第25話
「お前のいう、『魔力喰い』はどんな姿をしている」
「そいつには肉体がない。今は『猫』の皮をかぶっていたはずだ」
鴉は嫌な予感がした。猫、猫か。最近御厨という娘と一緒に話題に出ている。
「その猫は人をだますことや操ることはできるのか?」
「そうだな」
ゾートは少し肩をすくめた。
「どの程度までかは、きっと人との相性によるだろうが、この世界の人間も十分に操れるはずだ」
「『猫』の皮をかぶっているといっていたが、そいつは『人間』もかぶれるのか?」
「かぶれなくはないはずだ。だが、小さいもののほうが動かしやすいといっていた。そもそもあいつの目的は魔女の『力』というよりも魔女の肉体だ。肉体を喰うだけじゃない。魔女の皮をかぶるのが一番の目的なんだ。魔女の肉体であれば、自分で『力』を生産することができるらしいからな、あいつにとっては一石二鳥だ。魔法が使える分、喰うのは大変だろうがあいつにはほかに生き延びる方法がないようなものだから、全力で挑むだろう」
「……なるほど、早く見つけたほうがいいようだ」
鴉は小さくつぶやいた。藤峰がどうこう言っている場合ではない。それこそ、そいつがシアラを喰ってしまう前でないと。シアラが取り込まれた後では、もう遅い。
「ゾート、そいつの隠れ家について心当たりは?」
「オレが知っている限りでは、あいつは人の家を行き来していた。だが、――」
「調停者に見つかった……」
黙っていたいりせが小さくいった。
「そういうことだろうな、わからないが……」
ゾートは言った。
「いつもあいつからオレのところにやってくるから、オレはあいつがどこにいるかわからないんだ」
「それじゃあ、いまどこにいるかもわからないんですね?」
「ああ」
ゾートの言葉にいりせは下を向く。鴉はそんな彼女を見つめ、口を開く。
「いりせ、頼みたいことがあるんだが」
◇◇◇
頭が痛い。まず、浮かんだのはそんなものだった。
シアラは薄く目をあけた。見えるのは薄暗いコンクリートの床と、積まれた木材。黒い糸のようなものが地面に散らばっている。
横向きに倒れているせいで右ほおが地面にふれ、床の埃っぽさにせき込みそうになる。体を動かそうとするも、両手首、両足首を縛られ、口にはさるぐつわ。体を起こすことができない。
(確か、私は)
アパートの前で、御厨にあった。そして、気を失って。それから。
ここはどこだ。
耳を澄ましても、虫の音以外の物音は聞こえてこない。
ここはどこかの倉庫のようだ。暗く、蒸し暑く、よく見ると壁の端に雑草が生えているような。
今は使われていない。そして、人も近寄らないようなところなのだろう。
(さらわれた)
腕につけていた魔道具が消えている。ズボンのポケットに入れたはずの携帯も、無いようだ。
妙に体が重い感覚があり、頭痛もひどい。
(魔法を使い過ぎたときみたい)
そう考えてから気づいた。地面に落ちているのは、シアラの髪の毛だ。髪は古来より、『力』の定着が良い。魔女のたしなみとして、長い髪に魔力をため込むのは常套手段だ。
(意識を失っている間に、髪を切られて、魔力を奪われた、ってところかな……。なるほどね、ここに来て魔力を奪う転移者が出てきたってコト)
藤峰の言っていたAとは、このことなのだろう。すぐに検討がついた。母に夏休みの宿題と言われたのが遠い昔のようだ。まさか、本当にそんな連中を行き会ってしまうだなんて、自分はだいぶ運が悪い。
魔女と呼ばれ、連れ去らわれた。御厨は巻き込まれたのか?シアラのせいなのか、それとも。
(御厨さん、どこかにいるのか)
横たわったまま、シアラは視線を動かすも、見当たらない。もっと見えるような角度はないかと身動きした瞬間、脚が壁際の木材にあたり、倒れた。
その音にシアラが、びくりと身をすくませる。
「起きたようだな。魔女」
声が聞こえた。
シアラの頭の上の方から、きしむような音が聞こえた。必死に上を見上げるように体を動かす。そこにいたのは、御厨――の姿をした何者かだった。目がうつろで、光がなく、体に力が入っていないように見えるが、気を失う前に見たときよりは元気に見えた。
「……」
「少し、落ち着いてきた。――魔女、また、髪をもらうぞ」
御厨の姿をしたものは、シアラに近づく。一歩、一歩。
シアラが見ている間に、そいつはポケットに手を入れる。そして、やけにかわいらしい、こんな場所には似つかわしくないファンシーなハサミを取り出した。御厨のものなのだろう。
「――ただのはさみだ。まだお前は殺さない。殺したら、『力』を喰えなくなる」
きらりと輝いた金属質のはさみに身の危険を感じ、身をよじったシアラに、なだめるように言った。
「この世界の『力』は元の世界の『力』とはあり方が違う。こんなに形のない『力』ばかりの世界ではまともに喰うこともできない。お前たちのような『魔女』でないと、まともに『力』を喰うことができない。だが、喰えさえすれば、それでいい。最初はステッキさえあればそこから『力』を奪えるとおもったのだが、さすがに魔女を舐めすぎていたな。『力』のありようが異なっても、さすがに使いこなすものくらいいるか」
御厨の声、それに何かが重なっているように聴こえる。
(私――)
喰われるのか。
シアラが青ざめていると、そのものは、彼女の頭上にかがみこんだ。
光の逆光。シアラは汗で塗れているが、御厨の顔は汗一つ書いていない。
はさみを持った手とは逆の手がシアラの頭に伸びる。
「んん!」
シアラは身をよじる。
「やはり、力が馴染まない身だから、すぐにとはいかんな。今の状態ではお前に克つことができない。お前の『力』を取り入れて、それからでないと、意味がない」
「ん、んん」
『魔力喰い』はシアラの髪をつかんだ。いりせに結んでもらった長い黒髪が引っ張られ、頭皮に痛みが生じる。いりせに結んでもらった。さらさらで気持ちがいいですね、と、言われた髪の毛。
ジャキン、と金属が触れ合う音がした。
シアラの髪が一束、切り取られた。引っ張られていた頭皮から痛みが消える。わずかに軽くなった頭に、シアラは喪失感を覚える。
「お前があんなやつらに絡みさえしなければもっと早く手に入ったのに」
鴉のこと?いりせ?藤峰?
「あの力のあり方は恐ろしい。だが、お前さえ食べてしまえば、飢えは収まる、だから――」
『魔力喰い』は切り取ったシアラの髪を舐める。光のない目を、シアラは見上げるようににらむ。そして、髪を喰った。口に入ると同時に、青く燃えるように髪は消えていく。
シアラは魔力が奪われるのを感じた。体が冷え、疲労感が全身を襲う。
(ぐ……)
不快だ。背筋をなぞるようなお怖気が走る感覚に、シアラはさるぐつわを強くかんだ。しかし、視線だけは外さない。
ふと、魔力喰いの身体がぼやけて見えた。かみ合わないような感覚。
魔力喰いは御厨を全て奪ったわけじゃない。なじみ切っていないのだ。だから、きっとまだ御厨はそこにいる。そんな気がした。
御厨の体で好き勝手しやがって。でも、今の自分にはどうしようもできない。
助けてもらうことができれば。
――こんなときなのに、シアラは少し笑いたくなった。
一か月前は、助けてほしくても、誰の顔も浮かばなかった。なのに、今は違う。
鴉、いりせ。顔は知らないけど、藤峰。
すぐには無理でも、それで彼らは絶対にシアラを助けようと動いている。
それを信じることができる。
(私は私のために戦う。だけど)
その強さに、彼らを含めてもいいはずだ。
――そういうことを思える人がいる。それがこんな時なのに、無性にうれしかった。
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