第23話
『それは、その……私たちが、勝手にかばってしまったんです。シアラさんの友人が、ご友人になれるかもしれない人が関係していて。まだ、その調査段階であったこともあって、余計な心配をかけるべきではないかと……ご主人様も相手に気づかれずに調査を行うことができていましたし……でも、その方が行方をくらませてしまって』
「そいつの名前は」
『御厨、ユキさんです。彼女が、関わっていて、それで――その、シアラさんに知らせずに片を付けようとして……すみません。シアラさんはステッキもなくしているし、無理をされてしまっては危険かと』
「ああ」
鴉はうなった。
あいつは魔女になると決めた。そのためなら、なんでもしてやるといった。確かにあいつは未熟だが、守るよりも支える存在だ。少なくとも、鴉にとっては。
しかし、藤峰やいりせからしたら、彼女は守るべき存在なのだ。
だが知らなければ身も守れない。その齟齬がこれか。
電話越しの小さな嗚咽の声に、鴉は目を細めた。視界の隅に、見覚えがある色が通った。
壁に身を隠し、見つめる。相手は鴉の存在に気づいていないようだ。
「――少し待て。――最初の鳥人間は結局Bでいいんだな」
『はい、そうですけど。え、あ、鴉さん――?』
いりせからの電話を繋げたまま、鴉は視線を動かした。
鳥人間――ステッキを持ち去った転移者がいる。
季節外れの厚着、くすんだ灰色のコートに目深にかぶった帽子。首にマフラーを回し、顔を隠している。帽子は以前見たものとは違うものだ。やはり、先日屋敷に偵察に来ていたのは鳥人間だったらしい。
やつはB。つまり、『力』を扱わず、人間だけで対応できる。とすれば。
鴉は呼吸を押し殺すように心掛けながら、近づく。
周囲に鴉と鳥人間以外はいない。人目もない。
(ここで、捕まえるか)
鳥人間は、シアラをさらってはいない。しかし、関わりがあるならば、シアラをさらった――かもしれないもののことを何か知っているはずだ。シアラの安否がわからない今、ここで逃す手はない。
足音を立てずに近づくも、鳥人間は鴉に気が付いた。表情が読めない。
ただ、空気はかわった。
「――」
「ひさしぶりだな」
鴉が笑う。
二人は同時に動いた。
「くッ」
鴉は走る鳥人間の行き先を見る。
奴の瞬発力は侮れない。初回も時も、二度目も、一歩目の早さで引き離された。
(同じ鳥とはいえ、あっちは地上派なのかもなッ)
しかし、鴉にもやりようはある。
「今だッ!」
鴉が声を上げた。
走る鳥人間は右手側のビルのコンクリートの外壁に近づき、脚を踏み込む。空を走るように、身体が浮き上がる。とんでもない脚力だ。そのまま奴は小さなでっぱりに足をかけ、上に逃げる。しかし。
「ぐッ」
うめき声。バランスに秀でたやつの動きを阻害するように、木にとまっていたカラスの五羽が奴の周りを囲む。
危うく、落ちそうになったところを、窓枠をつかんでぶら下がるも、カラスたちが囲み、羽ばたきとクチバシ、脚の爪で手と顔に接触する。
動きが止まったところで、鴉は追いつき、声をかける。
「降参するなら、少しは口添えしてやるぞ。うちの魔女はだいぶぬるいからな。――調停者の方は知らんが」
「……くッ」
一瞬の逡巡。鳥人間はちらりと鴉を見下ろしてから、手を放し、地面に着地した。
飛びすがっていたカラスたちに鴉は首を振り、待機させる。
壁際まで追い詰め、胸元をつかむ。逃がす気はない。連絡もさせてはいけない。
「もしかして、言葉わからないのか?」
いやでも、いりせと話ができていたのであれば言葉は通じるのか。
黙り込んだ鳥人間に鴉がつぶやくと、
「……そういうわけじゃない」
鳥人間は首を振る。そして、
「取引がしたい」
ぽつりと鳥人間は言った。
◇◇◇
鴉は鳥人間の投降の直後、彼が逃げ出さないよう屋敷まで連れて行き、いりせに事情を説明した。鳥人間はシアラの行き先は知らないといったため、鴉は見張りをいりせに任せ、シアラのアパートに向かった。その時点では、シアラと連絡がつかないだけの可能性も考えられたからだ。
鴉がアパートについたとき、周囲には誰もいなかった。ここに来るまでの間にシアラを見かけることもなく、携帯を見ても彼女からの連絡は入っていない。鴉とすれ違って待ち合わせ場所についたとすれば、それはそれで連絡があるはずだ。つまり。
(やはり、さらわれたのか)
シアラの部屋のドアは鍵がしまっていたため、周囲をうかがっていたところ、鴉に気づいたアパートの大家が声をかけてきた。以前顔を合わせていたことが幸いした。
大家に適当な言い訳をして、鴉は鍵を借り、部屋に入った。特に乱れた様子もない。さらわれたにせよ、ここで大立ち回りをしたということはなさそうだ。大家はシアラが来たことも見ていないといっていた。
鴉はいりせに電話を入れた。
「あいつはいない。いまから屋敷に戻る」
鴉の言葉に、彼女は震える声で是と返事をした。
アパートを見渡し、ため息をつく。鴉がシアラのアパートに来るのは二度目だった。いや、三度目になるのか。部屋は特に荒れた様子もない。少なくとも、シアラはこの部屋でさらわれたのではないようだ。
(一人で行かせなければ良かったのか)
鴉は部屋を眺めながら思った。シアラは魔女とはいえ、今は魔法の使用が制限され、ほとんどただの十四歳の人間に過ぎない。
鴉からみれば馬鹿らしいような人間関係に悩み、ためらい、悲しむ。友達が欲しいと顔にかいてあるようなものなのに、近づかれると怖がり逃げる。
屋敷ではいりせになつき、髪の毛を結ってもらった後はそわそわと鏡を覗き込み、ご飯を食べては幸せそうに笑う。
鴉とシアラの間には使い魔と主という何らかのつながりがあるらしいが、正直鴉にはあまり実感できない。しかし、言われてみれば、彼女が困っていれば一言言いたくなるし、思った以上に彼女のことを気にかけていたようだ。
鴉は小さくため息をついた。
なんにせよ、早く見つけなければ。
鴉は、アパートからでて、外階段の下で心配そうに、こちらをうかがっていた大家に声をかけた。
「シアラちゃんの忘れ物は大丈夫?」
「大丈夫そうだ。ありがとう」
「そう……ならいいけど。今暑いから気を付けてね」
鴉の言葉を疑いもしない様子で、大家は言った。
「あの子は、すごく真面目で、いい子だからねぇ。お兄さんみたいな大人がついててくれるなら私もうれしいわ。あの子、貴方の家にいくの?」
「その予定だ」
「そう……」
大家は小さくうなずいた。
「あの子の母親は、私はそんなに知らないけど、あんまりいいひとじゃあないみたいね。もう、ここ最近私は様子をみてないし……」
「……」
「それでも、子は育つ、あの子のように、まっすぐに。私もこう、何かできたわけじゃないけどね」
大家の言葉にうなずいた。シアラは確かに一人だ。しかし、それでも周りには人がいるし、助けがある。
そして、その助けはこれからも増えていくべきだ。
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