第19話
笑う二人は悪くない。それを笑って流せないシアラの気持ちが問題だ。
この間、御厨に良くない対応をした。でも、御厨は良い人だし、付き合いもいいから、これからは少しずつ、本当に少しずつでもいいから、仲良くなる練習をさせてもらおうと思った。でも。
そういう内容なら、もう、関わりたくない。いや、正しくは関わり方がわからない。
――嘘つき、変な子、目立ちたがり屋。
脳裏に浮かぶ記憶を振り払うように頭を振る。
「東儀さん、少し顔色悪いけど大丈夫?」
「ごめん、変なこと聞いちゃったかな」
中屋と遠田が慌てたように言った。シアラは首を横に振る。
「ごめん、なさい。私このあと、用事があって。ちょっと、もう、帰らないと」
シアラはそういうと、鞄を肩にかけ、速足で歩き出す。二人の顔を見ることはできなかった。
後ろで何か二人が言った気がしたが、それは聞こえなかったことにした。
これじゃ、前とおんなじだ。だけど、今ここにいたくない。その気持ちでいっぱいだった。
屋敷にいると、余計なことを考えなくても済む。でも、学校は違う。
御厨さん、魔法少女を目指してた頃のこと、知ってたんだ。
恥ずかしさが先立つ。自分の過去のことはあまり考えたくなかった。だから、できるだけ人に関わらないようにしたのに。
シアラは速足で歩く。
逃げるように、ずんずんと。まだ昼前で、日も高い。暑くてたまらないはずなのに、妙に背中が冷えているような気がした。振り返りたくない過去から、逃げきれない。大きくため息をつく。
ふと、立ち止まり、周囲を見渡す。
「こっちじゃない」
シアラは小さくため息をついた。間違えて、屋敷に向かう道ではなく、安アパートの方の道に来てしまっていた。
頭の中がごちゃごちゃしている。だめだ、落ち着かないと。
(逃げちゃダメなのに)
それはまだ、過去の自分と向き合うことができていなくて、心が定まっていないからだ。
これからのことを、改めて考えないといけない。
(とりあえず、屋敷に戻ろう)
そう思ったシアラの視界に、白いものが映った。
「?あれ」
五メートルほど先に、白い小さな生き物がいる。猫だ。それはシアラをじっと見ている。
それは御厨が以前シアラに見せた写真の猫と同じ猫にみえる。
(そういえば、シロは帰ってきたけどまたいなくなっちゃったって言ってた……)
あれは本当に御厨の猫だろうか。シアラは一歩一歩、ゆっくり近づこうとした。
猫はその場に四つ足で立ったまま、シアラを見上げている。
(確か、猫は白くて……、首に上を向いた三日月みたいな黒い模様があるんだっけ。ええと、でもどうしよう)
シアラの前にいる猫は白い毛並みに黒の三日月みたいな模様がある。――御厨の猫だ。
(やっぱり)
捕まえよう。もしかしたら、まだ学校に御厨がいるかもしれない。そうでなくても、学校から御厨に電話をかければいいのではないか?いや、屋敷のほうが学校よりも近い。ともかく、この子さえ捕まえればそれで――。
それで自分は、御厨に何をいえばいいだろう。気持ちが定まらないのに、彼女とどう向き合えばいいんだろう。
シアラは猫と見つめあったまま、ぐるぐると考えていた。そのとき、
「あ、魔女。学校終わったのか」
鴉の声が聞こえた。声の方をみると、鴉が塀の上に立っていた。思わず、あんぐりと口をあける。
「あ、あんたなんでそんなところにのぼって……」
「高いほうが見やすいだろう」
「降りて!あぶないし、怪しいから!そんなことより、あそこに猫が――」
「猫?」
シアラは猫の方を指さした。が。
「……あれ?さっきまでいたのに」
「猫って、この間神社であったやつが言ってた猫?」
「そう、それっぽいのがいたのに。あんたのせいで逃げちゃったじゃない」
猫を言い訳にしようと思ったのがまずかったのか。シアラは、猫がいたところを眺める。
幻みたいに、猫はもういなかった。
屋敷に戻ったシアラはいりせに出迎えられた。
「お昼ご飯どうしますか?」
「ごめんなさい……食欲がないから止めておきます」
「え、大丈夫ですか?」
何とか笑顔のようなものを浮かべて、いりせに首を振ってから、自分の部屋に向かう。シアラの後を歩いていた鴉が、いりせに何か話しかけていた。何を話したのかはわからないが、いりせはシアラにそれ以上なにも言わなかった。
ベッドに横たわり、仰向けになって、両手を伸ばす。そして、鬱々と考える。
モノづくりの魔女、未来を見る魔女、火を統べる魔女、森に潜む魔女。数ある魔女の中でもシアラは『人』の創造物も軸として存在する。
(魔法、少女ね)
苦い思い出。結局、魔女は人間ではない。
◇◇◇
まだ小学生だったシアラは、魔法少女を目指していた。
実際魔法は使えるので、その時点でもう魔法少女だったんじゃないかなと、シアラは思っている。しかし、自らの中に確固たるイメージを持つシアラの母は、シアラはまだ魔法少女ではないと考えた。
だからこそ、輝くべき舞台を準備しようとした。
それは今みたいな夏の真っ盛り、少し離れた神社でのお祭り。そこに行きたいと母に伝えたのは、祭りの数日前だった。
やる気のなさそうな顔で、行くなら一人で行ってくるようにと返した母だったが、しかし、その日の朝になって突然、笑顔で「祭りに一緒に行こう」といった。
シアラは何の疑いもせずに喜んだ。
祭りに行くのだからと、綺麗な浴衣まで着たシアラだったが、お祭り会場に着くと、すぐに母とはぐれてしまった。
困って、ステッキを取り出し、母を探そうとした。そんなとき、誰かの悲鳴が聞こえた。
シアラは声の方を向いたが、周りが邪魔をして見えない。しかし、人はざわつき、何かが起こったことはわかった。シアラは、人が少ない神社周りの林に向かった。
人気のない林の中で、自分に魔法をかける。人目につかないように。そして、ステッキを振り、空に飛んだ。空からみると、神社の階段のあたりに黒山の人だかりが見えた。
――どうなってるの?
何故、あんなところで人が固まっているのか。目を凝らすと、人の周りに黒い靄のようなものが見えた。揺らぎ、うねり。蛇のような動きで、人を巻き込むように荒れ狂っている。明らかに自然の存在ではない。では、母に聞いた転移者か?神や悪魔ではないことはすぐに分かった。そこまで強い存在ではないのだ。ただ、やけに大きい。
シアラはどうしよう、と思った。
魔法を使っているのを見られるのはまずい。だが、あのままではたくさんの人が危険だ。
魔法少女なら、どうする?そう考えてシアラは心に決めた。
まず、上空に上がってから、自分に重力を和らげる魔法をかけて、ステッキを元の大きさに戻す。
シアラ一人であれば重力をやわらげれば、一気に落ちることはない。しかし、並列で魔法を使うのが苦手なシアラは、このままいけばまた落ちてしまう。
一気に勝負をかけるしかなかった
空中で魔法を練る。
いくつもの透明な壁をイメージし、それを階段ごとに配置する。
どれだけの間もつだろう、でも、せめて、体制を立て直すだけでも。あとはあの蛇だけだ。
シアラは無心で魔法をふるった。
蛇を見えない手でつかみ、どうにか階段からはがして、人の少ないところに運ぼうとする。しかし、それはなかなかうまくいかなかった。人目の少ない林にたどり着く前に蛇が落ちてしまい、シアラは走ってそれを追いかけた。危ない、近づかないで。逃げて、どいて――。その蛇は誰にも見えないようだった。ただ、人々の好奇の目がシアラを追った。人を縫って走り、何度も魔法をぶつける。そして、どうにか、シアラはその謎の存在を消滅させることに成功した。
精魂尽き果てて、人のいない樹の影にたどり着いたとき、気を失った。気づいたときには、家で寝かされていた。シアラは一人だった。
――よく頑張ったね。
そんな声を聴いた気がした。
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