第26話

 鴉は自身の腕にはめた腕輪と持ったままのステッキをみた。


 これがあれば、シアラは魔法が使える。自分には使用できない。しかし。




「いりせ。お前はシアラの魔法を使えるか?」




 鴉は、彼女に問いかけた。


 いりせは鴉をみた。


 そして、彼の持つステッキを。彼女は少し黙ってから、口を開いた。




「私は、私にはできます。それをしなかったのは、それが約束だから。それをしないことでしか私はここでの存在を許されない」




 いりせの言葉にゾートは視線を逸らす。


 そんな二人を鴉は何も言わずに見つめた。


 異世界から流れてやってくる。その状況は鴉にはよくわからない。


 鴉にとって、世界はここだけだ。確かに変なこともある。驚くこともある。しかし、もともとここは鴉の世界だ。


 鴉がしてはいけないことは存在しない。


 しかし ゾートもいりせも、異世界とやらから来たという。異世界は話を聞く限り、様々な常識や形があり、この世界とは違うところが多いらしい。


 望んできたわけではない。勝手に連れてこられたのだという。


 だからこそ、彼らはここで生きるために何かしらの想いを抱えている。




(だが、それをいうならシアラもだな)




 あの未熟な魔女見習いも、鴉と同じようにこの世界で生まれ育ったものだ。しかし、彼女は様々なものに縛られている。


 それを鴉は支えようと考えた。


 だから、そのために、力を借りる必要がある。




「いりせ」




「――でも、かまわないんですよ。私はシアラさんを救いたい。私が今まで行わなかったのは、それをしないほうがいいと考えたから。でも、私はしたほうがいいと思った、だからいいんです。私はあなたの、あなたとシアラさんの力となりましょう」




 いりせはつぶやくように言って、手を伸ばす。


 鴉の持ったステッキを、いりせはつかむ。


 鴉はいりせがステッキをつかんだ瞬間。何か大きなものが動きているような、自分がすりつぶされているような感覚を感じた。


 半そでから出た己の腕をみれば、総毛だっている。


 殺意ではない。悪意でもない。憎しみでもない。害意あるものではない。なのに。


 本能的な恐怖、とでもいえばいいのか。




「――私はこれを使うことができます。危険は承知です。でも、今使わないと彼女がもっと危ない。だから」




 いりせは呆然とした鴉ににこりと微笑んだ。




「行きましょう。シアラさんが待ってます」




◇◇◇




 魔力喰いがシアラの髪を一本つまみ、口元に運ぶ。舐めるように髪を眺めてから、口を開く。魔力喰いが喰らうごとに、シアラの体から、魔力が失われていく。味わうように閉じていた瞳を開け、魔力喰いは笑った。


 シアラはそれを見つめていた.




「……もう少し摂取できれば、元に戻ることができそうだな。だが、やはりだいぶ癖がある。消化に時間がかかるな」




 嬉しそうに笑った直後に、魔力喰いは発作を起したように顔を手で覆った。魔力喰いの影が揺らぐ。


 魔力がかみ合っていないのだ。――いや、そもそも御厨の身体には『力』を蓄える機能はない。『力』を蓄えておく場所がなければ、『力』がなじむ存在でなければ、『力』は使えないはず。


 つまり。




(今『力』を取り込んだのは、御厨さんの体ではなく、あいつの本体……か。御厨さんの身体というよりも、魂というか……生気を覆って、取りついている感じかな)




 この世界にやってくる転移者の中には、意思を持った『力』だけで存在するものもある。


 幻獣や、妖精。わずかなりとも、異世界からきたものや『力』のあり方でそのような存在もある。


 だが、その場合は実体に干渉したり、視認できるほどの『力』を持っているはずだ。そうでなければ、この世界に転移してきた直後に消滅してしまう。しかし、魔力喰いからはほとんど『力』を感じない。これは御厨の生気に取りついているというのもあるだろうが……。




(思ったよりもこいつ、限界が近かったのかも)




 御厨の体を使っているのも、そうしないとシアラの髪を切り取ることができないから。


 そうなると、『力』を蓄えるのにも時間がかかるだろう。




(逆を言えば、そこさえクリアされてしまうと、私は丸ごと喰われちゃうってことか……)




 そうシアラが一人ごちる。




「やはり、『力』はすぐには戻りきらないな」




 魔力喰いはつぶやいた。




「なじむまでに時間がかかる。まぁ、調停者も撒いたし、一日もあれば大丈夫だろう」




 魔力喰いの言葉にシアラは唇をひいた。


 御厨が最近やけに憔悴――というよりも生気を失いつつあったことに、シアラは気づいていた。なのに、魔力喰いに結びつけることができなかった。ステッキを無くしたことに気を取られ過ぎていたのだろう。


 確かに、そうそうあることではないが、魔女としての観察眼のなさを露呈している。悔しさが強い。


 シアラは深呼吸した。


 今、悔やんでも何も変わらない。自分に出来ることを整理する。




(大して出来ることはないけど……)




 魔力喰いは調停者のことを気にしているようだが、鴉、いりせのことは考えていないようだ。魔力喰いは彼らがシアラを探す可能性を失念しているのかもしれない。


 出来るだけ、長く生き延び、助けを待つ。または隙を見て逃げる、もしくは反撃する。


 それだけではない。御厨の体も心配だ。完全に乗っ取られているわけではないようだが、それでも長期にわたれば、何かしらの悪影響がでるかもしれない。何しろ生気を奪われ続けているのだ。身体も心配だが、精神にも負担がかかっているはず。彼女を救う手立ても考えなければいけない。


最後まであきらめるわけにはいかない。


 シアラは魔力喰いを観察しようと、視線を向ける。


 シアラと魔力喰いの目が合った。




「お前ら魔女はいいな。この世界になじんでいる。転移してからも生き延び、何世代もつないだんだろう。単体で世代をつなげるのか?そうなるように調整したのか?それとも最初からそのように組み合わせがよかったのか?偶然同じ世界からこの世界に何体もやってくることができたのか?この世界は元の世界とは違う。魔力の形が違う、こんなつかめない存在の魔力なんて、食べることもできない」




 交換転移、理不尽なこの世界の機能。


 魔力喰いがこの世界に来てしまったということは、魔力喰いと交換で彼の世界に行ってしまった存在があるということだ。魔力喰いの知性から見て、対象は人間だろう。交換転移は基本的に同程度の知生体同士で起こる。




(誰かも全く分からないけど……)




 転移先がどんな世界かもわからない。シアラにはどうしようもできない。


ただ、ここにきてしまった転移者。ここで魔力を喰う――生きるためにあがく魔力喰いは、この世界では外来種だ。それも、この世界の固有種に対して悪影響を与えてしまうような、危険極まりない捕食者。侵略的外来種。


 このまま、好きに喰わせて放置するわけにはいかない。




「なぁ、なんでこの世界にやってきてしまったんだ?なぜなんだ?」




 ぶつぶつと先ほどから魔力喰いの言葉が止まらない。シアラが目を覚ましてから、ずっと


話し続けている。まるで、酔っているように。


 そう考えて、シアラは気づいた。




(もしかして、私の魔力に酔ってる?)




 可能性がなくはない。『力』といっても、世界が変われば定義や種類は異なる。


 魔力との相性や組み合わせによっては、そういう作用があると聞いたことがある。どこまでそれがシアラの救いになるかはわからないが、無いよりはましだ。


 シアラは縛られた両手を小さく動かす。魔力喰いの動きには隙がある。御厨の体がなじんでいないから細かいことが難しいのだろう。シアラを縛った縄も、すこしずつ手を動かせば、徐々にではあるが、緩んできた。


 あくまで、魔力喰いに気づかれないように、ことをすすめなければいけない。


 シアラはできるだけ小さく、手を動かし続ける。


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