第29話

「――鴉ッ」




 シアラは叫んだ。鴉は、シアラの目を見てから走り出す。


 間に合わない、それでも、魔力喰いの注意はそらせる。


 シアラも走った。そして、鴉に続いてガードレールを飛び越え、空中へ踊り出す。




「――死ぬ気か?」




 魔力喰いが言った。


 下を見ると結構な高さだった。結構崖っぷちだったらしい。そんなところから、ためらいなくジャンプだなんてキャラじゃない。少し笑えるなと思う。


 着地はいい。もう、鴉に任せる。ただ、シアラのする事は一つ。


 ステッキにありったけの力を込めて、魔力喰いの腕にはまった魔道具をひき寄せる。


 空中で、魔力喰いはバランスを崩し、シアラの方に引っ張られた。


 シアラは空中で、魔力喰いの右手にはまった魔道具をつかむ。


 魔力喰いが身をよじり、手を離さそうとするも、そんなこと許さない。


 消滅させることが出来なくても、別の策がある。




「あんたは、ここに入りなさい」




 つかんだ腕――ふれた魔道具に体に残った魔力を全て押し込む。疑似設定、生物。『力』。転移者。力のあるもの。器。


 魔力喰いは眼を見開いた。




「――押し込める気か」




「そう、あんたの新しい身体はこっち!!――御厨さんの体は返してもらう!」




 定義を押しつけることができれば、あとは一瞬だった。


 もともと相性がよくないのだ。


 『力』がない、『力』をためておく機能がない御厨の身体に魔力喰いはあわない。


 むしろ『力』のなじんでいる腕輪の方がよっぽどいいすみかだろう。




「じゃあね!」




 シアラはほほえんで、魔力喰いを押し込み切ったのを確認すると、残りわずかな『力』で腕輪に結界を張る。これで、魔力喰いは自力では外に出ることはできない。




 ――あとは。




 シアラは魔力喰い――御厨の顔を見た。一瞬だけ、視線が交わる。




(御厨さん)




 シアラは目を見開く。生理的反応か、それとも彼女自身の反応なのか。


 御厨ユキは一瞬、笑った気がした。




◇◇◇




 御厨ユキは覚えている。


 死ぬかもしれないと思った私を救ってくれた子がいた。そのことを忘れない。


 小学校の夏、近所の神社のお祭りに行った。あの神社のお祭りは有名で、お盆にやるから色んなところから人がある。お参りが終わって、屋台に行こうと姉と手を繋いで歩いていた。下へ降りる階段はやけに込み合っていて、半ばまできたところで、一歩も動けなくなった。なんでだろう。そう思っている間に気分が悪くなった。肩がやけに重く、頭ががんがんする。姉とつないでいた手も外れて泣きそうになった。どれくらいの時間人にもまれていただろう。死んじゃうのかな。そう思ったとき、朦朧とした視界に、少女が見えた。


 同い年くらいだったけど、同じ学校では見かけたことがない少女だ。


 彼女は白い浴衣を着て、空を飛んでいた。手に持った棒を必死に振っていた。そんなとき、何かの影が彼女の方に飛んだ。そして、そのまま彼女は影とともに消えた。


 何があったのかよくわからなかったが、彼女と影が消えた瞬間、肩の重さが消え、頭痛が消えた。それからすぐに、人が動き始めて、姉を見つけることができた。


 助けられたのだ。私はそう思った。


 元々、夢見がちだといわれていた。いつだって想像が好きだった。空想が好きだった。魔法だってこの世界にあるのだと信じている。だから、きっと彼女が私たちを魔法で助けてくれたんだ、と私は思った。


 私は周囲に「魔法少女に助けられた」といった。失笑もされたので、あまり言わなくなったけど。それでも私の心の中には感謝とあこがれが残っていた。


 私は中学校に進学し、ある日、通りすがった隣のクラスの教室の中に彼女を見付けた。


 長い黒髪を、下の方で二つに結んだシンプルな髪型で。なびくあの髪を見たことがある気がした。




「あの子って」




「あ、あれ?東儀シアラさんだよ、私と同じ小学校だったの」




 知ってる。だから、声をかけたのだ。その子は続けた。




「かわいいよね。でも少し変わってて。昔は魔法少女の真似してたって噂があるの。可愛いから、大きな声では言わないけど、変な子。なんか、家庭環境も複雑みたいで、最近は結構一人でいるみたい。――悪い子じゃないんだけどね」




 その言葉に、確信した。


 あの子だ。あの子に違いない。


 しかし、彼女はそのことを忘れたがっているのか。その話題を出すことは良くないように思えた。だから私は、彼女と普通に仲良くなりたいと思った。


 残念なことに一年生の時はクラスが違うし、合同授業も別で、彼女は部活にもクラブにも入っていなかったから、仲良くなる機会を作ることができなかった。


 二年生になって、やっと同じクラスになることができた。


 私はいつものように、学級委員になって、彼女と関わることができるポジションになった。


 しかし、問題はここからだった、


 彼女は逃げる。超逃げる。


 魔法少女の話どころか普通の話もできない。


 それこそ魔法みたいに逃げる。


 そのせいで一学期は事務的な会話くらいしかできなかった。


 不思議なことに、彼女は不快感とかそういうものではなく、純粋に逃げるのがうまいのだ。


 話をしていた、次の瞬間には話が終わってすぐにそばから離れている。


 クラスの中でも、一人でいたい子、というポジションで、友達がいないことか、そういう後ろむき存在ではないのだ。


 男子からは結構人気があって、告白するとかしないとかそんな話も聞くけど、振られる以前に告白できる状況に持っていくことができないとか。渡そうとした手紙は何故か消えてしまうとか、そんな変な噂ばかりだった。


 逆にここまでくるとコミュニケーションが得意すぎるのかもしれない。


 友人に相談しても、




「あんまりしつこいと嫌われるよ」




「猫みたいな感じだし。少しずつだよ」




 と説得される始末。


 そんなふうにして、一学期が過ぎ去ろうとしたとき、私は猫を拾った。


 死にかけた、それこそ死んだようなぐったりしたような猫。


 下校中、一緒にいた友達に「やめなよ」とまで言われたその猫は、私が近づくと小さく「にゃあ」と泣いた。


 生きている。まだ、生きているのなら。


 私は体操服で濡れた猫を抱えて、家に戻り、嫌がる母を説得して、無理やり獣医さんに連れて行ってもらった。




「大丈夫?そうですね。おかしいな、元気じゃないんだけど、思ったより元気……みたいな……。身体はつらいはずなんだけど……。でも、うーん……。とりあえず、ご飯をあげて、様子を見てください」




 獣医さんは妙に首をかしげていたが、最終的に薬を処方し、猫と一緒の帰宅と許してくれた。


 それから猫は、あまり活発ではなかったが少しずつ動くようになり、たまに外に抜け出す癖が残ったが元気になっていった。


 そして、ある時、数日いなくなったと思ったらとても元気になってびっくりした。




「なんか元気に見えるけど、体調良くなったの?」




 答えるわけのない質問をしながらよく見ると、鳥の羽が一枚、ひげに引っかかっていた。




「鳥たべたの?」




 狩りができるくらいまで元気になったなら良かったのかな、と思った。


 そうして夏休みに入ると、猫の脱走はより頻回になった。夏休みなので、散歩もかねて探しにいくが、なかなか見つからない。


 そんなとき、東儀さんと神社で出会った。


 うれしくなって話しかけたが、あまり反応は良くなく。


 勢いつけすぎたかなぁ等と思う。


 でも、一歩前進だ、猫のことも話題に出したし、少しずつ、話すきっかけができればそれでいい。


 しかし、それとは別に、妙に私も疲れがたまるようになっていた。夏バテじゃないのか、家族に心配されつつ、体調に気を遣って休むように心がけていた。


ある夜、目を覚ますと猫が枕元に座って、私を見ていた。




「どうしたの」




 そういいながら、手を伸ばそうとする、しかし、手が動かない。そんな私を猫が見下ろしている。


 猫の目だけが暗闇でらんらんと輝いている。




 ――怖い。




 猫をみて、初めてそう思った。


 その目は、ただ見つめているのではない、私が体を動かせないことを知っている。わかっていて、見ている。


 まるで、弱ったところを狩ってやろうとでも言いたげな瞳に、私は一瞬恐怖を覚えた。


 次の日、目が覚めると猫は再びいなくなっていた。心配になりつつも、どこかでほっとしている自分がいた。


 その日は登校日だったから、学校に行って。東儀さんに会って、話して、先生に呼ばれてそれで。




「体調悪そうだけど、大丈夫?」




 皆からそう言われて、大丈夫だよと返していて。教室に戻ると、もう東儀さんはいなくて。魔法少女のこと言ってしまったとか、二人に謝られて、良いよっていってそれで、気づいたら家に帰っていて。


 母はパートで、弟は友達の家にいっているらしい。


 どうやって帰ってきたんだっけ。


 私は頭を押させる。何も思い出せない。思い出せない。頭ががんがんする。




 ――私は。




「にゃん」




 後ろで鳴き声が聞こえた。


 振り返る。そこには猫がいる。私の拾った、可愛い、白い猫。


 猫。――猫のはずなのに。




 ぶわりと大きくなったような気配に、耳ではないところで何かが聞こえた。




 ――ここまでなじめば、少しはもつだろう。魔女を喰うには、もう少し体が大きくないとな。




 妙な声が聞こえた気がした。


 喰われる。そう思ったのが、最後だった。そこからは、暗闇だ。


 そして。




「――御厨さんを返してもらう!」




 ――暗闇の中、凛とした声が聞こえた。




 あの時、見た、魔法少女の姿が頭に浮かぶ。




 ――東儀さん。




 また、彼女に救われたのか。


 覆いかぶさるように自分の中で根を張るソレが消え失せる。


 無理やり目を開けた。視界に、ずっと追っていた人がいる。


 彼女はあの時もそうだった。必死の顔で、ただ、まっすぐ見ている。


 結局私は大事なことを彼女に言えてない。


 薄れゆく意識の中で、忘れないようにと心に刻む。






 ――ありがとう。それと、友達になりたい、って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る