第2話:違和感

「お待たせ。まだ2月だし、めちゃくちゃ寒いな。もっとギリギリに来てくれても良かったのに」


「いいのよ。私が好きでやってることなんだから。それにしても本当に今日は寒いわね。到着したら最初にカフェに入って暖まりましょう」



 改札を抜けて、ホームに立つと羽月は「うぅぅ……」と唸りながら、くすんだピンク色のコートの襟元を掴んでプルプルしている。正直俺の彼女めちゃくちゃ可愛い。俺以外といるときの羽月は凛としているので、こんなに弱々しい姿を学校のやつらが見たら吃驚することだろう。


 ところで家が隣同士の俺と羽月が、わざわざ駅前で待ち合わせをしていたのには理由がある。それは、デートという時間を特別な物にするためだ。


 以前俺は「家が隣同士なんだから、いつもみたいに一緒に行けば良いじゃん」って言ったのだが、「ダメよ。デートは特別なんだから。家から出掛けちゃったらいつもと変わらないじゃない」と凄い剣幕で言われてしまった。

 思い返すと小学生のときから、いつも羽月の家の前で待ち合わせして学校に行ってたので、デートのときくらい特別感を出したいという羽月の言葉に納得したのだ。




 -




「はぁぁ……生き返ったわ」



 カフェに入るや否や羽月は顔を蕩けさせて、至福の声をあげる。



「相変わらず羽月は寒さに弱いよな」


「コートとかを着てるから体はそこまでじゃないんだけどね。顔がどうしても寒くて痛くなっちゃうのよ」



 そう言いながら自分の手で、ほっぺたをムニムニしている。

 その姿を見て、こんなに可愛い羽月を独占できるのは本当に幸せだな、と思い自然と目が細くなってしまう。



「今日は何を買うか狙いはあるのか?」


「うぅーん。特別このブランドの服が欲しいっていうのはないんだけど、春なんだしパステルカラーの薄手ニットや、レースのスカートとかで良いのがあると嬉しいなって思ってるわ」


「羽月は相変わらずオシャレさんだよな」



 羽月は中学生になってからオシャレに目覚めたのか、着ている洋服も徐々に大人っぽくなっていった。もちろんそれを着こなしているのだから、羽月には自分に似合うファッションが分かるセンスがあったのだろう。



「だって、優李に可愛いって思われたいじゃない?」


「まぁ、羽月のことはいつも可愛いって思ってるけどな」


「うふふ。ありがと」



 俺はあまりにも正直すぎる羽月の言葉にドキドキとしながら、まだ熱いコーヒーをグイッと口に含んで目を白黒させてしまう。そんな俺を見ながら「もう、優李ったら」と微笑んでる羽月を見て、「ずっと一緒にいるのにいつもドキドキさせられるな」と若干悔しい思いをするのだった。




 -




 買い物がひと段落して、俺と羽月は夜ご飯を食べるために、みんなが大好きな例のイタリアンに入った。

 俺の前に座る羽月は、ホクホク顔でご満悦だ。どうやらお気に入りがたくさん見つかったらしく、今日のショッピングは大成功だったらしい。



「優李もちょっとだけ派手な洋服とか着てみたら良いのに」


「いや、俺にはそういうの似合わないだろ」


「そんなことはないわよ? むしろシンプルな着こなしの方が、元の素材が重要になってくるじゃない。ひょっとして、シンプルが似合っちゃう俺ってかっこいい! とか思ってるんじゃないの?」


「バッッッ!そんなことねぇよ!」


「うふふ、冗談よ、冗談」



 羽月のニヤニヤ顔にイラッとしながらも、そんないつものやり取りを俺は心から楽しんでいた。そして、話題は3年のクラス替えになっていった。



「そういえば、3年生になったらクラス替えあるじゃない? 優李は理文どっちのコースを選ぶ予定なの?」


「うーん。あんまりまだ決めてないんだよな。大学もどの学部に行くかまだ決まってないしな。羽月はどっちにするんだ?」


「私は文系進学コースにする予定よ。大学は外語学部に入りたいって思ってるから」


「あー、高校入った当初から言ってるよな! そこを目指して高1から塾に毎日通ってるんだから、羽月は本当に偉いし尊敬しちゃうよ」


「もう、そんなに言われると恥ずかしいじゃない。けど、ありがとね。私も部活も勉強も手を抜いてない優李のことをとっても尊敬してるし、大好きよ」



 顔をほのかな紅色に染めながら、俺が嬉しいことを言ってくれる羽月のことが愛おしくてたまらない。恐らくこの会話を誰かが聞いていたら、「ちっ」と舌打ちをされていただろう。もし俺が第三者としてこの話を聞いていたら、絶対に舌打ちをしていたはずだ。だって、青臭すぎるだろ、この会話。



「話は戻るけど、3年生になったら同じクラスになりたいわね。だって、同じクラスになったら、色々な行事を一緒に楽しむことができるしね。私としては最後の文化祭が一番楽しみね。後夜祭のキャンプファイヤーを2人ゆっくりと見ていたいわ」


「だよな。俺も高3は羽月と同じクラスになって、たくさん思い出を作りたいと思ってるよ。あー、クラス決めのプリント提出もそろそろだし、俺もちゃんと考えないとな」


「悩むことがあったらいつでも相談に乗るから気軽に話してね」


「おぅ! そのときは羽月に真っ先に相談することにするよ」




 -




 食後のコーヒーまで満喫してから俺たちはゆっくりと家路に向かう。

 なぜか物足りない気分になった俺は、まだ羽月と話したいなと思って公園に寄らないかと誘ってみた。もう結構遅くなってるし、断られる可能性もあったが羽月の答えは「もちろんよ」だった。



「私ももうちょっとお話ししたいと思ってたのよね」


「そうだったのか! 無理言ったんじゃないかと思ったけど安心したわ。けど、本当にキツかったら素直に言うんだぞ?」


「ふふっ、今更あなたに遠慮なんてするわけないでしょ。なんでも優李に話してるわよ」



 俺の目を見て真っ直ぐな気持ちを伝えてくれるのが、嬉しくなり羽月の頭を撫でようとしたそのとき、突然羽月が「キャッ」と小さな悲鳴をあげた。



「羽月どうした??」



 落ち着いた羽月に聞くと、枯葉が身体にぶつかってきたので、それを虫だと勘違いしたようだ。



「ちょっと吃驚したけど、冷静に考えたらこの時期に虫なんて滅多にいないわよね」



 落ち着いた羽月は先ほどの動揺を誤魔化すように「ふふっ」と笑った。それを見て安心した俺は、虫というキーワードを聞いて、この間俺の部屋で起きた虫騒動のことを聞いてみた。



「そういえばさ、この間俺の部屋で虫が出たって言ってたじゃん? あれってどんな虫だったのか? 羽月も言ってたけど冬なのに虫なんて珍しいよな」



 するといつもは落ち着きのある羽月が目を泳がせて、「えっと、その……」と言い淀んでいる。



「どうした?そんなにデカい虫だったのか?」


「私はあんまり見てないんだけど、光輝くんが虫だって言って退治してくれるまで私はキャーキャー騒いでばかりだったからあんまり知らないんだ」


「そっか、昔から羽月は虫が嫌いだもんな」


「そうなのよ。あっ、それよりさ、月曜日の放課後は優李何してるの? 部活?」


「そうだよ。つか、いつも部活やってるじゃんよ。羽月は塾に行くんだろ?」


「う、うん。そうよね。えぇ、私も塾に行くわよ」



 なんか羽月の様子がおかしいな。あのときなんか光輝とあったのかな?

 俺は焦ったように話題を変える羽月を見て、ちょっとだけ胸に引っかかるものを感じたのだった。


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