第8話:これから

「明日からまた学校だけどどうしよっか? ゆーくんさ、昨日の今日で羽月ちゃんと顔合わせるの辛いよね?」



 奏は心配そうな顔をして、俺のことを見上げてくる。

 俺たちは昨日とは別の(人が少ない)喫茶店で、今後どうするかを決めるために集まった。さすがにあの喫茶店に入るのは、今の俺にはきつすぎる。



「そうなんだよな。問題は登校と昼食かなぁ。それ以外はクラスも違うし、授業が終わってもこっちは部活で、羽月は塾だからなんとかなると思うんだ」


「そうだよねぇ。じゃあさ、来週の土曜日にさ試合があるじゃない? その試合に向けて、朝と昼に自主練をするっていうのはどうかな?」



 新チームになって約8ヶ月年。みんなでチーム作りをして来た成果を試す、重要な一戦と位置付けられている試合が迫っていた。俺が朝昼と一週間練習に専念してもおかしくはないか……。



「うん。確かに奏の案が一番違和感なくて良いかもな」


「でしょ? 確かさ、あの2人も試合の観戦に来るんだよね?」


「今のところはそういうことになってるな」


「だよね。ゆーくん、昨日の今日でこんなことを聞くのは酷だとは思うんだけどさ、これからあの2人との関係はどうするの? このまま知らないフリをし続けるの?」



 奏は毛先を指でクルクルといじっていた。これは奏の昔からの癖で、不安なことや心配なことがあると、自分でも無意識に毛先をいじってしまうのだ。俺はその仕草から、奏が今不安がっているのを察した。



「正直知らないフリなんて俺にはできないな。実は来週の試合終わりに、あいつらをちょっとした罠に嵌めたいなって思ってるんだ。もし良かったら奏も協力してくれないか?」


「もちろん協力するよ! だってあの2人のことを許せないのは私も一緒だから」


「そう言ってくれると助かるよ。なんか最近は奏に頼ってばっかりだな、俺は」


「もっと頼ってくれても良いんだよ。弱ってるときはお互い様だと思うんだ」


「うん。ありがとな」



 俺は自分のことばかりだったけど、奏だって幼馴染みの2人が黙ってあんなことをしてたんだから、大きなショック受けたはずなんだよな。それなのに、俺のことを気遣って手伝ってくれるっていうんだから本当に最高の幼馴染みだよ。




 -




 奏と別れて家に戻った俺は、羽月にRINEを送った。



『悪い。明日の登校と昼休憩なんだけどさ、来週の試合に向けて自主練しようと思うんだ。だから、一週間は友達と昼食とか取ってくれるか?』



 例えテキストのみのやりとりだったとしても、あのときの羽月が思い浮かんでしまって、文字を入力する指が震えてしまった。そして、送り終わった今は羽月からの返信が恐ろしくて仕方がない。あいつは俺とRINEをして何を感じてるんだろうか。何も知らずに騙されていると笑っているんだろうか。


 俺の知ってる羽月は、影で人を笑うような人間ではない。だけど、それは幻想なのだとこの間思い知ってしまったのだ。

 怖い。俺は今羽月のことが心の底から恐ろしくて仕方がなかった。俺が布団の中で蹲っているとスマホの画面が光った。



『分かったわ。来週の試合は大切って言ってたものね。当日は私も応援に行くから練習頑張ってね』



 羽月の裏切りを知らなかったら、このメッセージを見て俺はめちゃくちゃ気合いが入っていただろうけど、今の俺には何も響かなかった。むしろ嫌悪感さえ抱いてしまうほどだ。羽月には家族以上の想いがあったのに、こんなにも心が冷え切ってしまうことがとても寂しく思えた。




 -




 月曜日から俺は宣言通り早くに学校へ行って朝練をし、昼もグラウンドに出て練習をするようにした。奏もマネージャーだからと言って、朝から付き合ってくれたのだが、チームメイトから「お前彼女いんのに奏と2人っきりで練習してて良いのかよ」って揶揄われてしまった。俺の気持ちも知らずに好き勝手言いやがって! とは、少ししか思っていない。


 羽月とは予想通りあまり学校で会うことがなかった。クラスも放課後の行動も別なのだから、登校時と昼休憩の時間さえ回避できたらほぼ会うことはないのだ。授業の間の短い休憩時間も、クラスからすぐにいなくなるという念の入れようだ。


 しかし、俺のそんな努力も、木曜日の昼休憩で台無しになってしまうのだった。





 -





「優李。ちょっとだけ良いかしら?」


 チャイムが鳴り練習に行くかと腰を上げたタイミングで、教室の扉から俺を呼ぶ声が聞こえた。声がした方を見ると、案の定羽月がそこにいた。



「最近は休憩時間になるとすぐにいなくなってしまうみたいだから、授業が終わってすぐに来てみたの。まだ教室にいてくれて良かったわ」



 羽月の言う通り、今週が始まってから俺は、チャイムが鳴るとすぐに教室から出るようにしている。それはもちろん羽月に会いたくないからだ。目の端では、心配そうな顔で俺と羽月を見ている奏が映っている。

 俺たちは教室から離れて、人があまり来ない音楽教室の前に移動した。



「最近忙しくてな。すぐに移動することが多かったんだ。ひょっとして何回か様子を見にきてくれてたのか?」


「えぇ。今週は登校もお昼も一緒にいれないから、ちょっと寂しくなっちゃったのよ」


「それはごめんな。試合が終わったらいつも通りだから、明日まで我慢してくれ」


「大丈夫よ。我儘を言ってあなたを困らせるつもりはないわ。ただ少しの時間でも優李の顔を見ながらお話ができたらって思っただけなの」



 俺はそんな殊勝なことを言う羽月の言葉に苛々してしまう。


 巫山戯るなよ。俺を困らせる気はない? お前はもう俺のことを徹底的に裏切ってるじゃないか。



「寂しい思いをさせてごめん。来週はまた登校もお昼も一緒にしような。じゃあ、俺は練習に行ってくるな」



 俺は腹の底から湧き上がってくる憤りを悟られないように、俺はグランドへ足早で向かう。すると背後から羽月が俺に声をかける。



「分かった。忙しいのにありがとうね、優李。練習頑張って」



 俺は羽月に顔を見られないように、振り向かずに手だけをあげた。今の俺は醜く歪んでいることだろう。こんな顔を羽月に見せるわけには行かなかった。



「土曜日にたっぷりと話をしような、羽月」

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