第21話
「そういえば、……結局、ここにきてから一切藤峰さんの姿も見ないし、最近連絡もないし、あの人どうなってるの?そろそろ挨拶の一つくらいはしたいんだけど……。鴉は見た?」
「見てない」
「私の監視をしてるんだったら、顔見たことくらいありそうだけど……。いりせさん、何か知ってますか?」
「え、あ、えーっと。ご主人様は――」
いりせが言いかけた瞬間、電話のコール音が聞こえた。屋敷の固定電話だ。
「あら、だれでしょう?」
「私出ようか?」
シアラが聞くと、いりせは首を横に振った。
「ちょっと行ってきますね」
いりせはそう言い残し、部屋を出て行った。
シアラと鴉が、それぞれに与えられた携帯電話を触っていると、いりせは戻ってきた。
「すみません、席を外してしまって」
「私たちはいいけど、なんだったの?」
「ご主人様からでした」
「わざわざ固定電話に?」
シアラの言葉に、いりせは何かためらうような顔をした。
「どうかしたの?」
「いえ、ええと、その。今の連絡でご主人様から、目標のレベルが上がった、との話がありまして」
「目標のレベル?」
「はい、以前お話ししたように今までは、B。つまり、危険度としては人間で対応出来る範囲という話でした。なので、シアラさんと鴉さんだけで対応していただいていました」
「うん」
「それが、A。つまり、人だけでは対応しきれないレベルが関わっている可能性もあると」
いりせの言葉にシアラは眉をひそめた。
「そうなると、藤峰さんたちも動くの?」
「はい。この状況では、二人だけにお任せするのは危険かもしれないとのことです。ただ、その今日明日にでも、とはいかないみたいなんです」
「それって鳥人間がAだったってこと?それとも、別の転移者が関わってきたってコト?」
シアラの疑問に、いりせはうなずいた。
「詳細はうかがえなかったのですが、Aは別の転移者みたいですね」
「となると、明日は様子見だけにしておいたほうがいいということか」と鴉。
「はい。様子見くらいなら、大丈夫かとは思います……」
A判定――『力』を使うことができる相手。
(魔女並み、か。お母さまのいっていた転移者が徒党を組むってやつかな……やだなぁ)
シアラは以前聞いた言葉を思い出す。
(でも、確かに、私と鴉だけだと流石に厳しいもんな……私も魔法がうまく使えないし……。やっと有力ぽい情報が入ったっていうのに……)
まだ、そこにあると分かったわけではないのに、すぐに行けないとなると妙にもどかしくなる。そんなシアラに鴉が笑った。
「そんなに落ち込んだ顔をするなよ。少なくとも場所だけでもはっきりさせておけば、監視もでき
る。お前が気になるなら、そこを確認した後、俺がそこで張ってても構わないしな」
「……落ち込んでないし」
「うそつけ」
「う、うるさい!!」
やけに頼れる感を出してくる鴉にシアラは思わず言った。そして、その言葉が一番子どもじみたものだと気づき、うなった。
「……ともかく、それじゃ、明日は、鴉はその場所の偵察に。私はあとから合流で、いい?」
「わかった」
「わかりました。ご主人様に報告しておきますね」
いりせはそういって、立ち上がる。
「……その、何かあったら私に電話して」
シアラは鴉に言った。「お前こそ」と、鴉は笑った。
◇◇◇
次の日、朝食を食べてすぐ、シアラと鴉は屋敷を出た。
「いってらっしゃいませ」
「今日は早めに戻ります!」
玄関まで見送ってくれたいりせに手を振り、門へ向かう。
今日もいりせが髪を結んでくれた。どうやらシアラの髪をいじるのが気に入ったらしい。今日は「活動的な感じにしますね!」といっていた通り、凝った感じのポニーテイルになっている。
普段はしない髪型なので、揺れる感触が面白く、頭を左右に振っていると、鴉が問いかけてきた。
「お前は、ステッキが見つかったらどうするんだ」
シアラは鴉を見上げる。前の同じような質問を受けた。そのときは、まだ先がみえていなかったけれど、今は。
「このまま、協力するのが一番いい気と思う。いりせさんも、いいって言ってくれるし……」
「そうか」
「……あんたは、それでいいのね?」
この質問も、前と同じだ。
鴉はシアラを見下ろす。
「お前の使い魔も悪くない。いりせのつくる飯もうまいしな」
「……ごはんとか、料理って言いなさい。本当に私の使い魔になるなら、少しは言葉使いを教えないといけないみたいね」
「お手柔らかにな」
「……なんでそういう言葉は知ってるんだか……」
昨日の夜、いりせは藤峰にもう一度確認し、今日の状況をまた夜に伝えることになった。ただ、決して手は出さないように、との注意はもらったが。
――あるかは確定ではない。しかし、ここにきてシアラの勘は、『あるだろう』と言っている。
何かが起こるような高ぶりを感じるのだ。
(不安なことはない。武者震いよ、これは)
「ともかく、姿を見られないようにしてね。見つかってなんかあると困るし。大丈夫だとは思うけど」
「任せろ、お前こそ、電話のかけ方忘れるなよ」
「それは大丈夫」
シアラは胸を張った。
昨日何度も練習したのだ。大丈夫――のはずだ。
「じゃあ、よろしく」
分かれ道、シアラと鴉はそれぞれの目的地に向かって別れた。
◇◇◇
「暑すぎる……」
シアラは安アパートについたとき、汗だくになっていた。
まだまだ夏の真っ盛り。暑い。おまけに、徒歩十分とはいえ屋敷からこのアパートまでの間に坂道があるのだ。
ここ最近、鴉と街を歩いているとはいえ、体力のないシアラには苦行だった。
しかし、負けるわけにはいかない。郵便受けを除き、ダイレクトメールしかないことを確認しつつ、鍵を開け部屋に入る。
「……クーラーのない室内……サウナかここは……」
空調完備された屋敷で過ごした日々が、安アパートのサウナ状態に対する耐性を低くしていた。シアラは外より一層暑い上に、蒸して、変なにおいまでするような部屋の窓を死んだ目で開けた。
「……景色だけは良いんだよね」
坂を上ってたどり着くアパートにある、この部屋の唯一のいいところは、景色だった。高台にあるアパートの二階にあるシアラの部屋の窓を開ければ、街並みを見通すことができる。
「これから、どうなるのかな」
母の呪いのような、『魔法少女』ではなくても、シアラはシアラなりの『軸』を見つけて、『魔女』になることができるんじゃないのか。
そんな希望みたいなものを、考えてしまって。
振り返って、一人で暮らした部屋を眺める。
「……頑張ってきたから、その分の見返り位もらわないとね」
そして、シアラは部屋の隅にまとめた書類の束に目を通した。
「今年のやつ……あったこれだ」
四月に配られた一連の書類の中から、連絡網をみつけた。
シアラの家も一応、固定電話がある。
母の魔法で、受け答えは母の魔法で自動受け答えし、必要なことだけシアラの水晶玉に転送されるようになっている。水晶玉自体は既に屋敷に持って帰って、たまに確認していた。
ここから御厨宅に電話をかけることもできる――しかし。
「……屋敷に戻ってからにしよ」
心の準備がまだだ。
「じゃあ、そろそろ行くか」
連絡網を折りたたんでポケットに入れた。
シアラは、再び部屋を眺める。
「……他のものは、まぁ、後日でいいか」
思えばだいぶ遠くに来たな、とか、感傷的に思う。そんな自分に肩をすくめてから、シアラは携帯電話をとりだした。
呼び出し音が鳴り、すぐに鴉が出る。
『どうだった、魔女』
「連絡網みつかった。そろそろそっちに向かうけど、そっちはどう?」
『あと少しでつく。お前のところからだと三十分くらいか?』
「そんなもんかな、バスがあったら乗るけど」
『じゃあ、あとで』
「はい、よろしく」
電話を切り、シアラは窓を閉めた。
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