第19話:お願い
好ちゃんと公園で話をした翌週の月曜日に、俺は好ちゃんと学校で会った。
「あっ、優李先輩! おはようございます」
「あ、あぁ。おはよう、好ちゃん」
今までは俺を見つけると飛びついて来ていたのだが、今日の好ちゃんからは仲の良い先輩と後輩の距離感へ変わっていた。そうか。好ちゃんはもう前を向いたんだな。好ちゃんのことを傷つけた俺が言うのは烏滸がましいかも知れないが、俺はそれがとても嬉しく感じた。
「なんか、好ちゃんの様子がちょっと違くなかった?」
「ん? そうか? いつも通り可愛い好ちゃんだったじゃないか」
「ん〜! そうやってすぐに女の子に可愛いなんて言ったらダメなんだからね!」
そう言って奏は頬を膨らませて、足早に教室へ入ってしまった。そんな奏の後ろ姿を可愛いな、と思いながら見ていると、後ろから悟が肩を組んできた。
「おっす! 朝っぱらから美山さんの後ろ姿を見ながらなにニヤニヤしてるのよ?」
「うっせぇな。ラブラブバカップルのお前に言われたくないわ!」
「お、俺たちは、別にバカップルじゃねぇし。まぁ、ラブラブと言う点には異論はないのだが」
「ないのかよ! ってない方が良いんだけどさ」
そんな感じで、悟とバカ話をしながら教室に入って、またいつも通りの学校生活が始まった。
-
放課後に奏のことを家に送って歩いていると、俺の家の前に人が立っているのが見えた。
「あれ? 誰かに用事でもあるんですか?」
「あっ、優李くん。今日はあなたにお話があって待たせてもらったのよ」
家の前にいたのは、羽月の母親の咲夜さんだった。
羽月と付き合っていた頃は家にもよくお邪魔していたので、ほぼ毎日のように話をしていたが、別れてからは全然顔を合わせることもなかったので、本当に久しぶりに咲夜さんの声を聞いた。
「え? 俺にですか?」
「えぇ、そうなの。ちょっと私の家に寄ってくれないかな?」
「それは大丈夫ですが。……羽月は家にいますか?」
「あの子はまだ帰って来ないわよ」
なら、いいかと思い、俺は久しぶりに坂下家の敷居を跨いで家の中に入った。家の中を見る限り、最後に入ってから特に変わったことは何もなさそうだった。リビングにあるソファーに座って咲夜さんを待っていると、コーヒーとクッキーをお盆に乗せてやって来た。
「ごめんなさいね、急に呼んだりして」
「別に予定とかなかったから大丈夫ですよ」
「ありがとう。相変わらず優李くんは優しいのね」
「いえ、そんなことはないですよ」
咲夜さんは僕の顔を懐かしむように見ていた。俺はその視線に耐えることができずに、クッキーに手を伸ばした。
「優李くんがあの子と別れたことは、なんとなく分かっているわ」
「え? 聞いてなかったんですか?」
「直接は聞いてないわね。だけど、家に帰るといつも優李くんの話題を出していたのに、ある日からぱったりと止まったの。だから余程の人じゃない限り気付いちゃうわよね」
「そうですか……」
まぁ、羽月が別れたことを言わなかったのは、どうでも良いのだが別れたことを知っているのに、それでも咲夜さんが俺と話をしたいことって何なんだ?
「それで、俺に話をしたいことってなんですか?」
「あっ、ごめんなさいね。優李くんと別れたくらいから、あの子の様子がおかしかったんだけど、最近は特に様子がおかしくて……」
羽月の様子がおかしい? 学校では特に変化はなさそうだったが。まぁ、別に観察しているわけでもないし、羽月の心境の機微が今の俺に分かるわけがないけど。
「それで、もし優李くんさえ良かったら、あの子に何があったか聞いてもらえないかな。私が聞いても、『別に何もないわよ』としか言わなくて。あの子と別れた優李くんに頼むのは筋違いって分かってるの。だけど私には、あの子に関してあなたにしか頼れる人がいなくて……」
なるほど。咲夜さんは羽月のことが心配なんだな。正直気が進まないが、咲夜さんには今までとても良くしてもらった恩があるので、ここで返してしまうのも良いかなって思った。
「はい、分かりました。ですが、直接聞いても話してくれる気がしないので、これからは羽月の様子を注意して見るようにしてみます」
「あ、ありがとう。優李くんの気持ちを考えたら嫌なはずなのに、本当にありがとうね」
余程心配だったのだろう。咲夜さんは初めて顔に笑顔を浮かべて、俺の手を握って来た。俺は「気にしないでください」とだけ言って、坂下家を後にした。多分この家の中に入るのは、今日で最後だろうな。
-
俺は帰宅をしてから勉強をしていると、さっき咲夜さんにお願いをされたことを奏にも言っておこうと思いRINEでメッセージを送った。そして勉強を再開しようかなと思ってスマホを置こうとしたら、奏から着信が来て吃驚してしまった。
「ゆーくんどう言うことかな?」
「いや、あのメッセージのまんまなんだけどさ、咲夜さんから頼まれたから一週間くらい羽月の様子を見てみようと思ってな」
「うーん。私としては反対なんだけどな。羽月ちゃんにはもう関わらない方が良いと思うんだ」
「あの後すぐだったら無理だったと思うけど、今は奏が支えてくれたお陰でなんとも思ってないから大丈夫だよ。別に何もありませんでしたよ、でも問題はないわけだし」
「そっかぁ。けど、様子を見るってどうするの?」
「放課後にちょっと尾行でもしてみようかなって思ってる」
「ちょっと尾行って……。犯罪臭が凄いんだけど、ゆーくん」
スマホ越しでも奏が呆れているのが伝わってくる。
「まぁ、言い方は微妙だけど、あいつが塾に行ってる間はファミレスとかで勉強してればいいし、一週間くらいならなんとでもなるかなって」
「うむむむむ……。じゃあ分かった。私も付いていく!」
「え? そんないいよ。お前まで付き合う必要はないって」
「そんなことないよ! ゆーくん抜けてるところもあるしね、私がいた方が絶対に成功確率も高いって」
そう言われてしまうとぐうの音も出ないのが正直なところだ。あのときだって、奏がいなかったら俺は未だに裏切られ続けていたかも知れないのだから。
「じゃあ、明日から一緒にお願いできるか?」
「うん、いいでしょう! 最近は勉強ばかりだったし、気晴らしにもちょうどいいかもだしね!」
俺と奏はその後しばらく電話で話をして、勉強の合間の一時を過ごすのであった。
***後書き***
第二章は残り2話で終わります。
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全話の『ケジメ』でフラフラしてた優李が酷いのでは、というコメントが『なろう』で多かったのでちょっと作者の考えたことを説明させて頂きます。
前提としては、好ちゃんの告白を一度断っている。
その上で、好ちゃんから「まだ答えが決まっていないなら拒否しないでくれ」と言われてしまった。
徐々に優李は奏に対して女性として意識をし始めますが、本当に確信を持ったのは文化祭の前日でした。
ここに至るまでに、優李が好ちゃんに期待を持たせすぎって意見が多かったのです。
「まだはっきりと確信はしていないけど、奏のことが気になり始めている」という中途半端な段階で好ちゃんに話をしても、恐らく好ちゃんは納得しないって優李は考えた、と作者は思いそうしました。
また、直接振らずに遠のけてしまうと好ちゃんをより傷付けそうですし、中途半端な思いの状態で「ガチで奏が好きだから」みたいに断った場合は、その状態で優李は奏に告白をしないといけなくなってしまうのも違うなって。
(本気じゃなかった場合は、優李の心の動揺を好ちゃんなら見抜きそう)
もし納得したとしても、好ちゃんとしては、きっちりと答えを出して振ったんだから、次は奏に想いを伝えてくださいって多分なると思いますし。(最初はそう思えないかもですが)
それなのに私を振ったにも関わらず、ずっと奏に告白しない優李の方が不誠実になるかなって。
だから、好ちゃんもしっかりと自分に向き合ってくれたことを理解したので、優李の幸せを願ってくれたのです。
本当に良い子です。
優李にヘイトが高まったのも、好ちゃんのことをみんなが好きになってくれたからなんだと理解しております。
だけど、優李は優李なりに、好ちゃんに対しても、奏に対しても不誠実に付き合っているわけではなかった、と思って頂けたら幸いです。
つか、この葛藤を書いとけよって話でしたね。
(これを言ったら終わりですが、人それぞれ考え方や価値観がバラバラだからこそ色々と面白いなって思っています)
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