第53話

思わず笑みを浮かべていると、藍水が俺のところへ近づいてくる。

「アタシのやつ、ありがとう...返してくれる?」

「あ、ああ」

真顔で近づいて奪い取るように手に収めた。

情緒の移り変わりが激しすぎる。

咄嗟に藍水の感情がなくなったことに驚いたが、やっとこの重みから解放される。

そう、しゃがみこみながら肩を撫で下ろしていると、頭上で何か鋼のようなものが擦れる音がする。

「え...」

藤桜の声も同時に放たれる。

顔を上げたくなる衝動を堰き止められながらも、避けなければならないという感覚が拮抗してくる。

固唾を飲み頭を上げると、藍水が刀を垂直に構え、鋒は俺の方へと向いていた。

「何してるんだ?」

「見たからには責任とってもらおうと」

「代償が大きすぎるだろ!」

「だって態と恥ずかしいこと言わせようとしてたし」

「たかが下着だろ!」

「たかが?」

その声とともに刀が振り上げられる。

俺の刀は机の上にあるせいで手が届く範囲にない。

どのように動こうか逡巡しているうちに、刀が太腿すぐ横の床へと突き刺さる。

寸前のところで体を翻したおかげで避けられた。反射というものに助けられた。

本気なのだろうか、わざと当たらないようにしているか分からない。

今の一刺しは完全に殺気が漂っていた。

藍水の行動状況で、避け方が変わる。

「覚悟」

誰かの敵でも討つ気でいるのかというような一声に、見上げた藍水の目にはハイライトが無いようにも感じる。それこそ虚な目。

「悪かった。すまんすまん」

「......」

俺が謝っても我を忘れたように執拗に追いかけられた。俺を切ろうとしている今の実力であれば、かなり強いのだが叶わぬ思いだ。

藍水がへばる頃には辺りはライト無しでは歩けないほどに暗澹とし脚光を浴びるかのように俺が照らされていた。

言動には気をつけるべきだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る