第12話:夏祭り
「ゆーくんお待たせ~」
家から出て来た奏を見て、俺は思わず息を呑んで呆然と立ち尽くしてしまった。そんな俺を見て、奏は不思議そうな顔をしながら「どうしたの?」と小首を傾げて聞いて来る。
「い、いや。奏の浴衣姿が可愛すぎて、ちょっと吃驚しちゃっただけだ」
俺は思わず、一切オブラートに包まず、本音を素直に伝えてしまった。奏は顔を真っ赤にして、俯いてしまう。恐らく俺も奏に負けじと劣らず顔を真っ赤に染め上げていることだろう。
今日は総体で敗退した日に約束した、2人きりの打ち上げで夏祭りに行く日だった。
それにしても、奏の浴衣姿本当に可愛いな。普段はカジュアルな感じのヘアスタイルだけど、今日はアップにまとめていていつもより大人っぽく見える。俺は、普段とは違う奏に、微かな胸の高鳴りを感じていた。
「えへへ。そう言ってくれると嬉しいな。ゆーくんも浴衣着て来てくれたんだね。……ゆーくんも、かっこいいよ」
また顔を赤く染めて、奏が上目遣いで褒めてくれた。
こ、こいつ……俺のことをキュン死させるつもりなのだろうか。俺はなんか悔しかったので、胸の高鳴りを抑えて出来る限り普段通りに返事をした。
「ありがとな。じゃあ、早速お祭りに行こうか」
「うん」
俺たちの街で開催される夏祭りは、大きな神社を中心に、付近の町内全てを歩行者天国にする比較的大規模なものだった。所狭しと屋台が立ち並んでいて、活気が遠くからでも伝わってくる。
境内に続く道では、大きな神輿を担いだ屈強な男たちが練り歩く姿も見ることができるので、ちょっと遠くの人もわざわざ足を運んで祭りに参加していた。
-
「奏と夏祭りに来たのどれくらいぶりだろうな?」
「えっとぉ、中一かなぁ? ゆーくんと夏祭りに行くの本当に久しぶりだからもう嬉しくて仕方ないよ」
「あぁ、俺も奏と来れて嬉しいよ」
中2で羽月と付き合ってから、奏はずっと俺たちに遠慮して別の友達と行ってたんだよな。
そんなことを思いながら隣を歩いている奏を見ると、本当に嬉しいのか心なしか歩くときの手の振りがいつもより大きい気がする。
「ゆーくん。今日は何食べようか? 私はチョコバナナとふわふわのかき氷を食べたいよ!」
「俺はやっぱり焼きそばとたこ焼きかな。それにしてもなんでお祭りで食べるとあんなに美味しいんだろうな? お祭り以外で食べたら絶対に大したことないって思うのに」
「お祭りマジックってかなりあるよね。普段だったら絶対にやらない射的とかムキになってやっちゃうもん」
「そんなことを言って、今日もやっちゃうんだろ?」
「えへへ、バレましたか。今日こそは商品ゲットしてみせるんだよ!」
「程々に頑張れよ。おっ、そろそろ見えて来たぞ」
境内の近くに来ると、朱く灯された提灯が宙を浮かび、色取り取りの屋台から発せられる活気が否応なしに俺のテンションを上げてしまう。それは奏も同様だったようで、「うわぁ」と漏らしながら目をキラキラとさせて周りを見渡している。
―
奏と俺は境内に入って夏祭りを心の底から満喫した。
今回のハイライトは、奏がついに射的で狙った景品を落としたことだろう。ただ受け取った次の瞬間「なんでこれ欲しかったんだろ?」って呟いたことは聞かなかったことにする。
「あっ」
急に立ち止まってしまった奏を、流れの邪魔にならないように支えながら端に寄せる。
「どうした?」
「ごめん。鼻緒が切れちゃったみたいなの」
「マジか! けど、お祭りもあと少しで終わりだし、そろそろ帰ろうか」
俺はそう言うと片膝を着いて奏に背を向けて、「ほら、乗れよ」と声をかける。ところが、奏が動く気配が全然なかったので、後ろを振り向いてみると、顔を真っ赤にして手をモジモジさせてた。
「何してんの?」
「え、だって、おんぶって……」
「それくらい気にするなよ! 今は引退してるけど、この間まで部活で鍛えてたんだから体力はまだまだあるからよ!」
「うぅ、そういうことじゃないんだけど……。じゃあ、お願いしていいかな?」
「遠慮するなって。ほら、おいで」
奏が俺の肩に手を回して、俺の背中に身を委ねてきた。
小柄なだけあって、重さはそこまで感じない。これなら家まで行けそうだな。
俺がそう思ったその時だった。俺の背中に、柔らかな2つの何かが当たる感触があったのだ。
ふわっ……
あれ? 何この柔らかな感触は?
って、奏って着痩せするタイプだったのか……。それにしても、まさかこんなに密着してくるとは思わなかった。これが幼馴染みの役得というやつなのか……。控え目に言って幼馴染み最高……。
「ゆーくん。私、重くない? おんぶさせちゃってごめんね」
「大丈夫だよ! むしろありがとうな、奏!」
俺は今日イチの笑顔を奏に向けてやった。
「え? ありがとう?」
「いや、こっちの話だから気にしないで!」
奏はキョトンとしつつも、すぐに柔らかな笑顔を浮かべて「こちらこそありがと」と感謝の気持ちを伝えてくれた。
俺たちは背中越しに聞こえる、夏祭りの賑やかな雑踏を感じながら、お互い口を開くことなく余韻に浸っている。
静かな夜道で、俺の肩口に顎を乗せた奏の息遣いだけが聞こえていた。
「ねぇ。昔さ、華花ちゃんが転んで怪我しちゃってさ、ゆーくんがおんぶして帰ったことがあるの覚えてる?」
「ん? そんなこと合った気もするけど、あんまり覚えてないな」
「そっか。そのときにさ、ゆーくんにおんぶされてる華花ちゃんが、とても痛そうにしてたんだけど、どこか安心したような表情を浮かべてたのが、印象的だったから覚えてたんだ」
「そうだったんだな。奏は今ちゃんと安心できてるか?」
俺はいつもの調子で、冗談半分に聞いてみた。
「うん。凄く安心するよ」
そういうと、心做しか俺の抱きつく腕に力が込められた。俺はその腕をずっと離さないで欲しいと願ってしまう。
奏は今何を思っているのだろうか。
俺はそれが気になって仕方がなかった。
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