第13話

「ステッキの場所は見つからないのか?」




 口元をぬぐいながら鴉がいった。


 シアラは腕輪を眺めた。きらり、反射する光に目を細める。




「……そう。多分、『力』を何かで覆ってるのかな……」




「覆う?」




「今やってるのはステッキを探すというか、ステッキがまとっている私の『力』をさがしているわけ。それを妨害、というか上から別の『力』で覆われるとわかりづらくなるんだよね」




 魔道具で感知するのは精度が悪いせいだ。ステッキを使えば、微細な『力』の感触にすぐに気づくことができるはずだが、しかし。今なくしているのはステッキ本体。


 変換器である魔道具の精度が悪ければ悪いほど、『力』の感触を追うことが難しくなる。


『力』はこの世界にも存在する。


 この神社だって、『力』がある。シアラは神社の小さな御堂に目をやった。


 ここにある『力』はステッキを隠していない。それはここまで近づけば確実にわかる。しかし、逆をいえば、ここまで近づかないとわからない。こんなに小さな神社なのに。




「藤峰さんがいっていたように相手が『力』を使用することができないのであれば、屋敷みたいに結界が張られているところか、もしくは、神社とかもっと『力』があるところにステッキを保管してることになるかな。このへんそんな強い『力』のある神社なんてないと思ったんだけどな……」




「なるほど。結局、近づいてあるかどうか確認するしかないってことか」




「そういうこと」




 鴉の言葉にシアラは肩をすくめた。鴉はその様子を見てから口を開いた。




「見つかったら、だが、今後はお前のステッキにタグつけといた方がいいんじゃないのか」




「タグ?」




「落とし物ツールともいうか。今時、そういうものをつけておけば、無くしてもネットで場所を探すことができるんだろう?そんな結界だのなんだのもそういう現代機器で捜した方がいいんじゃないのか。手段は増えたほうがいいだろう」




「……あんたなんでそんな知識を……」




「昨日、寝る前に、いりせからパソコンを借りた。意外と使えるもんだな」




「……読み書きは」




「できた。お前がわかる範囲はわかるみたいだな。英語は全然わからなかったぞ。勉強しろ」




「………」




 使い魔を作ったことがなかったが、みんなこんなにスムーズにいくのだろうか。それとも、いりせが中継したことが関わっているのだろうか。


 この鴉、何で一番現状になれきってるんだろう。


 だが、いっていることに反論できない。その視点はシアラにはないものだった。


 確かに今後の対策にはなる。


 今まではお金がなかったのを言い訳にしていたが、もしうまくいけば調停者からお金を出させることができるだろう




(……検討しよう……)




 口には出さないがそう思った瞬間、鴉はにやりとした。


 役に立ったな、とでも言いたげな満足げな顔。シアラの考えていることがばれきっている。




(むかつく……)




 シアラは拳を握った後、考え直して鴉にいった。




「今更だけど……あんたは私の使い魔になってもいいわけ?その、協力してくれるのはありがたいけど、よく考えたらあんたの同意なしにこうなっちゃったし」




「普通は同意があるのか?」




「……あんまりないと思うけど。まぁ、もう少しまっとうな契約なら、私はあんたをがっつり縛っているはず。でも、あんたはそこまで縛られてない。私の魔力で人間の姿になった以上使い魔の枠に入っているけど、首輪がないようなもんじゃない。手伝ってくれるのはもとの姿に戻りたいからなわけ?」




「戻りたいのはそうだが、別にこのまま使い魔になっても俺はかまわない。確かにきっかけが俺なのは確かだろうし、それ以外を考えても、こう走り回るのは楽しいからな」




「楽しいって」




「飯にも困らないなら別にいい。鳥と人間、両方の姿になれるようにしてくれれば、俺は文句ない。人間も悪くないが、飛べないのはつまらない」




 こんな楽観的なのは、こいつが鴉だからなのか。


 余計なことと偉そうなことはいうが、泣き言はいわないこいつをそばに置くのは悪くない、そう思ってしまうのが少し悔しい。




(あくまで、まだ要検討、だけど。カラスなんて選びたくなかったんだけどなー)




 どちらにせよ、ステッキが見つからないことにはどうしようもないのだ。




「……わかったわ。ご意見ありがとう。どうするかは検討するわ。いくわよ」




「はいよ」




 そのとき、人の声と足音が聞こえた。こんな暑さの中、この神社に来る人が他にいるのか。意外に思いつつ、シアラが立ち上がった瞬間だった。




「――あれ、東儀さん」




 見覚えのあるショートカットの少女が現れ、目を丸くした。


 シアラは思わず、足を止めた。




「えっと、がっ、いえ、御厨さん」




 この間、鴉と一緒にいるときに見かけたクラスメイトだ。




「東儀さん、この神社によく来るの?」




 シアラとその後ろにいる鴉を見ながら、首をかしげる学級委員長――御厨ユキにシアラは鼻白んだ。




「う、うんと、いま親戚の家にいて。ちょっと散歩してたらこの辺に来ちゃっただけ」




「親戚?あぁ、夏休みだもんね。あ、えっと、こんにちは」




 首を傾げた御厨はすぐに微笑んでから、鴉に視線を向けた。


 鴉は「どうも」と言った。御厨はその姿に見とれたように動きを止めた。そして、シアラに小声で話しかけてくる。




「お兄さん?」




「……い、従兄」




「そうなんだぁ……」




 少し嬉しそうな顔で鴉を見上げる御厨。鴉なのに人間にモテてどうする。


 シアラは話題をそらすことにした。




「ええと、御厨さんの家はこの近くなの?」




「うん、そうなの」




 御厨はシアラを見て、はにかむように笑う。




「その、最近飼い始めた猫がよく脱走するの。それで探してて」




「猫?」




「あ、もし東儀さんも見かけたら教えてね。えっと、こんな猫なんだけど」




 御厨は手に持っていたスマートフォンで画像を出した。


 シアラも猫が好きなので、思わず身を乗り出す。


 遠目に見える猫の写真、横にスライドすると、御厨が猫を抱えた写真。不服そうな顔をした猫と満面の笑みの御厨。




「白猫なんだ……、首のところだけ少し黒いんだね」




「うん」




 写真の白い猫は首元だけ黒い毛が生えていた。首に沿うように、三日月型の模様だ。




「かわいいね」




「そうでしょ!その、もし見かけたら教えてね。名前はシロ!わかりやすいほうがいいかなって」




 笑ってから、御厨はうつむいた。




「いつも、ちゃんと帰っては来るんだけど、何かあったら怖いし」




「わかった」




 シアラがうなずくと御厨は嬉しそうに笑った。そして、話題を探すように逡巡してから、シアラの腕をみた。




「その腕輪可愛いね。どこで買ったの?」




「え?」




 シアラは腕にはまる腕輪――仮魔道具を触る。いつも、ステッキを腕輪にしているときは見えないように隠ぺいの魔法をかけていたが、今は夏休みなので特に何もしていなかった。


 腕輪のはまった腕を背中に回るように動かす。これで魔法を使うなんてわかるわけがない。それでも、見られるのは、触れられるのは嫌だった。見られたくない。でも、見られてしまった。




「――その、自分でつくった」




 シアラは顔が赤くなるのを感じた。御厨は気づいた様子がなく、続けた。




「ホント?東儀さんすごいね!あ、そうだ。猫のこともあるし、もしよければ連絡先交換しない?」




「えっとその、ごめんなさい。私携帯電話持ってなくて……」




 シアラはそういいながら、携帯電話の画面を見せてくる御厨から視線をそらす。




「そうなの?」




「うん、親が厳しくて……ごめん。見かけたら連絡網から御厨さんの家に電話するよ。その、それじゃ、私行くところあるからごめん」




 シアラは鴉の袖を引き、御厨に手を振ってから歩き出す。


 坂道を徐々に速足になりながら、最後は駆けるようにおり、道を行き、角を曲がる。




(だめだ、だめだ。やっぱり無理)




 顔が赤いままだ。御厨は気づいただろうか。気づいていなければいい。




 ――どこまで行けばいいんだろう。どこまで行けば、恥ずかしさが消えるだろう。脚を止めてしまえば、押しつぶされそうになる。


 自分が普通ではないこと、魔女であることからは、どこまで行っても逃げることはできない。


 魔女であることはかまわない。ただ、それを他人に知られることは嫌だ。調停者は関係ない。ただただ、嫌なのだ。 


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