第3話:提案
「ゆー兄ちゃん! 朝だよ! 羽月ちゃんが迎えに来ちゃったよ!」
妹の
「やっば、寝過ごしちまった! 華花悪い! 羽月に家の中で待ってくれるように伝えてくれ」
「もう仕方ないな、ゆー兄ちゃんは!」
華花はプリプリしながら玄関で待っている羽月の元へパタパタと小走りで向かう。
俺は猛ダッシュで歯磨きと洗顔、着替えを済ませて、リビングで待つ羽月のところへ向かった。
「おはよ、優李。全くお寝坊さんなんだから」
「お、おはよ。ま、待たせて悪かったな……」
ニッコリと朝の挨拶をしてくる羽月は、コーヒーを片手にとても優雅な時間を過ごしている。それに対して、俺はゼーゼー言いながらなんとか準備を終わらせたのだが、何この違いは? 羽月はどこかの令嬢なの?
「んーん。別に良いわよ。それより今日はいつもより少しだけ急ぎ足で学校に行かないといけないわね」
「あぁ、そうだな。華花悪い、家の鍵開けたままで行くからな」
「もう、ゆー兄ちゃんってば!」
華花の非難めいた声を背に受けながらドアを開けると、目の前に華花の友達の
背後から「優李先輩のバカー」と聞こえるが気にしないようにしよう。それにしても朝から妹と好ちゃんの2人から責められるとは思わなかった……。
俺たちは急いだ甲斐もあり、何とか遅刻しないギリギリの電車に乗り込むことに成功した。まだまだ寒い日が続いているにも関わらず、2人は薄らとした汗をかいていた。
「ふぅ、なんとか間に合いそうね」
「あぁ、だな。けど羽月まで巻き込んじゃってごめんな」
「気にしないで。たまにはそう言う朝があったって良いじゃない。なんか楽しかったわよ。それにしても、慌てながら家の階段を降りてくる優李がとても可愛くてキュンってしちゃったわ」
羽月は起きたての俺を思い出したのか、「ふふっ」と小さく思い出し笑いをしている。俺はそんな羽月を見て、先日行った花咲公園での羽月がやはりいつもと違って違和感を感じてしまう。
(あのときの羽月はなんだったんだろう)
羽月とはだいぶ長いこと同じ時間を過ごしているが、俺が聞いたことであんなにも動揺をしたことはなかった。俺は胸にできた小さなしこりを感じながら、それを羽月に悟られまいと自然に会話を続けた。
-
その後学校に到着し、一限目が終わると奏が俺の席まで来た。
「ゆーくん。今日の部活が終わったらカフェでちょっと話さない?」
「いいよ、行こうぜ」
俺と奏は部活が終わると、駅前のカフェに行って部活の反省会みたいなことをよくしている。このことは羽月も知っているので全然問題ない。
それにしても今日はどう言う風の吹き回しなんだ?
奏とカフェに行く約束をするのは大概が部活終わりのタイミングがほとんどで、一限目が終わってから誘われたことなんて一度もない。
(この間の奏はちょっと様子が変だったから、そのことかな?)
俺は4人で遊んだときに、奏が後半ちょっと元気がなかったことを思い出した。
「あのときの考えがまとまったのか?」
「うん。まだ確証はないんだけどね」
「そうか。俺で役に立つかは正直分からないけど、誰かに話すことで考えが整理できるしな。お前の役に立てるならいつでも力を貸すから、これからも遠慮するなよ」
「うん。ありがと」
奏はまだ悩んでいるのか、複雑な表情をしながら感謝を伝えて自席に戻っていく。
(奏のやつ不安そうな顔をしてたな。俺に話してスッキリできると良いんだけど……。あっ、時間に余裕があったら俺も羽月へ感じた違和感について聞いてもらうか)
俺は奏がどんな悩みを持っているのかも分からず、能天気にそんなことを考えているのであった。
-
「今日の優李全然集中できてなかったでしょ! あんなパスミスを連続する優李なんて初めて見たよ!」
「あー、うるさいな! 俺だって調子が悪い時くらいあるんだよ」
俺は奏の相談内容と、羽月のことを考えていて、奏の指摘通り部活にあまり集中できていなかった。授業なんて言わずもがなだ。
「授業中もボーッとしてたけど、そんなんでも成績優秀なんだから嫌になっちゃうわよねぇ」
「まぁ、家でもそれなりに勉強してるしな。それにしても、最近マネージャーも忙しいみたいじゃん」
「そうなの! そろそろ試合があるじゃない? だからそれに向けて、対戦校の分析とか色々やることが多くてもう大変で」
「3年の先輩もいないし、奏たちが中心になってやらないとだもんな」
俺が「頑張れよ!」と言って奏の頭をワシワシすると、「もう止めてよ」と言いながらも本気で拒絶しない奏を見て笑った。
-
「さて、それで奏の悩みはなんだったんだ?」
カフェに到着して、ドリンクを一口飲んでから俺が奏に質問をした。奏は未だに言うか悩んでいるように見えた。
「あんまり無理して言わなくても良いからな? 何も言わなくても俺はお前の味方だからさ」
「うん。大丈夫。ちゃんと話すね」
奏はドリンクをクピクピと飲んでから、大きく深呼吸をして話し始めた。
「羽月ちゃんさ、光輝くんと何かあるんじゃないかな」
「は? ……何かってなんだよ?」
俺は突然羽月と光輝の名前が出て、心臓は大きく跳ね上がってしまった。その動揺を奏に悟られまいと、何とか声を絞り出した。
「私が酷いことを言ってるのは理解してる。だけど怒らないで話を聞いてほしいの。……お願い」
奏の声は小さかった。よく見ると少し震えているようだ。恐らく俺はとても酷い顔をしているのだろう。
「いや、ごめん。怒ってないから話の続きを聞かせてほしい」
「うん。えっとね。この間4人でゆーくんの部屋で遊んだときに、2人でロールケーキ買いに行ってさ、忘れ物をしちゃったから部屋に戻ったってことがあったじゃない?」
「あぁ……」
「そのときにさ、あの2人の様子がおかしかったと思わない? 大きな虫が出たって言ってたけど、この季節にそんな虫が出るのも変だし、外に捨てたって言ってたけど、窓も空いてなかった。しかもベッドも乱れた感じが全然しなかったんだよね」
「けど、俺たちが部屋に戻るまでにキレイにしてくれたのかも……」
「うん。その可能性もあるよね。だけど、私が本格的に怪しいと思ったのは、羽月ちゃんの洋服が乱れていたことなんだよ。部屋を出る前はしっかりと着ていた洋服が、私たちが戻ったあの時は乱れていたの。私たちが帰って来たときはもう洋服の乱れはなかったんだけどね」
俺は奏の視野の広さに驚いた。あの瞬間に奏はそこまで見ていたのか。
「だから奏は、あの2人が俺たちに隠れて如何わしいことをしているんじゃないかって思ったんだな?」
「うん……。ゆーくん、ごめんなさい。あなたのことを傷つけるつもりなんてなかったの」
「いや、良いよ。実は俺も奏に相談しようと思っていたことがあったんだ」
そうして俺は、先日花咲公園で感じた羽月の違和感を奏に話した。
俺は確かに羽月に違和感を感じていたし、奏の感じたことを聞いて納得する部分は確かにあった。
だけど、俺には羽月が俺を裏切って浮気をするなんて、どうしても信じることができなかった。
「けど、俺が感じた違和感を実際に確かめようがないしな。このモヤモヤをどうすれば良いのかイマイチ分からねぇや」
奏は優李の話を黙って最後まで聞いてから、予想の斜め上を行く提案をして来た。
「そのことなんだけどさ。ゆーくん、今度一緒に監視カメラを買いに行かないかな?」
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