第24話
「――鴉さん」
鴉が屋敷の玄関を開けると、いりせがすぐに顔をだした。青ざめ、眉が下がり、落ち着きがなく、両手を握ったり開いたりしている。
当然か。焦る声に、落ち着かせるよう、視線を合わせる。
「あいつとの連絡は?」
「あれから何度かかけましたが、シアラさんの携帯はかけてもつながりません。あちらからも、特にメールもメッセージもきていません」
「藤峰との連絡はどうだ」
「電話はつながりません。メールは送りました」
「そうか。そうなると、やはり、さらわれた可能性が高いな。鳥人間は何か言っていたか?」
「いえ……シアラさんが今どこにいるのかは知らないとだけ……」
鴉といりせは奥の普段倉庫のようになっているという部屋に向かった。ドアをあけ、電気をつける。
「――まぶしいな」
部屋の中央には鳥人間が拘束されていた。帽子とマフラーを外し、鋭い猛禽類に似た顔をさらしている。
「お前の話を聞かせてもらうぞ」
鴉の言葉に鳥人間は何も言わずうなずいた。
「――で、お前は、異世界人でいいんだな?」
「ああ」
「名前は」
「ゾート」
「発音できるような名前でよかった。で、俺たちにつかまった理由はわかっているな?」
「その女」
鳥人間――ゾートはいりせを見上げた。
「そいつから奪ったステッキとやらのせいだろう。さっきその女にも聞かれたが、オレは魔女の居場所については知らないぞ。以前、確かにオレはこの屋敷に近づいたが、それ以降は近づいてもいない」
「そうか。だが、お前はお前一人でステッキを盗んだり、偵察にきたりしたわけではない。誰かと手を組んでいたんだろう?俺たちはその組んでいた相手のことが知りたいんだ」
鴉は続けた。
「何か知ってることがあるはずだ。それを教えろ。それが魔女を探す手がかりになるかもしれないからな」
鴉は言いながら、眉をよせた。藤峰――調停者と連絡が付き次第、尋問などはそいつらに任せようと思っていた。こういうのはプロに任せた方が確実だと考えたからだ。しかし、まだ彼らとは連絡が取れていない。シアラがさらわれたなら、一刻も早く探さないといけないが、相手の狙いすら鴉たちはわからないのだ。シアラの居場所を探すにしても、闇雲に探すよりも、このゾートから何かしらの情報を得てからの方が良いだろう。
しかし、そう簡単に情報を吐くだろうか。
相手が拒否したら、どんな方法を使ってでも吐かせる――そういう手もあるだろうが、やるとすれば、鴉がやるほかない。
嫌な気分だな、鴉が思ったとき、ゾートは顔を上げた。
その目がまっすぐ鴉を見た。
「オレが知っていることを全て話すのはかまわない。ただ、見返りがほしい。そんなことを言える立場ではないことはわかっているが」
「見返り?」
「今から話すやつを倒すか、捕まえて欲しい。オレの仲間――オレと一緒にこの世界にきたやつがあいつに喰われたんだ。オレではあいつを倒せない。あいつを倒すのだけがオレの頼みだ。そのためになら、力を貸す」
鴉はいりせと目をあわせた。
鴉もいりせもゾートの今後についての決定権は持っていない。だが、藤峰の話を聞く限り、ゾートの頼みはこちらの行うつもりのことに入っている。
「……わかった。俺たちがどうこうするわけじゃないが、どうせ、こっちもそういう話になっている。お前から聞いた話は有効的に活用させてもらう」
「そうか……」
ゾートは安心したように息を吐いた。そして、再び口を開いた。
「――転移者は世界になじめず苦労する。半年前、オレたちがこの世界に来てしまったときもそうだ」
転移者が来たということは同時に、この世界からも誰かが異世界に行ってしまったということだ。鴉は見ず知らずの誰かのことを一瞬考えた。
「そんな時に、先人――先に転移していたものに助けられた。そいつらはオレたちより少しだけ早く来たと言っていた。そいつは『力』が使える存在で、オレたちこの世界について教えてくれた。そこまでは良かったんだが、『力』を持つ方は、その見返りを求めた。払えなければ喰うと言われて、オレたちは従っていた。言葉や外見を偽ることは、あいつから教わった。それについては感謝している。ただ、……見返りがな。最初はたいした見返りじゃなかった。徐々に要求が増していき……」
ゾートは少し口調を落とした。
「結局なじめなかったんだ。オレたちはまだ良かった。外見が目立っても、それ以外はまぁ、食とかには困ることはなかった。金はないから多少乱暴なことはしたが、その程度だ。しかし、『力』を持つ方は、『力』を喰わないと生きられない存在だった」
「『力』を喰う……魔力喰い……」
いりせはつぶやいた。
「知っているのか」
「ええ。転移者の中には『力』を食料とする者がいます。『力』は普通の人間の生気で欠片は得られますが……あまり食に適しません。シアラさんが狙われるのは、まさか」
「そうだ。魔女はこの世界でも有数の『力』の保持者。人間は喰っても殆ど意味をなさないが、自分たちで『力』を保有し、生成できる魔女は恰好の食料だ」
ゾートの言葉に鴉は眉を寄せた。
「じゃあ、そいつはシアラを喰う気なのか」
「そうだ。最初にステッキを奪おうとしたのは、そこから『力』を引き出すか、それを利用して魔女をおびき出すためだ。なんとかステッキを手に入れたのはいいが、結局ステッキには保護の魔法がかけられていて、そこから『力』を吸い取ることもできず、魔女は調停者の管轄に入ってしまった。だから、そいつは困った。オレに屋敷を探るように言ったのもそいつだ」
平坦な声でゾートは言った。鴉といりせは何も言えなかった。
「ステッキを盗んですぐ、あいつは腹が減ったとオレの仲間を喰った。オレたちも大した『力』は持っていないはずなんだが、思ったより飢餓が増していたらしい。――もう、あいつは喰うためになんでもする」
「だから、さらったのか」
「魔女ごと喰っちまえばいい。そういう話だ。オレは『力』を喰わないからわからんが、あまり良くない状況だろうな」
「ステッキはどうしたんだ」
「オレが持っている。どうせ使えないものだしな。自分で持っているのが危険だと思ったんだろう。魔女に渡すなとだけ言われているが」
なるほど。鴉は思った。
ステッキを追っても、こいつに行きつくだけ。そちらに注意をひきよせ、肝心の『魔力喰い』は陰から本命の魔女であるシアラを狙う。
「ステッキをよこせ」
「コートの内側だ」
ゾートと視線を合わせた。敵意も殺意もない。
鴉は縛ったままのゾートに手を伸ばし、コートの内側を漁った。――あった。固い、棒状のもの。内ポケットからそれを取り出す。
緑に金、白に、桃色の宝玉のついたステッキ。確かに自分がシアラから奪ったものだ。
鴉はシアラのステッキを奪ったときのことを思い出す。
シアラの部屋の近くの電柱で二羽の鳥が話していたのを偶然聞いたのだ。自分たちにはわからないが、すごく力のあるものらしい。面白いものなのだろう。等と。
だから。
「手順が狂ったせいで……あの娘、は救われたんだろうな」
ぽつりとゾートは言った。
ゾートたちにステッキを奪われていた場合、シアラは鴉ともいりせとも知り合うことなく、ひとりでステッキを探すことになっていただろう。確かにそうなれば、もっと早くに『魔力喰い』につかまっていたはずだ。だが、彼女は鴉が彼らの前にステッキをうばったことで、いりせと鴉に出会った。だが、代わりにゾートの仲間が喰われてしまった。
確かに前向きにとらえれば、彼女は幸運だったのだろう。
でも、今はその幸運から離れている。
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