第14話
「そろそろいいんじゃないのか?」
鴉の言葉でシアラはやっと足を止めた。いつの間にか、鴉の袖からは手を放していた。
鴉の視線を感じる。しかし、顔を上げて彼の顔を見ることができない。
罪悪感、ふがいなさ。頭の中でそれらが回る。
「……何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「思ったより普通に会話できてたじゃないか」
「……会話くらいはできるわよッ!……でも」
やっと顔を上げ、鴉を振り返る。鴉はシアラをまっすぐ見ていた。
「お前は魔女だ。それは変えられない。でも、魔女と人間が付き合うことくらいはできると思うが」
鴉の言葉にシアラは唇を噛む。
「お前が考えている理想の関係とか、行動がどんなものか俺にはわからないが、少なくともさっきのお前はそこまで悪くないと思う」
「でも、きっと彼女は私が連絡先交換したくないって思ったから、断ったと思うんじゃない?」
「実際お前は携帯電話も何も持ってないんだろう?」
「……うん」
「じゃ、お前のいうように受け取られたら、あいつが性格悪いってだけだ、お前みたいにな」
「……せ、性格悪いって」
「言われたことをいちいち疑って、嘘をつかれたと思うやつは性格悪いに決まってる。まぁ、変なタイミングで顔を真っ赤にしてるお前にはちょっと引くかもしれないが。懐が広いか鈍感なら特に気にしないだろう。そして、俺がみるかぎり、あの御厨ってやつは鈍感かつ懐が広いと思うぞ」
「……」
「魔女、お前は俺の主になるならもう少し性格良くした方がいいぞ。自滅思考は長生きできない。お前が長生きしないと使い魔の俺が困る」
シアラは鴉の言葉に何もいえなかった。
昔はこんなんじゃなかった。もっと素直に人と関わることができた。
それができなくなって。人付き合いを避けるようになった。そんなシアラにも御厨は学校で話しかけてくれる。いつだって、嫌な顔せずに。
御厨はシアラが彼女のことをみていることを知らない。でも、見ているだけでもわかることはある。彼女は『いい人』だ。それくらいはシアラにもわかる。
自分を受け入れきれない自分がもどかしい。魔法が関わることに触れられると、緊張して顔が赤くなってしまうことも。普通になりたいわけではない。ただ、普通ではない、魔女である自分がどう人と関わって生きていけばいいかわからない。
――嫌われたくない。
「お前は何におびえているんだ?」
鴉の問いかけに、シアラは何も言えなかった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
シアラが屋敷に戻ると、いりせと玄関で鉢合わせた。
いりせは右手に空の買い物かごをもち、買い物に行くところのようだった。
「どうでしたか?ステッキは見つかりましたか?」
シアラは首を横に振った。
御厨との遭遇後、鴉の先導で比較的大きい他の神社も当たってみた。だが、特に収穫はなく。
がっくりするシアラに鴉は「まぁ、そんなもんだ」といった。そして、「知り合いのカラスと話ができるか試してみる」といって、どこかにいってしまった。人間になった鴉と他のカラスが話すことができるのか、シアラにはわからないが、やる気なのはありがたいので、そのままいかせた。
あれは鴉の気遣いもあるのかもしれない。
(昼間は暑いのだし、夜に探すのはありかもしれないし)
シアラの場合、警察に見つかったら補導されかねないが、外見上は成人男性の鴉なら大丈夫だろう。鴉が帰ってきたら、今後の行動について相談しよう。
(あとは連絡手段とかはほしいよな……あーあと、お腹がすいたからって何か盗んだりしないようにお小遣いあげたけど、この負担も辛いし、いりせさんに相談しようかな……)
千円札をわたすのに手がふるえた。正直金がないのはゆゆしき問題である。残金は考えたくない。
当面はこのお屋敷、というか藤峰が衣食住は保証してくれるようなので大丈夫だとしても、お小遣いがないと活動に差し障る。
「いりせさんは買い物ですか?その……もしよければ、一緒に行きましょうか?荷物持ち位ならできると思うので……」
鴉の食欲を思い出しながら、シアラは言った。
なにしろ鴉は三人前を元気に食べる。正直、あんまり食べ過ぎると鴉に戻ったとき太りすぎて飛べなくなるのでは?と心配しているのだが、とうの鴉自身は気にしていない。
あの食欲だ。食材もたくさん必要になるに違いない。
いりせは目を瞬いた後、うれしそうに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。じゃあ、お願いしますね」
「その、気にしないで」
思わずシアラは頬をそめ、視線をそらした。そして、歩き出したいりせを追いかける。
(私がいりせさんを助けるのはおかしくないし)
いつも人と関わらないように、理由をつけていた。でも、今回は別だ。
鴉に言われたことを思い出す。
シアラが魔女だということをいりせは知っている。そんな人。いままで母以外では関わったことなかった。
(例え、いりせさんが異世界から来た人でも、やっぱり、なんか恥ずかしい。いやいやだとしても!)
今後のことを考えると、いりせの信頼は勝ち取っておいた方がいい。調停者とどうなるかわからないが、少なくとも、いりせは好意的だし、心象が良ければ何かあったときに藤峰からシアラのことをかばってくれるかもしれないし。
(少しずつ、少しずつ)
人間との接し方を試行錯誤していくための、練習だと思って。何故自分で自分に言い訳しているのか、などと考えていると、
「シアラさんは今日の夕飯何か食べたいものはありますか?」
いりせが振り返った。
「たべたいもの」
「はい。せっかくなのでシアラさんが食べたいものを作らせてください」
シアラは顎に手を当て考えた。すぐには思いつかない。
「いりせさんが得意な料理って何ですか?」
「得意な料理、ですか。そうですね……。得意かどうかはわかりませんが、以前ご主人様にハンバーグを出したら喜ばれました」
「そうなんだ」
ハンバーグ、確かにおいしそうだ。
「ハンバーグが食べたい」
「わかりました。ところで、ハンバーグはどんなふうにしますか?目玉焼きをのっけたり、チーズをのっけたり……煮込みハンバーグもおいしいですよ」
「煮込みハンバーグってどんなの?」
「そうですねぇ。ハンバーグとたっぷりのソースを入れたお皿をオーブンとかトースターで焼くんです。ブロッコリーとか、じゃがいもも入れておくとほくほくしておいしいんですよ」
シアラの頭の中でじゅわぁとハンバーグが肉汁を出す姿が浮かんだ。とても熱そう。でも、屋敷はクーラーが効いているから涼しいし、絶対においしいはずだし。
「食べたい……」
声が思った以上に夢見がちなものになっていた。
「じゃあ、せっかくだから煮込みハンバーグにしましょうか」
「うん」
いりせの言葉に強くうなずく。
(――そういえば)
そもそも、自分は家で手作りのハンバーグを食べたことなんてない。
母はお惣菜を買ってくるばかりだったし、自分一人になってからもずっとコンビニでお弁当やお惣菜を買ってきていた。
(誰かに、何を食べたいか聞かれたことなんてなかったな)
スーパーにつくと、いりせは迷わずに必要なところへ進み、シアラはそれについてまわった。普段来ないスーパーは新鮮で面白い。しかも、ここはシアラがいつも行くような激安スーパーではなく比較的高級な方のスーパーである。みたことのないものをみるたびに目を輝かせるシアラに、いりせは笑って「また、一緒に来ましょうね」といった。
会計を済ませ、帰宅する途中、シアラは見られている気配を感じた。視線を感じる方向をみると、白いハトがいた。シアラとハトの視線が交わる。
(あれは)
ただのハトではない。覚えのある魔力をまとった使い魔のハトだった。
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