第12話

「んーまだ。……寝る前に一報入れるわ。まぁ、連絡したところであっちが何かしてくれるわけじゃないけど」




 連絡用の水晶玉は持ってきてある。あとは連絡するだけだ。


 魔女はアナログなので、連絡はステッキか、使い魔の配達、水晶玉しか使わないものが多い。いないわけではないはずだ。しかし、ほぼいないといっても過言ではない。


 水晶玉はメールのような扱いができるが、連絡手段という機能しかもっていないことに変わりはない。地味に画像も送れる高性能さはあるが、シアラとしてはやはり、もう少し色々できる電子機器にあこがれを持っていた。学校の授業でしかパソコンを使ったことがないが、現代の魔女になってやろうとするのであれば、必須のはずだ。




(お母さま、最後までビデオデッキでアニメを見たがってたもんな……ギリギリDVDまでは使えたけど、動画配信サイトなんて夢のまた夢……。この一件、無事に終わって、『協力関係』みたいなのになれたら、衣食住だけじゃなくてパソコンとかもねだっていいかな……。ねだっていいよね……)




 シアラが取らぬ狸の皮算用をしていると、鴉が肩をすくめた。




「魔女は薄情なんだな。カラスだって、独り立ちで飛べるようになってから親離れになるのに、魔女は独り立ち前に親がどっかいっちまうのか」




「まーね」




 魔女としては未熟でも、生活だけなら出来るので、独り立ちということになるのだろうか。




「……突然、いなくなったから。よくわかんない。別にいいけど。お金以外で困ることないし」




 素知らぬ顔でいう。鴉はわかったような、わからないような顔で、シアラを見ている。その視線から目をそらした。


 嘘だけど。お金以外も困るけど。それでも。




「魔女はね、強いのよ」




 虚勢くらいは張らないといけない。だって、魔女なので。






「ごはんおかわり」




「はい、わかりました」




 鴉は茶碗をいりせに渡した。


 シアラは自分の分のお茶漬けを食べながら、眉を寄せる。そこまで甘えさせるのはどうだろう。メイドだから甘えてもいいんだろうか。等と思いつつ、いりせのやけに楽しそうな顔を見ると、シアラは何も言えなくなる。どちらにせよ、昨日の今日で緊張のあまりぐっすり眠れず、頭が少しぼんやりしている以上、今は余計なことを言わないのが吉だろう。


 席についているのはシアラと鴉だけだ。いりせは既に食べ終わっているといって、立ったまま、シアラと鴉をにこにこ眺めており、時たまお茶を注いだり、ご飯をよそったりしている。 




 ――全て鴉の分だが。




 食堂にいるのはこの三人だけだ。屋敷の主である藤峰はここにいない。




「……いりせさん、その、藤峰さんって、朝ご飯食べないの?」




 聞こう聞こうと思っていながら、タイミングがつかめなかった質問をやっと口に出す。


いりせは目をしばたたいた。




「ご主人様は帰宅されてませんよ」




「?もう朝ですけど……、いつ帰ってくるんですか?お昼とか?」




「どうなんでしょう……?そろそろ頃合いだと思うのですが……」




 シアラは眉を顰めた。




「毎日帰宅するわけじゃないんですか⁉」




「はい。でも一週間以上帰ってこないってことはほとんどないですよ」




「……かなり帰宅しないんですね……」




(調停者の労働環境ってブラックなのか……?)




 勢いで協力関係(仮)になったものの、調停者って結局どんなことをしているのかとか、協力者になるにあたって等、聞きたいことは山ほどある。だが、帰ってこない以上聞くことができない。彼についてもよくわからないままだ。 


 しかし、わかったことも少しはある。もぐもぐとご飯を食べつつ、シアラはうなる。


 例えば、屋敷では魔法がうまく使えないということ。




(結界が張られてる……)




 昨日寝る前に母に連絡を入れようとして気づいた。まったく使えないわけではないが、『力』を魔法に変換するときに妙な負荷がかかる。多分屋敷の敷地内全体にかかっているのだろう。門のすぐ外に出たら、問題なく魔法が使えた。普通はこういう結界に入るときは違和感で気づくのだが、これはだいぶ繊細に作られているらしい。魔法を使わないと、結界の存在に気づかないほどに。


 調停者は、何らかの形で魔法を阻害できるということだ。


 日常生活で魔法を使わなければいいので問題はないが、今後研究や実験をしたりするときに少し面倒かもしれない。




(結界の影響を受けない結界を二重にかけたりとか……?もしくはどこか別のところに研究用の場所を借りるとか?……お金かかるから二重結界の方が優先かなぁ……)




 ここで過ごすならば、そういうのも検討しなければいけないだろう。




「シアラさん、ベーコンエッグ追加しますか?」




「ありがとう、でも大丈夫です……」




 ニコニコといりせに聞かれてシアラは首を横に振った。




「俺、ほしい」




 鴉はいった。




「はい」




 笑顔のいりせは台所に向かった。




(あとで、次からは一緒に食べましょうって言おう……)




 ともあれ、藤峰が帰宅しない以上、結界の問題や今後についての質問はできないということになる。じゃあ他に何ができるのかと言われれば、――ステッキを探す以外にできることはないのである。




(調停者の労働関係はまぁ、私にはどうしようもないしな)




 自分は自分のできることをして、ステッキをとり戻す。協力するにしても利用しあうにしても万全の調子でないと利用価値をアピールできない。


 今、大事なのはそれだけだ。






「おい、魔女。まだか?」




「まだよ」




「そうか」




 午後二時。長い坂道の上、小さな神社にシアラと鴉はいた。外は灼熱地獄。木の影の下でシアラは座り込んでいた。殺人的な強さの日差しは遮られても、蒸した暑さからは逃げきれない。


 そろそろ、探索の魔法を使ってみようか。シアラは腕輪を掲げて、目を閉じる。しかし、ステッキのある方向はわからない。あるにはある。感じ取れる。しかし、どこにあるか、具体的な場所まではわからない。


 大きくため息をついてから、汗だくのシアラは、鞄から水筒をだした。いきがけにいりせに渡されたものだ。ちなみに、いりせは水筒だけではなく、おにぎりまで準備してくれていた。至りつくせりとはこのことか。




(外は暑いですからっていってたけど)




 本当に暑い。蓋を開けて、口元で傾ければ冷たい麦茶がシアラの喉を潤す。




「生き返る……。鴉……ちゃんと飲みなさいよ、倒れても困るんだから。まぁ、どう考えてもあんたより先に私が倒れるけど」




 シアラはぼやいた。お昼ご飯もおにぎりも、結局暑さであまり食が進まず、結局一つしか食べられなかった。残りは鴉に渡し、彼は見事完食している。




「そうだな」




 鴉はシアラの愚痴めいた言葉に肩をすくませ、ズボンのベルトにひっかけていたペットボトルをつかんだ。蓋を開け、水を飲む姿が妙に様になっている。




(顔もいいけど、無駄にスタイルもいい……)




 これは元々の鴉のスタイルがいいのか、シアラの『力』がすごいのか、いりせが絡んだことが影響しているのか。謎が深い。


 いりせは魔法を習ったことはない、ということだった。


魔法の使い方は魔女であれば自然とわかるものだ――と言いたいところだが、そう簡単にはいかない。軽い風を起こすくらいの魔法であれば、すぐにできる。しかし、例えば火をつけるとか水を出すとか、色々やり方が増えれば増えるほど、感覚だけではできなくなっていき、要領よく行うためには、先人の方法を学ぶことが重要になってくる。


 魔法といっても魔女の中だけでも様々な方法があるし、異世界に行ってしまえば考えもつかないような『力』の使い方があるだろう。


 魔法は普通の人間の考える奇跡に等しいが、万能ではない。


 死んだ人を生き返らせるとかそういうのは、魔女でも無理だ。死者の復活レベルとなると、世界の理屈をひっくり返すほどの『力』が必要であり、それは地球の自転をとめるほどの『力』だ。それは簡単に用意できるものではないし、それだけの魔力を魔法に変換するには魔女十人、それこそ百人いても耐えられるかわからない負荷がかかることになる。


 異世界転移も同じだ。


 異世界転移でこちらにきたものは、もとの世界に戻すのは現段階では、ほぼ不可能だ。すくなくとも、魔女はそれを難しいと考えている。魔女の中には実験的にそういうのを試す人もいるらしいが、全体の総意で言えば、積極的ではない。


 それこそ、死者の復活に等しいほどの『力』が必要だし、魔女が何人も集まり、魔法を編むような大魔法になるだろう。


 だからこそ、それができる神や悪魔は超上位存在と呼ばれるのだ。超上位存在とのやり取りについては、慣れている魔女も一歩間違えれば、消滅の危機さえあるので、彼らに頼むというのも現実的ではない。


 魔女が積極的ではない一番の原因は、元の世界に戻りたいという希望がないことだが。




(でも、来ちゃった転移者なら、帰れるなら帰りたいよね……。こっちだって、送り返すことができれば、みんな万々歳なのにな。あぁ、ステッキ……)




 はぁ……、シアラは呻いた。


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