第7話:怒り
奏と別れた俺は、自分の部屋の前で立ち尽くしている。俺はこの部屋に入るのが怖いのだ。あいつらの映像が俺の脳裏にこびりついてい一向に離れる気配がない。俺がよく知っている2人が、俺がいつも寝てるベッドで愛し合っていたあの映像が。
俺は苛立ちを抑えることができずに、勢いよく扉を開けて手当たり次第に物に当たった。物に当たるなんて自分でもダサいって思ったが、身体の底からふつふつと湧いて来た憎しみが俺の破壊衝動を後押しした。
(クソックソックソックソッ)
目に付いたものをひたすら破壊していく。あいつらがこのベッドの上で裸で抱き合っている映像がフラッシュバックした。俺は無意識にハサミを取り、ベッドに何度も突き刺した。
「ハァハァハァハァ……」
(クソ……巫山戯るんじゃねぇよ……)
ー
落ち着きを取り戻して来た俺は、まず部屋を移動することにした。都合が良いことに、俺の家は荷物置きになっている部屋がひとつあるのだ。早速俺は荷物の移動を開始した。1分でも1秒でも早くこの部屋から遠ざかりたい。ただその一心で、夜通し部屋の移動をしていた。
途中母さんから、何故今なのかと文句を言われたが、「頼む」と頭を下げてお願いをしたら「仕方ないわね……」と諦めてくれた。妹の華花からは「ゆー兄ちゃん、どうしたの? ちょっと怖いよ」と聞かれたが、俺はそれに対する答えを持ち合わせてはいなかったので「ごめんな」と一言だけ謝罪した。そんな俺を怪訝な目で見ていたが、何かを諦めたのか「夜中は静かにしてね」と一言釘を刺して部屋から出て行った。
部屋の移動は順調に進めることができた。元々部屋には収納が備え付けられていたので、そこまで大きな荷物を移動することがなかったためだ。それが功を奏したのか、早朝にはベッドなどを粗大ゴミに出すだけの状態にすることができた。さすがにベッドを粗大ゴミに出すと言ったときは、「あんたどうしたの? 何かあった?」と母親に心配をされてしまったが、「このベッドの上で彼女だと思ってた人と、親友だと思ってた人が裸で抱き合ってたんだよ」なんて言えるわけがなかったので、「最近寝心地が悪くてさ、だから買い換えたいな」って言い訳をするしかなかった。
「ふぅ、やっと落ち着いた」
俺は新しい部屋で横になった。当面はお客様用の布団で寝ることにして、今度ホームセンターに行って新しいベッドでも買いに行くことにしよう。それにしても色々あって疲れたな。横になると全身の力が抜けて、布団の中に沈んでいくような感覚があった。
(明日は学校か……俺は羽月とどういう顔をして一緒に登校すればいいんだろうな……)
そんなことを薄らと考えながら、俺の意識は静かに溶けていった。
***
【奏の視点】
私は今日の出来事を思い返していた。
高確率で羽月ちゃんと光輝くんは、何かしら疾しい関係だろうと考えていたので、疑惑を解消するためにゆーくんに監視カメラの提案をしたのだが、あそこまでの行為をするとは想像もしていなかった。キスくらいはするかもとは思っていたが、まさか彼氏の部屋で別の男と愛し合うなんて、誰が想像できるだろうか。
あの2人が愛し始めた映像が映し出されたときは、私は一体何が起きているのか理解することができなかった。徐々に熱を帯びてくる羽月ちゃんの嬌声を聞いて我に返った私は、とてつもない不安が脳裏を過った。
(ゆーくんが壊れちゃう!)
我に返った私は、慌てて正面に座っているゆーくんの顔を見たが、途端に身体が硬直してしまって声をかけることも、映像を止めることもできなかった。
普段のゆーくんは、元気で明るくて、太陽のような笑顔でいつもみんなに力を与えてくれた。私はゆーくんの笑顔で今までどれだけ救われて来たか分からない。
心がちょっと疲れてしまったときも、ゆーくんはいつも静かに話を聞いてくれた。そして、最後にはいつもの笑顔で「大丈夫。奏ならできるよ」と言って、私のことを元気付けてくれるのだ。
私はそんなゆーくんのことが、小学生の頃から好きだった。
だけど、中2のときに羽月ちゃんがゆーくんに告白をしたことで、2人は幼馴染みから恋人になった。元々好き同士だっていうのは分かっていたし、あの羽月ちゃんなら私も諦めがついたので、ゆーくんを好きという私の気持ちにそっと蓋をすることにしたのだ。羽月ちゃんと付き合ってからも、ゆーくんは私にとても優しくて、諦めることなんて結局できなかったんだけどね。
だけど、喫茶店であの映像を観ていたゆーくんは、今までと違って表情に感情がなく、キラキラと輝いていた目にも生気を感じることはできなかった。時間が経つにつれ顔が青褪め、身体が震えている姿を見てさすがに限界だと思い、観るのを止めさせようとゆーくんの耳からイヤホンを外そうと手を伸ばした。
そのときだ、羽月ちゃんが光輝くんに向かって『あなたのが一番好きよ。あなたが私を一番気持ちよくしてくれるわ』と口にしたのだ。その瞬間弾けたように席を立ったゆーくんはそのままトイレに飛び込んで行ってしまった。
ゆーくんが席を立ち上がってからも、あの2人は液晶の中で先ほどの行為を振り返ってイチャついてた。『光輝とするとなんでこんなにも昂ってしまうのかしら?』『優李とは安心できるけど、こんなに自分を曝け出すことなんてできないわ』などと勝手なことを言っている。
『一層のこと優李に俺たちの関係をバラした方がいいんじゃないか? そうしたらずっと一緒にいることができるだろ?』
『それはダメよ。私は優李のことを愛しているもの。あなたにも同じくらいの気持ちはあるけど、それでもやっぱり優李は特別だから』
私はもう我慢の限界だった。あの2人はもう私の幼馴染みなんかじゃない。敵だ。あれは私の敵だ。もう絶対に私の大好きなゆーくんには近付かせないようにしないと。あんなのと一緒にいたらゆーくんの心は壊れてしまう。
だけど、どうやってあの2人に私たちが知っているかを伝えたらいいだろう? 普通に別れるなんて生温いと私は思ってしまう。そんなことじゃ、あの2人にゆーくんと同じくらいの苦しみを与えることができない。
当初の予定では、映像を見終わったら程よいタイミングで部屋に乗り込んで、今日の映像を突き付けてあの2人を追求するはずだった。だけど、あんなものを見せられて行動なんてできるわけがないじゃない。冷静じゃないときに対峙してしまうと、最悪暴力沙汰に発展してしまうかも知れなかった。ゆーくんにそんなことをさせる訳にはいかない。
私はできる限りゆーくんが傷付かずに、あの2人との関係を断ち切ることができるか思考を巡らせた。
しかし、いくら考えても良い案は浮かんで来なかったが、ふと気付いたことがあった。
私は少し考えたあと徐にスマホを持ち上げて、RINEを開いたら中学生時代の同級生にメッセージを送った。
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