第28話
地面が揺れ、シアラは立ち上がることができず、魔力喰いも壁に手を当ててどうにか立っている。
「こんなときに……」
魔力喰いはシアラを一瞥してから、息をつき、手に握ったままのシアラの髪の毛を眺めた。
「もらった分だけで我慢するしかないようだな」
つぶやき、振動が止まった瞬間に、部屋の入り口に向かって走り出した。
「!御厨さんの!体!」
シアラの叫びに魔力喰いは返事をせず、部屋から出て行ってしまった。
シアラは急いで後を追う。
◇◇◇
魔力喰いは思ったよりも足が速い。
(なめてた)
シアラは雑多な木材とよくわからない機械のようなものをよけながら、魔力喰いを追う。
魔力喰い自身が言っていたように、少し休んだことで酔いが醒めてしまったらしい。力を得たからか、御厨の体の扱いも『力』を喰ったからか、ふらつきが減っている。
「魔女!いるのか!」
「シアラさん!どこですか!」
そのとき、二人の声が聞こえた。
壁の向こう――たぶん外にいるのだろう。
「ここ!倉庫の中!外から追いかけて!たぶん外にでるから!」
シアラは叫んだ。魔力喰いはシアラを振り返るも、足を止めない。
態勢はこちらに有利になってきている。しかし、魔力喰いもあきらめるつもりはないだろう。
シアラは走る。息が切れる。無節操な考えが頭にどんどん浮かんでくる。なんでこんなにこの倉庫は広いんだろう。なんで使われていないんだろう。人がいればこんなところ使われなかったのに。走るのは嫌いだ。大嫌いだ。なんでこんな夏に。走らなきゃならないんだ。それで、なんで。
でも、一番嫌なのは他人を見捨てることだ。
――魔法少女の物語をたくさん見た。そのなかで、一番心に残ったのは誰かを救う存在だということ。母はよく、かっこいいとかわいいとか、そういうことばかり言っていたけど、シアラが見せられた魔法少女のアニメで気に入っていたのは、魔法少女が助けた人に「ありがとう」と言われる場面ばかりだった。
助けられた人が魔法少女に向かって「ありがとう」という。それをみて、魔法少女はどんなにぼろぼろでも、どんなにつらい思いをした後でも、たいしたことじゃなかったとでも言うように、うれしそうな顔で「よかった!」というのだ。
シアラはもう、魔法少女にはなれない。でも。それでも。
まだ、そんな場面を味わったことがない。誰かに正面切ってありがとうと言われていない。
――きっと御厨はそれを、言おうとしてくれていたのに。
「にがさない!」
魔法少女じゃなくてもいい、ただの魔女でいい。
誰かに必要とされない、変で怪しげで、ちょっと後ろ指を指される存在でもいい。
みんなに理解されなくてもいい。シアラが救えた誰かひとりにでも、ありがとうって言ってもらえたなら、それでいい。
そうだ。私は、ただ、誰かを助けて、ありがとうって言われたかった。
言われるために魔法を使いたい。無理だとあきらめた、でも、捨てきれない。だから、ここから離れられない。
魔法少女じゃなくてもいい。魔法少女みたいに、人を救う魔女になってやる。そのためには、ここで御厨を救わないといけない。
だから、シアラは走る。
途方もなく広く見えた倉庫だったが、壁が近づき、魔力喰いが体を翻した。
木材の向こう側。あそこに出口がある。
見失いそうになる。息が切れる。喉が渇いて、声がうまく出ない。それでも。
「鴉っ!外にでるから!だから!」
聞いているかわからない、でも、きっといる。
魔法少女の、いや、魔女の使い魔は魔女のそばにいるものだから。
シアラは叫んだ。
◇◇◇
魔力喰いが開け放ったドアの向こうに、シアラは飛び出した。
直射日光に焦げる思いをしながら、シアラは左右をみる。
倉庫の中は薄暗かったから、周りが明るすぎて目がなれない。
「魔女、無事だったか」
「シアラさん!よかった!」
シアラがまぶしさに足を止めると、横から鴉といりせの声が聞こえた。
振り向くと二人が駆け寄ってきた。――いや、二人だけじゃない。
みたことのある、鼠色のダッフルコート。どう見ても人間じゃない、鳥人間だ。
「と、りにんげん?どういうこと⁉」
「ゾートさんです!いろいろありまして大丈夫です、というか、シアラさん髪の毛が!」
「髪の毛は切られた。それ以外は無事――じゃなくて、早く追わないと!」
「あれか」
シアラの言葉に鴉は魔力喰いに目を向け、走り出す。
この倉庫はやはり人が少ない場所にあったようだ。すぐ後ろが山になっている。
山に向かって走っていく魔力喰いを、鴉が追う。その後ろからシアラといりせも追いかける。
走りながらシアラはいりせに言った。
「さっきの爆発って、いりせさん?」
「す、すみません、勝手にやっちゃって……でも本当に無事みたいでよかったです。あ、で、これ」
いりせは持っていたステッキを、シアラに差し出す。
走りながら、シアラはそれをつかんだ。慣れた感触に重さ。
――ステッキ、ステッキだ。
つかんだ瞬間、体になじむ感覚。これは、これが。
「よかった……」
「――おい、お前!」
鴉の声に顔を上げる。少し先、開けたところ。
そこは広い道だった。ガードレールの向こうに海も見える。街が一望できる場所。こんなところに連れてこられていたのか。
魔力喰いはガードレールを越えた。鴉が近づくことをためらい、シアラを振り返る。
シアラは鴉の横にならんだ。
ぬるい風が吹いた。
嘘みたいに青青として晴れわたった空を背に、魔力喰いは鴉、いりせ、そしてシアラと向き合う。
「魔女、どうする」
「――御厨さんの体を取り戻さないと」
鴉の小声に、小声で返す。
ゾートをみた魔力喰いは、特に驚いた様子もなく笑った。
「お前もいつか、喰ってやる」
「……」
魔力喰いの言葉にゾートは何も言わない。ただ、シアラに声をかけた。
「魔女、あいつは体――とりつき先がないと、この世界では生き延びることができない。今までは生気を『力』の代わりにしていたが、『力』を得た今は、あの体自体の生命活動が終わったものだとしても、問題がない」
「つまり、ここで捕まえないと御厨さんの体がヤバいってことね」
シアラの言葉に魔力喰いは揶揄するように笑った。
「本当は魔女の体をもらうのが一番の目標だったんだがな。でも、それはうまくいかなかったな。でも、力は十分もらった。当面は大丈夫だ。――この体は、馴染みきってはいないが、次の体が見つかるまでは、役に立つだろう」
「そんなの、ダメにきまってる!」
「じゃあ、お前に何ができる魔女。我を飼うか?世界がこの世界で生きるためには、『力』を喰う必要がある、でも、お前も他の魔女も、誰も『力』をよこす気なんてないだろう。飢え死にが見えている」
「……」
魔女の力を与える。シアラが与えるだけなら出来る。しかし、魔力喰いの必要とする『力』はシアラ一人でまかなえるものなのか。それに、言うがまま魔力を渡していけば、シアラが魔法を使うことが出来なくなるかもしれない。そんなこと、簡単にできるとは言えない。
ましてや、シアラ以外の魔女が魔力喰いに『力』を渡すなんてことをするわけがない。
魔女にとっても『力』は生命線なのだ。
「――お前からもらった分だけで、当面は生きていける。近づけば、身を投げる。体が持つかわからないぞ」
魔法を使って御厨を助ける。
でも、そのためには、幾つか行わないと行けないことがある。
シアラはステッキを握り直し、魔力を巡回させる。
その動きをみた魔力喰いはにやりとわらう。
魔力喰いが、地面を蹴る。御厨の身体が、後ろに飛んだ。
「間に合うものか、お前の中にある魔力は、我を消滅させるには足りないぞ。――これで、おさらばだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます