事件ファイル2(解決編)万引きGメンの悲劇
「入店時からあなたの行動を確認していました。あなた常習の万引き犯ですよね?」
スーパー「玉田」の裏手にある事務所の一角で、「万引きGメン」を名乗る田所という男の取り調べが始まった。
屈強な体は、いかにもガードマンといった風格。だが態度は紳士的。それが妙に鼻につく。
「普通に買い物に来ただけですけど。一体なんですか?急に言いがかりを付けてきて。本当に失礼ですよ。あなたのせいで近所の人にも恥ずかしい姿をみせてしまいましたよ」
私は盗んだことを簡単には認めない。強気で対応すれば、トラブルを嫌がる店側が追求を諦めることも少なくない。
だが、田所の表情はピクリとも動かない。
「残念ですが、あなたに気づかれないように、私はずっとあなたの後ろをつけていました。盗んでいる場面もしっかりと目撃しています」
万引きGメン田所は、年齢が40代後半といったところだろうか。私はこのスーパーに30年近く通っているが、初めて見る顔だ。
どこの誰だか知らないが、私はこんなところで折れたりはしない。
「あんたは一体何者なのよ!私はこの店にずいぶん通っているけれど、こんなことされたのは初めてよ!店長を呼んできて!」
だが、どれだけ声を荒らげても田所は全く反応しない。
それどころか、私の反応を見て、常習性を確信したようにも見える。
「ここの店長には、私が昔お世話になっていたんです。閉店になると聞いて最後のお手伝いに来ました。残念ですが、店長はここには来られません」
田所は、私との会話にうんざりしたようにも見える。
「万引きしたことを認めて頂かなくても結構です。今から警察を呼びますから、後は警察と話してください」
田所はそう言って、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
その時だ。
「ちょっと待ったぁ!!その貴婦人は無実だ。ずいぶん失礼なことをしてくれたようですね!」
天然パーマが帽子からはみ出した眼鏡の男が、突然事務所に入ってきた。
私も田所も、不審者の侵入に一瞬たじろぐ。
先ほどまではぴくりとも表情を変えなかった田所も明らかに動揺している。
「な、なんですかあなたは!!ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
田所が声を荒らげる。紳士の面がはがれ、本性が垣間見える。
「いやいや。あなたがあまりに乱暴に冤罪を作ろうとするから黙っていられなかったんですよ。あ・・・私、こういうものです」
男が差し出した名刺には「私立探偵 正木庄司」と書かれていた。
「まさき しょうじ。会社名みたいでしょう」と言って正木が笑う。
1ミリも笑えない。シーンとした沈黙が流れる。
だが、正木は全く気にしない様子で続ける。
「貴婦人。あなたも災難でしたね。こんなひどい冤罪をかけられるなんて」
「そうよ。こんなひどい罪をかぶせられて良い迷惑ですよ。探偵さんなら、この男にかけられた疑いを晴らしてくださいよ」
まったく知らない男だが、味方になるならば、利用しない手はない。
正木はそれを聞いてにんまりと笑い。
「えぇ、すぐに。まず、えぇ~っと」
「田所です」
田所が空気を察して自ら名乗る。
「ありがとう、田所君。まず君が犯人だと思った理由を教えてくれるかい?」
「この女性が商品を盗んでいる場面を私がしっかりと目撃しているからです」
田所は先ほどと同じように説明をする。
「そこから変だね!田所くん!なんでしっかりと目撃が出来るのさ!?」
正木の発言の意図が理解出来なかったようで、首をかしげている。
「田所くん!君は凄腕Gメンなんだろう!ここはすぐに理解してくれないと!」
正木が小馬鹿にしたように大声で会話を進めていく。
「わかるでしょう。この貴婦人は、どう見たって万引きの常習犯に決まっているじゃないですか!それどころか、何度も万引きで捕まっている。あの有名な『レトルト富子』さんですよ」
ドキッとする。何を言っているんだ?この正木という男は??
「そんなレトルト富子さんが、盗む瞬間にあなたにバッチリと目撃される訳無いでしょう!盗む前にはしっかりと周囲を確認していますから」
そう言われた田所が、ピクリと反応する。
「いやいや。私も気づかれないように、こっそりとのぞきましたから・・・」
「はっはっは!こっそりとのぞいていたのに、『しっかりと目撃』ですと? 笑わせないでください」
正木が真顔になって田所を追求する。
「では、貴婦人は何を盗んだのでしょうか?商品名を教えてください」
田所の表情が少し曇る。
「商品まではハッキリとは・・・。ただレトルト食品のカレーコーナーだったと思いますが・・・」
「『思います』ではダメですよ。彼女はいま、犯罪者にされるかどうかの瀬戸際にいるんです。しっかりと確信を持たないと!」
正木は田所をさらに追い詰める。
「あのエコバッグを確認してください!あれにレトルト食品が入っているはずです!彼女のレシートには記載されていない商品があるはずだ!」
田所が私の方をにらみつけ、エコバッグに飛びつく。
あ・・・。
田所はエコバッグの端をつかむと、口を開いて真下に向けた。
ドサドサッ。カシャン
盗んだレトルト食品が三つが床に散らばり、ちゃんとお金を出して買った卵のパックが無残に割れる。
「ほら見てください!これが証拠ですよ!!」
田所が勝ち誇ったかのように笑う。
正木は「あぁ~あ」と、中で卵が割れたパックを避けて商品を拾い上げ、エコバッグに戻す。そして「おっ」と、何かに気づいたように、わざとらしくリアクションを披露する。
「田所く~ん、しっかりと見ないとダメですよ。ほら、これ・・・」
そうやって正木が手にとって見せたのは、レトルトカレーを三つ購入したレシートだった。
へっ??
私も田所も正木が何を持っているのか、全く理解が出来なかった
「ほら、レシートですよ。この商品の!貴婦人はちゃんとレトルト食品を購入していたんですよ!」
そんなはずが無い。それは犯人の私が一番理解している。
「しっかりと、見てくださいよ。ここに書いてあるでしょう。今日の日付と時間が!」
そこにはしっかりと、同じ商品名が記載されていた。
田所は混乱したようすのまま「申し訳ございませんでした!」と謝罪を繰り返す。
私は「良いんです。分かって頂けたなら。それでは、これで失礼いたします」と言い、その場を離れようとする。
「あぁ~待ってください。富子さん。あなたは、もう少しここにとどまってください。田所さんはお仕事に戻ってください」
正木が私を呼び止め、田所に席を外すように促す。田所は助けられたような表情で、スーパーの営業フロアに駆けだしていった。
「なんでしょう?疑いを晴らしていただいたお礼をすれば良いのでしょうか?」
私は少し不機嫌になりながら、正木に尋ねた。
「いやいやいや。お礼なんて結構ですよ。依頼人からしっかりとお礼はいただいておりますから」
「依頼人?」
「えぇ。このスーパー玉田の店長の奥様ですよ」
「あぁ、このスーパーが開店した時から通っていたから、そのお礼ね。最後に粋なことをしてくれるわね」
だが、閉店間際にサービスをしてくれるならば、そもそも万引きGメンなんか配置しなければ良かったのに・・・。
「いやいや。そうでは無いですよ。あなたは本当に自分に都合の良いようにしか物事を理解しない人ですね!このスーパーが経営難になったのは、あなたのような万引き犯の存在も原因なんですよ!今までどれだけ盗んできましたか?その商品を売るためにはスーパーもお金を出して買っているんですよ。それを、あなたは無料で持って行ってしまう!これは重罪ですよ!」
誰もいない事務所の中に正木の声だけがこだまする。
「たかが万引きで、大げさですよ」
「いやいや。ここの店長は経営難を苦にして昨夜、自殺しました。あなたが殺したようなものですよ。そんなあなたに復讐をしたい人がいるんですよ。そう、もちろん店長の奥様です」
「それが万引きGメンですか?」
「いやいや。全然違いますよ。万引きGメンの田所は、過去にこのスーパーで学生アルバイトをしていた青年ですよ。彼は善意でここを訪れただけです」
「では、復讐とはいったい何ですか!?」
私もイライラしてくる。
「さぁ??それは私も知りません。でも、あなたが万引きとして警察に連れて行かれたら困るんでしょう。監視カメラを見ていた奥様から、すぐに対応するように電話をいただきましてね。びっくりしましたよ。私も近くにいたのですぐに駆けつけられましたがね」
正木はへらへらと笑っている。
「ただ、警察が来ると困るような復讐なんでしょう。夫を失ったばかりの怒りをぶつけるんですから、きっと命は助からないのではないでしょうか?」
正木がそこまで言うと、背後に気配を感じた。
「さすが名探偵さんですね。その通りですよ」
店長の奥さんが、私の背後で一目でスタンガンと分かるものを手に持っていた。
ビリリビリリ!!
次の瞬間、私の意識は遠のいていった。
私(犯人)とポンコツ探偵の事件ファイル 夏野菜 @naatsuyasai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。私(犯人)とポンコツ探偵の事件ファイルの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます