第20話

 あの神社での騒動では何人かのけが人はでたものの、死者は出なかったようだ。それにホッとしながら、過ごしていたシアラだったが、何故か母は家に戻ってこなかった。母は魔女の集まり等で家を空けることもあったから、特に気にせず、一人で過ごし続けた。


母が戻らないまま、夏休みが明け、シアラが学校にいくと、にやにやと笑うクラスメイトに声をかけられた。


 お祭りで、変な人をみたということだった。大声で叫びながら、見えないものを追いかける少女。きっと目立ちたがり屋の、嘘つきの、変な子なんだろうね。怪しいよね。そういってから彼女はシアラに問いかけた。




 ――ねぇ、お祭りのとき、シアラちゃんどこにいたの?




 シアラはその視線が怖くて、何も言えず、首を振った。


 私は、ただ救おうとしたのに。


 でも、誰かを救ったのだ。救えたのだ、そう思った。そう思うことにした。でも、こんなうわさが広まったら、母もシアラも困ることになる。母に相談しないといけない。早く帰って来ないかな。


そう考えながら、帰宅したシアラが目にしたのは、荷物をまとめ、今にも家を出ようとする母の姿だった。シアラの姿を見て、母はいった。




 ――せっかく、色々準備して、舞台を整えたのに、妖怪扱いなんてひどいよね。




 そのときやっと、シアラは気づいた。


 あれは母の仕業だった、母のしたことだった。それからは、あんまり思い出したくもない。


 誰かを救うのが魔法少女なのに、魔法少女を創るために誰かを害するのか。シアラを魔法少女にするために、誰かを犠牲にしようとした母は、どこまでも魔女だ。そんな魔女の娘が後ろ暗いところのない、綺麗でカッコよくて素敵な魔法少女になれるわけがない。


 やっと気づいた。シアラは魔女の子であって、魔法少女ではない。魔女は存在するが、魔法少女は現実ではない。


 物心ついてからのアイデンティティが、壊れた瞬間だった。




◇◇◇




 シアラはドアをたたく音で目を覚ました。物思いに沈んでいる間に、うたた寝てしまったようだ。


 ドアを開けると、そこには鴉がいた。




「で、どうするんだ?」




 シアラを見下ろしながら、逃がさないぞ、とでも言いたげな調子で鴉は言った。




「どうもなにも」




 シアラはドアを開けたままの姿勢で、じっとりと鴉を見上げた。




「落ち込むのも勝手だが、そろそろ切り替えろ。状況を報告する」




「はいはい」




 時計を見れば、もう帰宅してから四時間も経っていた。このまま疲れた、を言い訳にしたままにはできない。そもそも、シアラがやる気にならないといけないことなのに、鴉のほうがやる気とは、仮とはいえ主として恥ずかしい。


 シアラはしぶしぶうなずいて、鴉を部屋に入れた。


 鴉は椅子に座り、シアラはその斜め前にあたるベッドに座った。




「で、そもそも鴉の方はどうなのよ」




 鴉は持っていたタブレッド端末を起動させた。シアラは鴉の手元に視線を送る。




「お前から預かっていた、探査装置は反応しなかったが、他のカラスの連中から話は聞いてきたぞ。こっちは少し得るものがあったな」




「何かいってたの?」




「変な奴をみた。だと。人間の姿をした鳥を見かけた場所があるらしい。この辺りだってさ」




 タブレット端末を動かし、鴉はシアラに街の地図を見せた。最初に鳥人間に会った商店街から、そう遠くない場所だ。




「この付近にいるかもしれない、ってこと?」




「そうだ。俺もまだこっちの方は行ってないから、少し足を運ぼうと考えていた。どうせほかのところは大体見て回って、もう、あてもないしな。あと、この辺に今はあまり人が寄り付かない倉庫とかもあるらしい」




 そういうところなら、確かに隠れ場所にもなりそうだ。




「そう……今日様子を見に行く?」




「もう夕方だからな……、まぁ、お前が来るなら昼のほうがいいな。やっぱり夜歩くと目立つし、危険だ」




「補導されるかもってこと?でも、偵察だけならそんな時間かからないでしょう?」




 シアラの言葉に、重々しい様子で鴉は頭を横に振った。




「やめた方がいい。あの辺りは下半身丸出しの男が何人かいるんだ。夜歩くと絶対に見かけるし、危険は冒さないほうがいい」




「!」




 口もとをひきつらせたシアラに鴉はうなずいた。




「人間の中には服を脱ぎたがる奴もたくさんいるようだな。お前はやめた方がいい。見たくないものをみることになる。正直俺も見たくなかった」




「もうすこし、かっこいい感じでその台詞聞きたかったわ……」




 シアラは力なくうなだれ、一瞬頭に浮かんだ下半身を露出した男の姿を必死に追い出そうとした。




「で、お前は昼間見かけた猫のことはどうするんだ?捕まえるのか?」




 鴉の言葉にシアラは視線を逸らし、「ええと」といった。




「……まだ、どうしようか悩んでる……その、見かけただけだし……あれから猫は御厨さんちに戻ったかもしれないし……」




「家に戻ったかどうかなんてわからないだろ。報告だけでもすればいい。あの辺りで見たとか、それだけでも相手は喜ぶだろう」




「……確かに」




 シアラは力なくうなずいた。逃げてばかりでは話にならない。ただ、




「連絡網、家にあるから取りに行かないと」




 必要最低限の物だけしか持ってこなかったので、学校関連のものは制服以外持ってきていなかった。




「あの狭いアパートか」




「そう……」




 気持ちがすぐに落ち込んでしまう。やる気がガリガリ削られるというか。


 完全にだめなループに入っている。自己嫌悪に浸ったシアラに鴉は見透かしたように笑った。




「明日取りに行けばいいさ」




「でも、明日は――」




「俺一人で偵察をする。それに、連絡手段さえあれば、途中合流だってできるだろう。ステッキのこともだけど、お前の今後の人間関係もかかってんだろ」




「そう、かな……」




「そうだ」




 鴉の言葉にシアラは小さくうなずいた。


 なんにせよ、仲直り――というほど仲良くなっていないが、それにしても、少しでも仲良くなれるとしたら、いま頑張るしかない。シアラは鴉にうなずく。


 いりせの夕食だと呼ぶ声が聞こえた。




「いくか」




 鴉にシアラはうなずいた。






 夕食後、シアラは皿を片付けようと席を立ったところで、いりせに声をかけられた。




「シアラさん、その、これをご主人様が渡すようにと」




「なにそれ?」




「携帯電話です」




「ホント⁉」




 シアラは慌てて皿を流しにおき、いりせの差し出した赤い携帯電話を受け取った。




「思ったより薄い!思ったより軽い!」




「俺のもあるのか?」




「はい、鴉さんの分もありますよ。私の持っているものと同じ機種にしていただいたので、基本的な使い方をお伝えしますね」




 いりせは鴉に黒い携帯電話を渡した。




「藤峰さん、ここに来たの?」




 シアラの言葉に、いりせは首を横に振った。




「ご主人様ではなく、部下の方がこれを持ってこられました」




 やはり忙しいらしい。


 シアラと鴉はいりせの指示通りに携帯電話を動かして、順に起動の仕方、メールアドレスの登録、電話のかけ方を試していく。




「電話番号は、この屋敷の固定電話の番号と、私、シアラさん、鴉さんの分は既に登録してあります。それで、一応緊急連絡先として、この短縮ダイヤルでご主人様のところにつながります」




 いりせの説明にシアラは首を傾げた。




「これ押すと、藤峰さんとも連絡が取れるってコト?」




「そうです。ただ、そのどちらかというと、エマージェンシー、安否確認、緊急連絡というか、そういう感じです。押した場合、確実に助けがくるが、具体的に何が起こるのか判断がつきかねます。という話でした」




 それは連絡がとれるという感じではないというか。




 シアラは押した瞬間サイレンがなり、黒服の男たちが押し寄せる姿を想像した。




「……あんまり気軽にかけたらまずいわね」

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