第27話
「魔女、お前の力がある程度馴染んだら、次はお前自身を喰う。そうすれば、髪だのなんだの、少しずつではなく、力そのものをもらうことができる。お前の体をもらう。そうすれば、『力』を自分で作ることも、使うこともできるようになる」
魔力喰いは続ける。
「お前の仲間の魔女も、喰う。魔女は何人いるんだ?一人二人じゃないだろう。全て喰えば、元の世界に戻ることが出来るかもしれない」
ぶつぶつと言いながら部屋を歩き回っていた魔力喰いがシアラに近づいた。
(やば)
シアラは体を硬直させる。縄を緩めていることに気づかれるかもしれない。
しかし、魔力喰いはシアラの腕には目もくれず、彼女の口に撒かれたさるぐつわを彼女の髪の毛ごとつかみ、引きづりおろした。
「痛っ」
髪の毛が抜ける感触。シアラは思わず、小声で悲鳴を上げる。
そんな彼女の様子には目もくれず、魔力喰いはシアラの顎をつかんだ。
「教えろ、この世界に魔女は何人いる。どこにいる」
そんなの、シアラだって知らない。
「言え」
「……わからない」
シアラは言った。
「私は未熟な魔女だから、ステッキがないと魔法が使えない。連絡も、できない」
「ステッキ。あれか。ここにはない。釣れるかと思って、ゾートに持たせていたが……そうか。お前はあれがないと魔法が使えないのか。どおりで釣れないはずだ」
初めて聞く名前だ。鳥人間のことだろうか。
「魔女。じゃあ、これはどう使うんだ?」
魔力喰いが御厨の制服のポケットに手を入れ、取り出したものをシアラに見せた。
――腕輪の魔道具。
やはり、腕輪は魔力喰いが持っていたのか。
「それはうまく使えない。ステッキじゃないとだめ。そうでなければあんなにステッキを探したりしていないし、あんたになんか捕まってない」
シアラが言うと、魔力喰いはシアラをじっとみた。魔道具がうまく使えないことは事実。
数秒後、つまらなそうに魔力喰いは目を閉じた。
「事実のようだな」
そう言って、魔力喰いは腕輪を面倒くさそうに眺めてから、右腕にはめた。
シアラはホッとし、腕輪を見る。あれさえあれば、道は開ける。
しかし、そのためには魔道具に触れないといけない。
(魔道具……か。そうか。髪の毛でも)
髪は魔力をためることができると同時に、魔道具の触媒にも使用される。しかし、負荷をかければすぐに消滅してしまうが。
(使うにしても、タイミングが……)
シアラが迷っていると、不意に腕輪が脈打つようにわずかに光った。そして、次の瞬間、シアラの身体から『力』が抜ける感覚があった。
魔力を喰われる時とは違う。不快感や違和感ではなく、魔法を使ったときのような感覚。
「……」
魔力喰いは光ったことに気づいていない。しかし、確かに光った。
(いりせさんが、魔法を使った……?)
この感覚は以前もあった。ステッキを盗まれた日。いりせがステッキを振ったとき。
――やっぱり、探してる。探してくれてる。
鴉には魔道具の腕輪を一つ渡してある、それを使っているのだろう。
シアラは深呼吸した。慌ててはいけない、自分がやることは変わらない。
(脱出の準備と、どうにか、御厨さんを助けないと)
「まぁいい。もうすこし休むか」
魔力喰いはそういうと、ふらつきながら、部屋の隅に向かった。
そして、積み重なった木箱の陰で、座り込み、瞳を閉じる。やはり、消耗が大きいようだ。シアラの魔力を『力』として摂取してはいるものの、それがなかなか馴染まないのだろう。今はまだ、シアラの方が魔力喰いより『力』を持っている。
シアラはそれを横目で見ながら、身をよじる。
腕のくくりは徐々にとれている。完全に取れてしまうと、気づかれてしまうだろう。手に縄がかかっている状態で、シアラは足の縄を緩めようと足を動かした。
とはいえ、すぐに逃げるわけには行かない。
魔力喰いは御厨の身体をもったままだ。そうなると、身体自体が人質のようなもの。隙を探らないといけない。
シアラは横たわったまま、魔力喰いをみる。魔力喰いは瞳を閉じているが、時折瞼がふるえる。起きている。ただ。目を閉じているだけ。
(魔力喰い自体も魔法が使えない訳じゃないんだよね)
御厨の体を操っているのも、これまでの経過から考えて、魔力喰いは魔法が使える。ただし、だいぶ消耗しているし、御厨の身体が『力』との相性がよくないから、大した魔法は使えていないはずだ。
改めてシアラは慎重に周囲を探る。結界やトラップの類はなさそうだ。
(コイツはさっさと私の魔力を喰うつもりだろうし……今のうちに)
シアラは地面に落ちている髪をみた。
髪は魔力を蓄えるもの。とはいえ、体自体にため込んだ魔力も存在するので、今はだいたい半分くらいか。髪の分を差し引くと、今はその少し下の三割。
(よし)
シアラは後ろ手で、周囲を探る。
(あった)
自分の髪の毛を慎重につかむ。シアラの髪は簡易のさらに劣化にはなるが、魔道具として使用できる。
(めくらまし程度なら、それでも、やりようによってはいける)
そのとき、魔力喰いが目を開いた。
「そろそろ落ち着いてきた。残りをもらうとするか」
ふらりと立ち上がり、シアラを見下ろす。
シアラは唇を引き結んで、魔力喰いを見上げる。
魔力喰いはまず、手につかんだままだった、シアラの残りの髪を口に運んだ。
燃えるように青く光りながら、それが御厨の口に消えていく。背中がぞわぞわするような、喰われる感覚。
ふいに、御厨の体から靄のようなものが立ち上がるのが見えた。
(あれが、本体)
魔力を喰ったことで、存在が増し、はっきりと見えるようになってきている。
魔力喰いは両手を伸ばした。右手にははさみを持っている。シアラはそれを、じっと眺める。
「さて」
魔力喰いがシアラの頭の後ろに差し入れ、髪を引っ張った。
「……ッ」
ぐいと引っ張られる感触。
(いりせさんが結んでくれたポニーテイル……)
あんなに綺麗に丁寧に結んでくれたのに。
「残りをもらうぞ」
はさみが動き、シアラの髪が再び切り取られた。シアラの頭が解放される。
瞬間。
(まってた)
まずは一本。『力』を電気に変えて流す。髪の毛から髪の毛へ、つかんだ髪の束にまで流れた電気に、魔力喰いは「ぐッ」と、うめき声をあげ、はさみを取り落とす。体を硬直させた魔力喰いをしり目に、シアラは体を起こす。シアラは自分の手足を強化し、拘束を解く。
そして、腕を地面について、勢いよく、魔力喰いの足を蹴った。
「てい!」
「うわっ」
(ごめん御厨さん!)
弁慶の泣き所に綺麗に蹴りが入った。あれはきっと、あとで青あざになる。そう思いながら、シアラはバランスを崩してふらつく魔力喰いの足をもう一度蹴りつける。
魔力喰いが倒れる。
「お前――」
シアラは何も言わずに、魔力喰いの左手に手を伸ばした。
腕輪に触れることさえできれば。
「御厨さんを、返せ!」
覆いかぶさるように、魔力喰いにつかみかかった。そのとき、
(この感覚――⁈)
先ほどと同じ、『力』が抜ける感覚。続いて、大きな揺れと音が響きわたった。
近くではない。でも、遠くでもない。いりせが魔法を使ったのだろう。助けがきたのだ。ただ、タイミングが悪かった。
「くっ」
シアラはふらつき、魔力喰いに伸ばした手が空を切った。そのまま、勢いを殺しきれず、壁にぶつかる。
その隙に、魔力喰いは身を翻した。
「――」
魔力喰いは周囲を探るように視線をむけて、身をかがめ、シアラから距離をとる。
「ま、待て」
シアラはふらつきながら立ち上がる。
このまま行かせるわけには行かない。御厨の体を取り戻さないといけない。
(このままだと、御厨さんの体が……ッ)
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