事件ファイル2(事件編)万引きGメンの悲劇
午後3時、スーパー「玉田」の入口の自動ドアが開く。
年中エアコンの冷房が効いている野菜売り場の脇で、買い物をカゴを一つ借りる。
特売のブロッコリーが乱雑に積まれた段ボールには一目もくれずに、スーパーの奥へ、奥へと進んでいく。
(さぁ、お仕事の時間よ)
心の中で自分に言い聞かせ、気持ちのスイッチを入れる。
その瞬間から、私は「レトルト富子(とみこ)64歳」になる。
「レトルト富子」は、レトルト食品ばかりを盗んでいた私に、捜査3課の警察官たちがつけた「あだ名」だ。
病的な窃盗の常習犯。それは自分でもよく分かっている。
これまでに捕まった回数は12回。警察の留置所にも2度ほど、お世話になった。
そのたびに近所に暮らしている息子夫婦が、引き取りにきて方々に頭を下げて帰る。
私も最初は「もう二度としません」と、何度も泣いて謝っていた。「もう窃盗は辞めます」と何度も神にも、仏にも誓った。
だが、2カ月も経てば、私は盗みを働きたいという衝動が抑えられなくなった。
だってスーパーは、日常生活から切り離すことが出来ないから。
家に食べるものが無くなれば、誰しも買い出しに出かける。
すると商品の陳列棚には、魅力的な食品が無防備に並んでいる。
商品を手に取り、買い物カゴに入れるか、持ってきたエコバッグの中にしまうか・・・。
周りの人は誰も私の存在に気づいていない。監視カメラの位置も何度も確認し、頭にたたきこまれている。
(私なら誰にも気づかれることなく盗み出せる!私にはその勇気がある!!)
そんな常識では理解できないであろう感情が、心を支配してしまう。
そうすれば、もう二度とやらないと決めた後であっても、手が動き、そしてまた一度でも盗みが成功すれば、ずるずるとタガが外れていく。
最近は自分でも調子が良いと思う。昨年の夏に万引きが見つかってから1年以上が経つ。何度も捕まるなかで、私の盗みの技術も少しずつだが向上しているのだ。
(このスーパー「玉田」での「仕事」も今日で最後か・・・)
この日、精肉コーナーに並んだパックには「閉店特売20%off」と書かれたシールが乱雑に貼り付けられていた。
自宅から徒歩15分と少し遠いが、並べられた商品の値段も手頃で、品選びのセンスも評価していた。
だが、数年前に近隣に大型チェーンのスーパーがオープンし、客足が減ったことが閉店の原因だろう。
店長夫婦も徐々に経営が厳しくなっていったようで、日に日に表情が暗くなっていき、今日は営業の最終日だというのに店長の姿はどこにも見えない。
はぁ、少し残念だったわ・・・。
目当てのレトルト食品が並ぶ陳列棚の前に立つと、左右を確認して有名店とコラボしているレトルトカレーの新商品三つをわしづかみにしてエコバッグにしまう。
(寂しいけれど、最後だから三つで勘弁してあげるわ・・・)
最後に、買い物カゴに卵のパックを一つ入れる。L玉10個で200円。
今日は350円のレトルトカレーを三つ盗んだから、1050円分は得した気分で帰れる。
サッカー台でレトルトカレーの入ったエコバッグに、先ほどお金を支払って買った卵のパックをしまう。
仕事を終えてほっとした気持ちで、スーパーの自動ドアを通り抜けた瞬間だった。
「待ちなさい!!!」
心臓が止まるかと思うほどの大声が私に向けられていた。
え、何?
強面の中年男性が私の手首をつかむ。
「えぇ、なんですか?」
「私は万引きGメンと呼ばれるものです。あなたレジを通していない商品をバッグにしまっていますよね。事務所まで同行をお願いいたします」
(あ~ぁ。捕まっちゃった・・・)
私は、また息子夫婦に頭を下げることになるだろう、またしばらくは盗みともおさらばか・・・。
このときの私は、まだそんな甘いことを考えていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます