第18話

「ってことはあんまり、精度は良くないんだな?」




「……ぶっつけ本番だし……まぁ、そうね、精度は低い。でも、ギミックとして一応この辺」




 と、言いながら、シアラは腕輪の緑の宝飾石を指さした。




「これが光る、と思う。私につながらなくても、うん」




「――本当か?」




 シアラの語尾の曖昧さに鴉は目を細めた。




「あんたの言いたいことはわかるけど、理論上はいけるはずよ」




「……まぁいいけど」




 胸を張るシアラに首をかしげながら、鴉は腕輪を自分の腕につけた。


 大きめのそれは、彼の腕にも問題なくはまる。




「で、他に何か言いたいことあるわけ?」




「この間の夜のあれは、お前のクラスメイトなんだろう?」




 鴉は言った。




「うん、そう」




 おとといの夜、由加賀のことだ。




「……大丈夫か?」




「大丈夫に決まってんでしょ。別に……いじめられているとかじゃないし。ただ、あいつと関わりたくないだけだし。――あいつは体が弱いとかで、ほとんど休みがちだから、多分今日はいないだろうし」




「何があったか知らないが、気をつけろよ。落ち込みすぎるな」




「……」




 鴉に学校のことまで心配されるのはいたたまれない。




「シアラさん!ゴムは黒の方がいいですよね⁉」




 いりせが食堂に戻り、シアラに髪ゴムを見せた。うなずくと、すぐに彼女はシアラの後ろに回る。




「お食事中すみません。でも、すぐ終わりますから。シアラさんの髪の毛、サラサラでいじってみたかったんですよねー」




 そういいながら、いりせはシアラの髪をとかし始める。


 鴉は黙った。おとといの夜、鳥人間らしきものがこの屋敷に近づいたことはいりせに伝えてあるが、由加賀のことは言っていない。ごく個人的なことだから黙っていろと、鴉に念を押したのだ。鴉でさえ、無駄に気を遣うのだから、いりせが聞けば、もっと心配するに決まってる。


 鳥人間はといえば、その後は特に屋敷には近づいていないようだ。いりせ曰く、この屋敷の結界は、『許可されない一定の行動が制限される』『許可されないものが入ろうとすると、屋敷の主に連絡がいく』という効果があるという。どうやら、その一定の行動が制限される、に魔法の使用が入っているらしい。ともあれ、これらを踏まえると、屋敷の中は比較的安心といえよう。何かあれば、調停者が気づいて、駆け付けてくれるわけだし。


 いりせのいうように、すぐに髪は結び終わった。


 編み込んでみました!といういりせに礼を言いつつ、食事を終えたシアラは席を立った。歯磨きを終えてから、自室に戻り、鏡を見る。澄まして見せれば、いつも通りの自分がいる。


 いりせが結ってくれた髪の毛を少しだけ触ってから、鞄を手に取り、部屋を出た。廊下を歩きながら、腕輪に目立たないように魔法をかける。


 そして、食堂にいる鴉といりせに声をかけた。




「鴉は今日も探索よろしく。いりせさん、私、昼には屋敷にいったん戻ります」




 背後に聞こえる「いってらっしゃい」という声に振り返る。


 食堂からいりせが手を振り、鴉が少し心配そうにシアラを見ている。




「いってきます」




 小さく笑って、シアラは言った。




◇◇◇




(こなきゃよかった)




 教室に入って数分のうちに、シアラは登校したことを後悔した。




「ねぇねぇ、東儀さん!うちのシロ、一瞬帰ってきたんだよ。でも、またいなくなっちゃって」




「そもそもユキんち甘いんだよ。窓開けっ放しだったりしたんじゃないの?」




「猫、隙を見つけるのがうまいからね~」




 机の前には御厨ユキ、その両隣には御厨の友人の中屋ミチと遠田モモ。




(囲まれた……)




 何故、夏休み中に一回あった程度でこんなに親し気になってしまうのか。鴉のいうように、御厨はやっぱり善意の人なのだ。シアラの無駄なネガティブなんて知らん顔なのだ。


 中屋と遠田の指摘に、御厨は慌てて首を振った。




「ちがうよ。閉めてても逃げちゃうんだよ⁉シロ、頭いいから……」




「なんか、もう少し逃げれないような工夫をした方がいいんじゃない?」




「ていうか、ユキ、なんか顔色悪いし、あんまり思いつめたらダメだよぉ。ねぇ。東儀さんもそう思うよね」




 同意を求めるように語りかけられて、シアラは急いでうなずいた。




「うん。御厨さん顔色悪いと思う、無理しないで……その、夏だし夏バテとか心配だし……」




 好意的なのは嬉しい。だが、それが緊張するかしないかとか、現状に対応しきれるかといわれると難しかったりする。とはいえ、実際に御厨の顔色が悪いのは本当だ。


本人は、「そうかなぁ、心配し過ぎかな」と首をかしげているが、いつものはつらつとした感じよりも目の下のクマのほうが目立つ。


 シアラは背中に汗をかきながら、頑張って笑みを保つと、中屋と遠田は視線を合わせてから笑う。




「ほら、東儀さんも心配してるじゃん」




「ねぇ!」




 二人とも、御厨とは小学校の頃からの付き合いだとか。クラスの中でも真面目でかつ交友関係が広い立ち位置の三人だ。中屋は好奇心強めで、遠田は少し気が強い。


 御厨は学級委員長をしているがゆえに、望んでとはいえボッチのシアラを見過ごせなくて話しかけてきているのだろうとは思ったが、それが今回神社で話したことによって、シアラと仲良くなれた!→もっと仲良くなるぞ!――ということなのだろう。たぶんだけど。


 朝イチからこんな歓迎を受けるとは思ってもみなかった。うれしい部分が全くないとは言わないが、いたたまれないのも事実。笑顔を貼り付けてどうしようかと思っていると、担任がやってきた。




「おまえらー、せきつけー」




 担任の声がかかり、御厨と友人たちは「あとでね」といってシアラの席を離れる。


 ふと、隣から視線を感じてシアラは横目でみた。


 彼はシアラの動きに気づくと、ごく自然な動きで視線を外した。長めの髪に眼鏡、人のよさそうな顔立ち。屋敷の前にいた由加賀だ。




(……こういうところが、如才なくて怪しい)




 こいつばかりは何を考えているかわからない。わからないけど何故かいつも視線を感じる。やめてほしい。


 しかも、何故か彼は昨年度も同じクラスで、席替えをしてもほぼ確実にシアラの前か後ろか隣の席になるのだ。


 今も。




(病弱だがなんだか知らないけど、今日は休みだと思ったのに)




 いつも三日に二日は休みなのに、まさか、普通に登校しているとは。ため息を殺して、シアラは黒板の前の担任に視線を戻した。日直の声掛けがすみ、担任からの話がすんだ。大した内容ではない。抜き打ちチェックのようなもので、休んでいるものもちらほらいる。


 日直の掛け声で再び、席を立つ。この程度でもう、終了だ。


 やっと帰れる。と、シアラが鞄を持って立ち上がった時、御厨がシアラに声をかけた。




「あ、東儀さん、その一緒に帰らない?今日はどこに帰るの?あの神社の辺り?」




「えっと」




 どうやって断ろうか。シアラは少し考えたところで、担任が廊下から顔を出した。




「御厨、田中。悪いが、ちょっと手を貸してくれー」




「あ」




 御厨は肩をすくめた。




「じゃあ、私行ってくる。東儀さん、またね」




 手を振る御厨にシアラは慌ててうなずく。


教室を出て行った御厨を見送ってから、遅れてシアラの席に近づいてきた遠田と中屋は、顔を見合わせて笑って言った。




「突然、ごめんね」




「ユキ、ずっと東儀さんと仲良く成りたがっていたから」




「えっと、その……」




 シアラが固まると、二人は慌てて手を横に振った。




「いやいや変な意味じゃなくてね?その昔、東儀さんに助けられたことがあるって言ってて」




「私が助けた?」




「うんそう。小学校のころ。東儀さん覚えてない?二年前の夏祭りの人雪崩とか妖怪騒動」




 シアラは息を飲んだ。




「神社の階段で。幽霊とか妖怪とかはともかく……人雪崩は、マジであぶなかったらしいよね」




 あれは、公の場で魔法を使ってしまった。最後の思い出だ。




「本当に、魔法少女がいたんだよって!ってずっといってて!」




「そうそう魔法少女なんていないよーっていったらめちゃくちゃそんなことないよっていってて!それで、中学に上がってから、東儀さんのことをみて「あの子だ!」って言い出して」




 申し訳なさそうに彼女たちは両手を合わせてシアラを見た。




「ウケちゃうよね、そういうの。でも、だからその、もしかしたらあの子がそういう変なことを言ってくると思うけど、そこはスルーしてあげてほしいの」




「思い込み激しいからさ。すこし、恥ずかしいことを言っちゃうこともあるけど、悪い子じゃないから。ごめんね」

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