閑話:夏祭り【羽月】

 優李と別れて初めての夏祭り。

 私は高校のお友達の雅と琴音、そして紗雪の4人で遊びに来ていた。この夏祭りには、本当に小さな頃から行っているのだけれど、優李が隣にいないのはこれが初めてだ。


 やはりあの人が隣にいないことに寂しさを覚えてしまう。




 ―




 一学期は私にとって地獄でしかなかった。

 優李と奏が仲良く話してる所を、毎日見せつけられているのだから。そして、私は優李から完全に無視されていた。ひょっとしたら、優李には本当に私のことが見えないのかも知れない、と思ったことは一度や二度ではない。


 私は勇気を振り絞って、優李に話し掛けようとしたこともある。だけど、その度に奏が優李の気を逸らしてしまうので、いつもタイミングを逸してしまっていた。


 結局私は未だに優李ことを諦めきれていないのだ。恋人同士になりたいなんて思っていない。ただ幼馴染みに戻りたいって、そう思っている。

 その証拠に私はまだママに別れたことを告げられてない。もちろんすでにママは別れたことに勘づいているだろうけど。


 だけど、私の心境にも変化があった。

 私は光輝のことを前向きに愛そうと思い始めていたのだ。

 優李に拒絶されてから光輝は私を家に呼んでくれるようになったし、デートもしてくれるようになった。光輝は私のことを、ちゃんと彼女として愛してくれようとしてくれているのだと感じたのだ。




 ―




 私たちは一頻り遊ぶと境内のベンチに座ると、沙雪が「羽月は彼氏作らないの?」と聞いてきた。光輝のことは、この子たちにまだ言えてなかったのだ。



「うーん。今はまだいいかな?」


「えー、モテるのにもったいないよ。元野球部のエースが羽月を狙ってるって噂聞いたよ」


「え? 当藤くん羽月が好きなの?」


「うそ? 私ちょっと憧れてたのにぃ」



 私をつまみにして、4人は恋バナに花を咲かせる。すると琴音が「実際どうなんですか?」と週刊誌の記者さながらに質問してきた。



「今のところはその人に興味はないから、付き合うとかは考えられないわね」



 私は素直な気持ちを伝えると、紗雪が「じゃあ他校に好きな人がいたりして」と言ってくる。私はちょっと面倒になってきたので、「優李との別れの整理がまだ出来てないからごめんね」とだけ伝えた。



「やっぱりまだ山岸くんのことを引きずってるんだね」



 そう言うと、紗雪は私の方に寄って来て、耳元に口を寄せる。



「羽月だけには内緒で教えてあげる。実は今違う学校に気になってる人がいるんだ。その人のことを考えるととても幸せな気分になっちゃうの。だから羽月も新しい恋を始めた方がいいよ。そっちの方が幸せになれるからさ」



 紗雪は夏休みに入るちょっと前に彼氏と別れたばかりだった。それからあまり日にちは経ってないのに、もう好きな人がいることに吃驚した。ひょっとしたら元彼さんとは、他に好きな人ができたからお別れしちゃったのかな。

 ただ、私に耳打ちをしてくれた後に、少し照れが混じった含羞んだ表情をした紗雪は本当に幸せそうだった。


 私もいつか光輝のことを、紗雪のように幸せそうな笑顔でみんなに話せる日が来るのだろうか。




 -




 私たちは、その後の境内の中を色々と見て回っていた。すると雅が「ねぇねぇ」と何か慌てた様子で私たちに声を掛けた。



「あれってひょっとして、山岸くんと美山さんじゃない?」



 私は雅が指を指した方向に顔を急いで向けた。その先にいたのは確かに優李と奏だった。あまりにも楽しげなその雰囲気を直視することが出来ず、私は思わず目を背けてしまう。



「やっぱりあの2人って付き合ってるのかな」


「美山さんって、羽月の幼馴染みだったよね。それなのに付き合ってるって、最低じゃない?」


「あっ、見て。おんぶしてるよ。しかもあんなにくっついてる」



 私は優李と奏はもちろん、みんなからも逃げるようにして、早歩きでさっきまでいたベンチに戻った。そしてみんなも慌てて、私の後を追ってベンチまで来てくれた。



「ごめんね、羽月」


「羽月の気持ちを考えないで、勝手なこと言ってごめん」



 みんなが私に「ごめん」って謝ってくれるけど、本当は私がみんなに謝らないといけないんだ。私はみんなから心配される資格はない。だって、私があの2人のことを裏切ったんだから。

 だけど、私はそのことをみんなに言うのが怖かった。私が本当のことを言ってしまうと、みんなが離れてしまうと思ったからだ。

 私は優李と別れてから、自分がこんなにも卑しく、卑怯な人間だったことに思い知らされて、また絶望感に打ち拉がれるのだった。



 そして、みんなと別れてひとりになった私は、すぐに家に帰らずに花咲公園のベンチに座っていた。この公園には、数え切れない思い出が詰まっていた。

 優李と初めてキスしたのも、光輝に告白されてキスをしたのも、奏に断罪されたのもこの公園だった。

 それにしても子供の頃を除くと、ここでの私の綺麗な思い出って、優李とキスをしたくらいしかないわね。


 やっぱり優李のことを考えると、私は後悔の渦にのまれてしまう。

 あの2人は付き合っているのかしら。

 私はそのことを考えると、深い嫉妬の感情でおかしくなってしまいそうになる。私にはもうそんな資格すらないと分かっているのに。


 だけどあの2人が一緒にいるところを見ると、やっぱりどうしても考えてしまうのだ。私が光輝と浮気をしなければ、最初に相談をしていれば、高校生になってから会わなければ……。



「ふふっ……」



 私はどこまで愚かなんだろう。

 こんなことを考えてしまうのは、自分が悲劇のヒロインだと勘違いしているからかも知れない。まぁ、そう思う時点でまた私は今の自分に酔っているだけなのかもしれないけど。



 このループを抜け出す方法を私はひとつ知っている。

 それは優李のことを忘れてしまうこと。

 だけど、私には優李のことを忘れるなんて不可能だった。

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