第30話
残った魔力で空気の抵抗を増やす。少しでも衝撃を減らしたい。だが、魔力喰いを封じ込めるときに魔力を使い過ぎて、もう二人分の体を浮かせるほどの魔法は使えない。
シアラはせめて、御厨だけはと力をなくした彼女の身体を抱きしめ、空中でもがく。
(だめだ、絶対間に合わない)
下をみることもできず、地面にぶつかる感触に備える。
――骨折ですめばいいけど。
不意に、背中が引っ張られる感じがした。しかし、背中は空を向いている。
――?
シアラは眼をあけた。
下を向けば地面と鴉。下敷きになる角度で待ち構える鴉が目を見開いている。あと一メートルでぶつかるところなのに、どうして。
鴉の視線はシアラの上にある。その視線の先を追うように、上を向く。空の青を塗りつぶすように、虹のような羽ばたきと、灰色が見える。
大きな鳥がいた。
大きい、人間二人くらいの大きさか。
この世界に、こんな大きな鳥っていたっけ。そもそも、人間を掴んで飛ぶことができる鳥なんて存在するのか。
「――いりせさん?」
自分でつぶやいた声に、「そうなのか」と思う。
シアラと気絶したままの御厨は、静かに地面におろされた
地面は足につくが、そのままふらつき、膝をつく。御厨は駆け寄った鴉が抱き上げた。
鴉の手が御厨の首元にふれ、脈を確かめる。すぐに鴉はシアラを見てうなずいた。
「気を失ってるだけみたいだ」
その言葉に安心し、シアラはうなずいた。色々ありすぎて頭が働かない。ただ、ステッキを握りしめて感触を確かめていた。
顔を上げ、シアラと御厨を助けた鳥――いりせを見る。目が合う。
穏やかな瞳に、妙な説得力を感じるくらい、(これはいりせさんだ)とシアラは思った。
そして、不意にかすむように実体が消え、気づいたときにはいりせがそこにいた。
何も言えないシアラの代わりに、鴉が言った。
「あんた飛べたのか」
「目立つので、あんまりやっちゃ行けないんです。ご主人様には内緒でお願いします」
いりせの言葉を聞きながら、シアラは肩を落とす。
なんか、つかれた。
「大丈夫か!」
上から声が聞こえた。見上げるとガードレールに手をついて、顔を出したゾートがいた。
それを見て、いりせが「大丈夫ですよ」と声をかける。
何はともあれ、なんとか魔力喰いは確保した。御厨の腕にはまっている腕輪をみるも、ときおりきらきら輝き抵抗しているようだが、結界が破綻する様子もなく、問題なく魔法が機能している。
鳥人間だか、ゾートだかはいつのまにか仲間になっているようだし。
一件落着と言うには気が早いのは承知だが、しかし。その一歩手前までは来ているはず。
「……どうやって、上にいこう」
ぼうっと、崖の上を見上げながら、シアラは気が抜けた顔で言った。
◇◇◇
結局、いりせが全員を崖の上に運ぶことになった。
内緒に内緒を重ねて等と言いながら、再び鳥の姿になったいりせは、シアラと鴉と御厨を難なくつかんで飛び、無事、道路にたどり着く。そして、道路で話すのはさすがにまずいと、先ほどの倉庫に向かうことになった。
御厨は鴉が背負っている。意識は戻らないが、呼吸は安定しているので、少し安心した。
三人はここまで車でやってきたらしい。運転はできるが実は免許を持っていないので内密に、といりせは念を押した。いりせの謎の多さに拍車がかかる一方だったが、シアラにはそれを突っ込む余裕などなかった。
「御厨さん……、病院とかに連れて行った方がいいかな」
「そうですね……大丈夫そうですけど、色々ありましたし。いったんお屋敷に戻ってから、ご主人様に相談しますね。確か病院に伝手があるはずなので」
シアラのつぶやきに、いりせが答える。
言い終わるのを待って、鴉が口を開いた。
「で、結局、お前を捕まえていた魔力喰いは腕輪に閉じ込められたってことか」
「そう。いまもなんか喚いてるけどね。こいつ自身は私の魔法を解除できないからこのままでいるしかないし、このまま調停員に引き渡せるわ。私が直々に調査しても良いけどね。散々お世話になったことだし」
シアラが説明しながら、腕をみた。腕輪は御厨の腕からシアラの腕に移した。一応、中にいることを確認するために、少し意識を繋げている。そのせいで、結構中でわめいている声が聞こえるのが少しうるさい。
(これで魔女集会の課題に役立つかもなぁ)
人体実験ならぬ、転移者実験とか。少しは母の鼻を明かせそうな気がしてきた。
(何事も実体験が一番ってね。かわいそうなところもあるけど、まぁ、御厨さんに色々やったことはゆるさないわ。そもそも腕輪に閉じ込めておけば、魔力もそんなにいらないはずだし、これなら飼えるかもしれないわね)
ふふふと笑うシアラを、ゾートがおびえた顔で見ていることを彼女は知らない。
そうして、一行は工場の敷地に足を踏み入れた瞬間だった。
物音と人影が複数、シアラたちを囲んだ。
「――何」
姿を現しているのは数名、しかし気配は軽く二十は超える。
(『力』の気配……!)
まさか、魔力喰いに仲間がいたのか。
シアラは鴉と視線を合わせた。真っ正面からぶつかるのは流石に厳しい。逃げるしかない。
シアラはステッキを構える。魔力はほぼないが、目くらまし程度なら出来るはずだ。目くらましをしている間に、鴉には御厨を連れて逃げてもらって――。
と、シアラが鴉に指示しようとした、その時だった。
「あれ‼立花さんじゃないですか」
いりせが嬉しそうに言った。
「いりせさん、こんにちは」
姿を現している人影の一人、――真夏にダークスーツでショートカットの細身の女性がこちらに歩いてくる。
シアラは首をかしげる。
タチバナ?というか、知り合い?
「立花さんがいるということは、ご主人様もここに?」
「ええ。主任もいますよ。皆さんご無事で何よりです」
「ほんとです~。よかった~」
「――ええと、すみません。お話中そのえっと、あなた方は調停者の方ですか」
和やかに会話している二人を見比べながら、シアラは声をかけた。
「はい。そうですよ、魔女、東儀シアラさん」
立花が答える前に、彼女の後ろから声が聞こえた。
シアラたちは声の方向を向く。声の主が歩いてくる。小柄で立花と同じようなスーツ姿――、ではない。
(いやまってアレって)
シアラは目を丸くした。
「――こんにちは、数日ぶりですね」
「由加賀……?」
どうみても、クラスメイトだ。胡散臭い笑顔がシアラを見つめている。
白い半そでシャツに黒のスラックス。スーツじゃない。何しろ、そのシャツのポケットにはシアラの中学校の校章が刺繍されている。あれは制服だ。
彼はシアラのつぶやきには答えず、ゾートを見た。
「貴方は転移者の――ええと、ゾートさんでよろしいですか?」
「あ、ああ、そうだ」
ゾートはためらいがちに答えた。
「今回の協力には感謝いたします。大変なご苦労をされたと思います。お互いに多少すれ違いはありましたが、本来、調停者はあなた方のような『意図しない異世界からの来訪者』の手助けをするのが仕事です。貴方のご協力をいただけるのであれば、我々の元に来ていただければと」
「……」
ゾートはちらりと鴉といりせを見た。鴉はその視線にうなずき、いりせは手を握る。
「……オレはどうすればいいんだ」
「まずはあなた様がどの世界から来られたのかを教えていただきます。この世界にもいかせるものもあるかもしれませんので、詳しく教えていただければと。それから、今後についてですね。今までは目くらましの魔法を使われていたとこのことですが、他にも方法はありますし、生活についても色々と。それらを相談してながらサポートしていくことになります」
「……わかった」
ゾートはうなずいた。由加賀もうなずき、
「いりせとも連絡はとれますよ。彼女は転移者としての先輩ですからね、色々と相談に乗ってくれるでしょう。彼女なら適任です。鴉さんその連絡は、主である東儀さんの意向次第ですか」
そう言いながら、彼はシアラに目を向けた。
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