別れの後

 何もする気が起きない。

 だけど何かをしていないと、頭が狂いそうになってしまう。

 まだ日中は部活動があるのでまだマシなのだが、夜に一人で自室に篭っているときが一番ヤバイ。気付いたら涙を流しているし、腹の底から込み上げてくる吐き気にずっと耐えているのが日常となっていた。


 目を閉じると、羽月と光輝のセックスが、頭の中で勝手に繰り返し再生されてしまうので、まともに眠ることすらできなかった。


 俺はあいつらのことを憎んでいる。俺のことを裏切ったあの2人のことを、決して許したくない。だからと言って、復讐方法なんて思いつくわけがない。憎いと言ったって、該当するのはあの2人だけで、周りを巻き込んだり、殺したいとまでは思っていないのだから。だから俺はせめてもの反抗で、あいつらを拒絶するくらいしか出来なかった。


 今はそれよりも、あの2人の記憶を消し去りたい。辛い記憶なんて今すぐにでも消えて無くなって欲しい。もうあいつらのことを考えるのは嫌なんだ。一層のこと俺を殺してくれよ。


 羽月と別れてまともな精神状態じゃなくなってから、5日ほど経った頃に俺は部活の練習中に倒れてしまった。




 -




「ゆーくん、大丈夫?」



 どうやら俺は保健室に運ばれたらしい。

 隣を見ると、奏が心配そうな顔で俺のことを見ていた。



「ごめんね。大丈夫な訳がないよね。ゆーくん、ひょっとして夜に眠れてないんじゃないの? あの時からなんか痩せているようにも見えるし」


「心配かけてごめんな。俺は大丈夫だから」



 俺が無理やり笑顔を作ると、奏は苦しそうな表情をして「嘘」と一言呟いた。その一言に何故か無性にイライラとしてしまい「………は?」と冷たい声を出してしまう。


 奏は一瞬肩を震わせたが、意を決したように俺のことを見つめてきた。



「ゆーくんが大丈夫なんて嘘だよ。そんなの見てたら分かるもん。今だって辛いのを我慢してる。あんなことがあったのに、大丈夫な訳ないじゃん。優しいゆーくんがそんな簡単に切り替えできる訳ないし、そんな軽い気持ちで羽月ちゃんと付き合ってなかったって知ってるよ。だから、ゆーくんが無理してることくらい私には分かるよ」


「……俺の気持ちが分かる?」


「分かるよ」


「………奏に俺の何が分かるんだよ。誰よりも一緒にいた幼馴染みで、誰よりも愛していた彼女が、俺が一番の友達だと思ってたやつに寝取られたんだぞ? そんな俺の気持ちお前に分かるのかよ?」



 俺は気付いたら大きな声を張り上げていた。奏は目を見開いて、何かを我慢するように歯を食いしばっている。



「あいつは俺のことを騙してたんだ。それもずっと、ずっと前からだよ。俺はあいつに愛されていると思っていた。それは勘違いだったんだよ。俺なんて、あいつらがセックスで盛り上がるための出汁でしかなかったんだ。何なんだよ。俺が一体何をしたっていうんだよ」


「ゆーくん……」


「なぁ、奏。教えてくれよ。目を瞑るとさ、あのときの映像が目の前に映し出されるんだよ。だからさ、俺は今目を瞑るのが怖くて仕方ないんだよ。どうしたら、この映像流れないようになるんだろうな。何をしたら、忘れることができるんだろうな」



 俺は号泣していた。何の罪もない奏に対して、一方的に感情をぶつけてしまった。なんて俺は最低なんだ。あんなにも俺のことを支えてくれた奏に暴言を吐くなんて。

 終始無言だった奏はすくっと立ち上がり、俺の頭を優しく包み込むように抱きしめた。



「ごめんね。軽々しく分かるなんて言っちゃって。ゆーくんのツラさなんてこれっぽっちも分かってあげられてなかったよ。分かった面して軽々しく口にして、ゆーくんを傷つけちゃった」


「い………いや、違う。俺が………」


「私はさ、ずっと2人のことを後ろから見てきたからさ。ゆーくんがどれくらい羽月ちゃんのことを好きなのか分かってるつもりだったの。だけど、そうだよね。あんなの見せられて苦しまない訳ないよね」


「まぁ、見ちゃったのは私のせいなんだけど……」と言い、奏は自嘲気味に笑った。


「私はさ、催眠術士とかじゃないから、手をパンッてやっただけで記憶を消すことなんてできないんだよね。だけど、苦しんでるゆーくんを見捨てることなんてできない。倒れたときも思ったんだけど、ゆーくんの気持ちを聞いた今はその気持ちがもっと大きくなってる。大きなお世話なのかも知れないけど、ゆーくんが苦しむ暇もないくらいこれからたくさん遊びの誘いをするね」


「……ちょ、奏何を言ってるんだ?」


「私ができることは、ゆーくんのことを支えることくらいだからさ。部活終わりはもちろん、休日も午前中からゆーくんを誘って何も考えられないくらい疲れさせちゃうんだ。あと、楽しいって思えることをすると、気持ちは明るくなるだろうし、ひょっとしたら気も休まるかも知れないじゃん」



 奏は俺から身体を話して、ニコリと笑顔を浮かべてそう言った。奏の目は赤く充血していて、頬には涙のあとが残っていた。



「だけど、ゆーくんがウザイって思うなら、もちろん嫌がることはしないよ。だって、あのとき言ったでしょ? 私は何があったってゆーくんの味方なんだよ。だからさ、もしよかったら今日から一緒に部活帰りに寄り道とかしないかな?」



 俺は奏の気持ちが嬉しかったのと同時に、あまりにも自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう。



「ダメだよ、ゆーくん。今は大変かも知れないけど、私と楽しいことをすることを想像しなきゃ」



「ははっ、奏には全てお見通しなんだな」


「そうだよ。私だってゆーくんの幼馴染みで大切な人なんだから。それで、どうかな? 今日から一緒に遊んでくれる?」


「あぁ、ありがとう。こちらからお願いするよ。奏、これから俺と一緒にたくさん遊んでください」


「はい、良いですよ!」



 奏は満面の笑みで俺のことを抱きしめて、頭を撫でてくる。俺はちょっと恥ずかしかったけど、久しぶりに心が安らいでいるのを感じて、そのまま奏に身を委ねるのであった。

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