいおい、落ち着けって、バレたら意味がないんだから」



 奏は「えへへ、ごめんね」と舌をペロっと出してくる。

 くそっ、めちゃくちゃ可愛い!


 羽月の生活習慣が変わっていなかったら、放課後は毎日塾へ行っているだろう。そして、授業が終わっても自習室へ入って、塾が終わるまで勉強をし続けているはずだった。


 羽月は案の定塾へ入っていった。そして、塾が終わるまで、一度も外に出てくることはなかった。結局この日は特に怪しいところはなく、塾が終わったらそのまま家に帰っていた。

 塾の帰りに動きはあるかなとも思ったが、さすがにこの時間から遊びに出掛けるほど爛れた生活にはなっていないようだ。



「うーん。普通に塾に行ってるだけだったね」


「あぁ、特に何もなかったみたいだな」


「明日も尾行するの?」


「そうだな。とりあえず今週一杯は後を追ってみることにするよ」


「ゆーくんが行くなら、私も行くからね! 異論は認めないよ!」


「あぁ、ありがとな」



 俺たちは特に何も得ることなく、その日を終わらせた。




 -




 初めて尾行してから、2日が経過した放課後に羽月が今までと違う行動を取った。塾に入るまでは一緒だったが、自習室には行かなかったのか、塾が閉まるよりも早く出て来たのだ。

 若干油断していた俺と奏は、すぐにドリンクを片付けて羽月の後を追った。


 羽月が向かったのは、花咲公園だった。

 公園に入って少し周りを見渡していたが、何かを見つけたのか小走りで向かっていった。その先にいたのは、俺と奏がよく知っていて、もう二度と顔も見たくなかった男がいた。

 その男の名前は北島光輝。俺と羽月が決別する原因となった男だった。


 俺たちはあの2人に見つからないように、裏にある公園樹に身を潜めた。



「何を話してるのかあまり聞こえないな……」



 俺がそう言うと奏が、背負っていたリュックを下ろして、中をゴソゴソと漁り始めた。そしてリュックから、マイクのようなものを取り出したと思ったら、スマホにコードをセットした。

 そしてイヤホンを取り出して、奏は片方を俺に手渡す。


 何をしているのかよく分からなかったが、渡されたイヤホンを耳につけるとノイズはあったが、さっきよりも2人の声がしっかりと聞こえて来た。

 俺は吃驚して奏を見ると、「ふふん」とドヤ顔をしている。



「とりあえず説明は後にして、2人の話を聞こう」



 俺は奏の提案に頷いて、2人の会話に集中をした。




 -




『公園で会いたいなんて珍しいな。どうしたんだ?』


『久しぶりにあなたと公園でしっかりお話をしたいと思ったの』


『あぁ、そうか。確かにたまにはいいよなこうやって外で話をするっていうのも』


『ありがと』



 話をしたいと言っていたはずなのに、羽月は急に口を閉ざしてしまった。光輝も不審に思ったのか、「どうした?」と聞いている。重苦しい空気のまま時間だけが経過していたが、ついに羽月が重い口を開いた。



『光輝は私のことを愛しているかしら?』


『あぁ、俺は羽月のことを変わらず愛しているよ』


『ふふっ、嬉しいわ。私は優李と別れてから、もう貴方しかいなくなってしまった。あのときは優李が一番だったけど、貴方のことを一番に考えようって思ったの。今では私もあなたのことを愛しているわよ』


『……そうか、嬉しいよ。ありがとう』



 光輝の返事から動揺が見て取れる。どうやら羽月が、何故そんなことを突然伝えてきたのか意図を計りかねているようだ。そして、また再び羽月は口を閉ざしてしまった。



『羽月、急にどうしたんだ?』


『……あのね。今私のお腹の中に貴方の赤ちゃんがいるの』


『なっ……』



 羽月の言葉に驚いたのは光輝だけではない、俺だってもちろん驚いた。奏のことを横目でチラッと見ると、奏も相当驚いたようで口元を手で押さえていた。



『ねぇ、私のことを愛してるって言ったわよね。だったら私と結婚してくれるわよね。このまま赤ちゃんを産んでも大丈夫よね?』


『お、おい。もうちょっと冷静になれって。俺たちが子供を産んでも幸せになれると思うか? 俺たちはまだ高校生なんだぞ?』


『赤ちゃんが生まれる頃には高校を卒業してるわ。2人で働いたら何とか生活することできるわよ』


『いや、無理だろ。羽月、お腹にいる子は堕すんだ。これはお願いじゃない。絶対に堕すんだ』


『嫌よ。私はこの子を産みたいの。貴方との子供ができて私は本当に嬉しかった。光輝に赤ちゃんが出来たって言うまでに、私も相当悩んだわよ。それでも貴方と結婚して子供を産みたいと思ったの。だからお願い』


『ダメだ。それはできない。絶対に堕すんだ。分かったな、羽月』


『嫌、そんなの嫌よ……』



 羽月は泣き崩れてしまった。

 そんな羽月に優しい言葉をかけるでもなく、光輝は立ち上がって公園から出て行ってしまう。




 -




 俺たちは羽月にバレないように、公園から出て奏の家に向かって歩いている。



「ちょっと衝撃的すぎたね……」


「あぁ、けど俺の部屋でしてたときも避妊はしてなかったみたいだし、今までよく妊娠しなかったなって感じだけどな」


「うん、そうだね……」



 俺たちはその後どちらも口を開かずに、ただ黙って歩き続けた。そして、気付いたら奏の家の前まで到着してしまった。俺が「じゃあ」って言って帰ろうとすると、奏が止めた。



「ねぇ、羽月ちゃん結婚させてあげることできないかな?」



 まさか奏からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。俺は驚いて「どうして?」と聞くと、奏は小さな声で話し始めた。



「えっと、羽月ちゃんずっと悩んでたって言ってた。光輝くんのことを愛するようになったとも……」



 俺は、小さな奏の言葉を聞き漏らさないように集中して耳を傾ける。



「同じ女として、好きな人の赤ちゃんを生みたいっていう気持ちは分かるの。だから、羽月ちゃんが産みたいって言うなら、産ませてあげたいって思っちゃった。もちろん無責任なことを言ってるっていうのは分かってる……」



 奏は自分のことじゃないのに、話しながら涙を流している。

 俺は奏の涙を拭ってから、そのまま奏の頭を撫でた。

 奏の頭を撫でながらも、俺は奏の言葉を改めて考えてみる。



「俺はさ、妊娠するリスクも考えず避妊もせずセックスだけはして、中絶しろなんて言う光輝にムカついて仕方がないよ。あいつにはきっちりケジメをつけさせないとダメだ」


「けど、そんなこと言っても、やっぱり高校生で結婚なんて難しいよね。両親だって納得するわけないよ……」


「まぁ、普通に考えたらそうだろうな。けど多分それは大丈夫だ。順番さえ間違えなければ多分結婚させることができると思う」


「え?」


「ひとまずは、羽月に改めてどうしたいか確認しないとな。明日羽月と話をしてみようと思う。奏はどうする? 一緒に行くか?」


「うん。私も一緒に行きたい」



 こうして俺たちは、明日も羽月の後を追って、塾の帰り道で捕まえて話を聞くという方針を決めてその日は別れた。





 ***後書き***


 ゆーくんが監視カメラ買ったときに、何かに役立つかもと思い集音マイクを奏は購入していました。


 -


 次は第二章の最終話です。

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